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真紅の破壊者と黒の咎人  作者: 伊月ともや
安らぎの暇編
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野外の宴


「皆、飲み物は持ったかな?」


 キロルは酒瓶を片手に持ちながら周りを見渡す。

 すでに焼き始めている野菜と肉からは香辛料の香ばしい匂いがそこら中に漂っていた。アイリスも搾ったオレンジの入った瓶を持って軽く頷く。


「皆が手伝ってくれたおかげで準備も整いました。あとは思う存分食べて、飲みまくって下さい。……以上!」


「乾杯っー!」


 キロルの言葉に付け足すようにブレアが酒瓶を頭上へとあげて、それに合わせるようにその場にいる全員が瓶を持ってお互いに軽く音を鳴らすように瓶同士を当てていく。


「さぁー、食うぞ! このために今日一日頑張ったんだからな!」


 鉄板の上で焼かれている薄肉をナシルはフォークを使って大量に掻っ攫っていく。


「ちょっと、ナシル! 一人で食べすぎ~」


「ふふん。こういうのは早い者勝ちなんだよ。それにここだという時に肉を食べないと一番美味しい瞬間を見逃すからな」


 そう言ってナシルは口いっぱいに掻っ攫った肉を詰め込んだ。


「あ、その肉、俺が狙っていたやつですよ!」


「レイクはお肉よりも魚を食べた方がいいんじゃない~? あ、こっちのお肉いただきっ」


「おい、ユアン。それどういう意味だよ」


 始まった途端に繰り広げられる肉の取り合いにアイリスとクロイドは顔を見合わせつつ一歩後ろへと下がった。肉が好きなのは皆一緒らしい。


「ははっ。まだまだあるから沢山食べてくれ」


 キロルが笑いながら鉄板の上に新しい肉を敷いていく。

 ロサリアによって獲られた魚も鉄板の端の方で焼かれており、何か調味料がかかっているのか食欲をそそる様な匂いにアイリスは思わずふっと息をもらした。


「今日は飲んで飲んで、飲みまくってやるぞー!!」


 ブレアが両手に酒瓶を抱えるように持ちつつ、取り換えては違う種類のお酒を楽しんでいた。

 その光景をユアンとレイクが引き気味の表情で凝視している。


「……あとで温泉に入るならあまり飲まない方がいいと思うんだけどな」


 隣で焼きトマトのチーズ載せを食べていたクロイドが手を止めてぼそりと呟く。


「あら、どうして?」


「医療系の本に書いてあったんだが……。入浴すると血行が良くなって、酔いの回りが早くなるらしい」


「……それは気を付けないといけないわね」


 だが何となく、温泉に入る前にブレアは酔って眠ってしまいそうな気もする。もし一緒に温泉に入るならば、かけ湯くらいにしておくように勧めておこう。


「あ、これ美味しい……」


 アイリスがぱくりと食べたのはナスに焼いたものを何かのソースで付け足したものだ。ソースの辛味が良い感じにナスの味を引き立ている。


「……ソースの材料が分かれば作れそうだな」


 クロイドがアイリスの手元を見つつ真面目そうに頷く。


「――あぁ、それなら後でレシピを書いてあげるよ」


 真後ろから聞こえたのはキロルの声だった。


「え、これってキロルさんが作ったんですか?」


「そうだよ。リッツ家特製ソースさ」


 どうやらキロルの凝り性は料理にも出ているらしく、にこにこと楽しそうに笑っている。


「……何でも作るのがお好きなんですね、キロルさん」


 思わず口に出してしまったことに気付いたアイリスははっと表情を変えたが当の本人は特に気にすることなく、アイリスの言葉に同意するように頷いてくれた。


「元々、何かを一から作るのが好きな性分なんだ。……料理も大工も魔法も魔具も全部元々は形なきものだ。一つずつ工程を辿り、部品をはめるように作っていく……。そして完成した時の喜びを味わいたいんだ」


「魔法と魔具も……」


 彼にとってはものを作ることは全て同じなのだ。


「キロルさん、いくつか魔法と魔具も作っているよ」


 そう言ってひょっこりとキロルの後ろから顔を出したのはロサリアだった。

 その手に持たれている皿には山盛りの肉が載せられており、どうやら先輩達との争いに見事打ち勝ったらしい。


「ナシル先輩達が魔具を作ったのもこの人の影響だから」


 山盛りの肉を一切の表情を変える事なく食べつつ、ロサリアは自らの言葉に付け加えた。


「いやいや、あれは二人に才能があっただけだよ。私はただ作り方を教えたに過ぎないし……」


 照れ笑いをしているのか、キロルはその表情を隠すようにお酒をあおるように飲んだ。


「……おや、酒が空になってしまったな。新しいものでも開けてくるか」


 先程、乾杯したばかりだというのにキロルの持つ酒瓶はすでに空になっていた。お酒を飲む速さはブレア以上らしい。


「君達も先輩達に遠慮せずにどんどん食べてくれ。――あぁ、ブレア。こっちの酒がおすすめだぞ。酒の名産地ダマスコの10年物だ」


「何っ!? 銘酒であり、地元まで足を運ばなければ手に入らないと噂の……!?」


 きらりとブレアの瞳が輝くのを見て、アイリスとクロイドは同時に苦笑する。


「ブレアさん、本当にお酒が好きなんだな」


「――ブレア課長、趣味らしい趣味が他にないからね。給料の4分の1は酒飲みに突っ込んでいるって聞いたよ」


 そこへセルディが二人分の皿を持ってこちらへとやって来る。


「ほら、二人とも僕達に遠慮して、全然肉を食べていないだろう?」


「えっ、いえ……そんなことは……」


 セルディの言う通りだが、さすがに一番年下の自分達があの肉の取り合いの中に入れる勇気があるわけがないのでひっそりと楽しんでいたのだが、逆に気遣われてしまったようだ。


「美味しそうに焼けている肉を取って来たから良かったら食べてくれ」


「……ありがとうございます」


 いただけるのなら、いただいておこう。肉を食べたいというのも本音である。

 アイリスとクロイドは同時にセルディから肉が盛られた皿を受けとった。


「あ、ロサリア。くれぐれも激辛のものは人に勧めないようにね」


「まだやってもいないのに注意される筋合いはない」


 セルディの小言に対してロサリアはふいっと顔を背ける。


 そして懐に隠し持っていた小袋を取り出して、その中から何かを摘まみとり、自らが持つ肉の盛られた皿の上へとまぶしていく。肉の上には赤い粉上のものが雪のようにかけられていった。


「……まぁ、自分で食べる分には構わないんだけどね。でも、辛いものを食べ過ぎると身体に良くないし……」


「大丈夫、肝臓強いから」


「そういう問題じゃなくてね……」


 それ以上セルディの小言から耳を遠ざけるためなのか、ロサリアは皿を持ったまま、じりじりとその場から離れていく。


「お酒に関しては言う事はないけれど、少しくらいは辛いものを控えた方が……」


 ゆっくりと逃げていくロサリアを追いかけるようにセルディもそれに付いていく。


 心配性なのか世話焼きなのかどちらにしてもロサリアのことを考えている発言のように聞こえたがロサリアにとってはただの小言でしかないらしく、無表情のまま聞く耳を持たずに辛くなってしまった肉を食べ続けていた。


「……せっかく盛ってもらったし、食べるか」


「そうね」


 薄切りの肉をフォークで一枚だけ刺して、口へと運んでいく。

 教団の食堂で食べているものとそれほど変わりはないように見えるのに、やはり焼き方によって肉自体に変化があるらしく、いつも食べているものと少し違う気がした。


 口の中に染みわたっていく肉の旨味にアイリスは表情を緩ませてしまう。クロイドもその味を気に入ったのか、無言のままもう一枚肉を口の中へと運んでいた。


 ふとアイリスは顔を上げて周りを見渡す。皆がそれぞれ笑いつつ、料理を頬張り、お酒を飲んでは談笑している。


 楽しさ、美味しさ、嬉しさ。

 今ここにあるのはそれだけだ。


 自分がいつもいる場所から程遠い位置にいるような気さえしてしまう。

 夢のようなこの空間は本当に現実なのだろうか――。


「アイリス?」


「え?」


 名前を呼ばれたことで、呆けていたアイリスははっと我に返った。


「どうかしたのか?」


 クロイドがこちらを見ている。その黒い瞳に映っているのは紛れもない自分だ。


「……うん。今過ごしている時間がね、凄く夢みたいな時間だと思ったの」


「…………」


「いつもは任務のために一生懸命に動いているでしょう? でも今日は……そういうこととは無関係の楽しい事ばかりをして、時間が過ぎていったじゃない? ……本当に現実かどうか分からなくなっちゃって」


 自分でも何を言っているのだろうと思う。だが、そう思える程に今の時間が夢のように穏やかで安らぐ時間なのは間違いない。


「……夢であろうと現実であろうと、あとから懐かしめるなら良い事じゃないだろうか」


「え?」


 それはあまりにも早口だったため、アイリスは聞き損ねてしまった。


「よく言うだろう。楽しい事は時間が過ぎるのが早いって。あまり難しいことを考えずに、楽しめる時に楽しんでおけということだ」


「……つまり、仕事のことを忘れて今を楽しめってこと?」


 アイリスの問いかけにクロイドは小さく溜息を吐きつつ頷いてくれた。


「どうせ君のことだから、自分がこんなに楽しい思いをしていいのだろうか、なんて考えていたんだろう?」


「うっ……」


 少しだけ図星である。アイリスが気まずそうな顔をするとクロイドが空いている指でアイリスの額を軽く突いてきた。


「今日から一週間、そういう考え方は禁止だ」


「えぇ……?」


「俺もちゃんとこの休暇を楽しむから、アイリスもちゃんと楽しむこと。……いいな?」


 付け足される条件にアイリスはふっと息を吐いて苦笑した。

 クロイドは楽しまなければ損だと言いたいのだろう。


「……えぇ、せっかくだもの」


 アイリスがそう答えるとクロイドは納得したのか口元を微妙に緩ませてから頷いた。


 消極的な考えは自分に合わない。

 アイリスは自分の持っている消極的な言葉全てを飲み込むように、薄切りにされた肉をフォークで刺し、口を大きく開けてそれらを頬張った。


「さぁ、どんどん飲むぞー! あっはっはっは……!」


「ブレア課長、飲む速さを飛ばし過ぎです……」


「辛っ……。ちょ、ロサリア先輩、俺の皿に辛いのを仕込みましたね!?」


「……美味しいスパイス。おすすめ」


「ナシル、もうお酒飲むの、止めておきなよ……。顔が崩壊しているよ……」


「何を言っている! 私はまだ酔ってない!!」


「あ、お水持ってきます~」


 

 皆の声が心にしみていく。確かにクロイドの言う通り、楽しまなければ勿体ないだろう。

 まだ休暇は始まったばかりなのだから。


   



夕方以降になりますが、登場人物の項目に追加の絵を載せたいと思います。

お目汚しになるかもしれないので興味がある方だけでも覗いて下さると嬉しいです。

  


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