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魔力無し

 

 深夜十二時頃。


 月が高く上る真夜中に、アイリスとクロイドは孤児院の部屋の窓から物音を立てないようにそっと飛び降りた。


 街には今にも途切れそうな電灯が細々と光り、一列に並んでいる。高い建物から零れる光はほとんどなく、誰もが静かに寝ているのだろう。

 石畳の道に響くのはアイリス達の足音だけで、それ以外は何も物音はしない。


「おい、一体どこに行くつもりなんだ」


「え? だからさっき説明したでしょう? 強盗団が持つ魔具を回収するためよ」


「いや、それは聞いている。どうしてそこで強盗団が出てくるんだ」


 クロイドは納得いかないと言わんばかりに苦い表情をアイリスの方へと向けて来る。


「ミレットからの返事で昼間の奴らが魔具を専門にした強盗団だと分かったの。彼らがこの街の外れに隠れ家を構えているらしいんだけれど、その場所の情報を教えてもらったのよ」


 思ったら即行動してしまうアイリスの性格を理解し始めてきたのかクロイドは走りながら頭を抱えていた。


「……君のその性格は早死にすると思う」


「え、何よ? 不吉な事、言わないでよ」


 迷う事無く進んでいくアイリスの後ろを付いて来るクロイドは何故か不満そうな表情をしている。


「仕方ないでしょう? こういう事は事態が悪くなる前に早めに対処していかないと。それに昼間の男達が捕まったことを残りの強盗団の奴らが知れば、居を構えているところから逃げちゃうかもしれないし」


「また、危ない事をするつもりなのか?」


 アイリスの答えに対して、クロイドが少し低めの声色で訊ねて来る。


「……気を付けるわよ」


 むすっとアイリスはわざとらしく頬を膨らませた。心配して貰えるのは嬉しいが、クロイドは少々自分に対して心配し過ぎである。

 

 ……でも、今日の相手は魔法を扱える可能性もあるから、私がしっかりクロイドを守らないとね。


 後ろから自分を追うように付いて来るクロイドにちらりと視線を向けつつ、アイリスは静かに決心していた。


・・・・・・・・・・


「……この場所みたいね」


 到着した目的地は住宅街から少し距離のある小さな林の中に建っている一軒家だ。


 前の住人がこの家を出て行ってからは、今は誰も住んではいないあばら家となっているはずだが、一室に灯りが灯っているのが遠くからでも分かる。


「彼らはここで寝泊りしつつ、どこからか盗んだ魔具を使って荒事をしたり、魔具を商品として色んな貴族共に売っているらしいわ。それはもう法外な値段で」


「ということは、ブランデル男爵も……」


「ええ、ミレットがそこまで調べてくれたわ。男爵の背後に居た奴がこの強盗団だったのよ。それで昼間に捕まえた男達も資金調達で銀行を襲った帰りを私にやられちゃったってわけ」


 アイリスはポケットに入れていた少し皺くちゃになった紙を取り出して、月明かりの下で照らしてみる。


「……盗品の名簿か?」


「これもミレットが調べてくれたの。まあ、把握出来ていない物もあるかもしれないけど」


 紙に記された魔具の名簿にはブランデル男爵が買おうとしていた壺の名前も載っていた。


「結構な数があるな。『空跳ぶ襟巻き』、『妖精の羽の紛』に『悪魔の紅い瞳』……」


 クロイドが一つずつ確認するように数えていく。今の時点で売りさばいていないならば、この強盗団は魔具を五つも所持しているようだ。


「強盗団は魔具を違法に売りさばいているわ。裏付けで確認も取ったけれど、彼らは教団に所属していない上に魔具所有の資格も持っていないみたいね。一発ぶん殴っても許されるくらいのことをやっている奴らだけれど、私達の任務はあくまで……」


「魔具回収、だろう? アイリスじゃないんだから、分かっているよ」


「なっ……。それ、どういう意味よっ! まるで私が乱暴者とでも……」


 だが、アイリスが反論しようとした途端に、突然クロイドの左手によって口を塞がれてしまう。


「……あそこに誰か居る。見張りか?」


 クロイドの鋭い瞳はアイリスの後方へと注がれている。

 恐らく、アイリスの声が強盗団の誰かに届かないようにと配慮してくれているのだろうが、口を塞がれたアイリスはクロイドの突然の行為に驚かないわけがない。


「んっー!」


 口を塞がれたことで息が出来ない状態に持ち込まれたアイリスはもがきながら、クロイドの身体を軽く叩く。


「あ、すまない」


 アイリスの様子に気付いたクロイドは慌てて、口から手を離した。久しぶりの呼吸をするように、肺を酸素で満たしてから、アイリスはきっとクロイドを小さく睨む。


「もうっ! 突然、口を押さえるから驚いたじゃない!」


「つい」


 彼も少しやり過ぎたと言うように、申し訳なさそうな顔をしていたので、アイリスはそれ以上を咎めることはせずに、視線をクロイドが向けていた方へと移した。


「でも、見張りが居るのは厄介ね。とりあえず気絶させてその辺の木にでも縛っておきましょう。あなたはちょっとだけ、ここで待っていて」


「え? お、おい……」


 クロイドに一言言い置いてから、アイリスは単独で木の陰から飛び出し、見張りの男に向かって背後から容赦なく回し蹴りをした。


「ぐっ……」


 見張りの男は鈍い呻き声を上げると、その場に膝を折って地面の上へと倒れる。


 一発で伸びてしまった男をアイリスは襟元を掴んで引きずり、茂みに生えていた蔦で男の身体をぐるぐる巻きにして動けないようにした挙句、声を上げられないように口にも蔦を巻いておいた。


「よしっ。これで完璧ね!」


 一仕事を終えたと言わんばかりの表情でアイリスがにっこりと笑うと、クロイドが少し引き気味に溜息を吐いているのが目に入って来る。


「……容赦ないな」


 クロイドは気の毒そうな瞳で気絶した男を一瞥していたが、同情はしていないのか、すぐに視線をアイリスへと戻してきた。


「それじゃあ、私が中に居る奴らを倒す……じゃなくて、ひき付けておくから、クロイドはこの前と同じで回収に当たってね」


「分かった」


 クロイドが頷いたのを確認してから、アイリスは静かにあばら家の扉を大きな音を立てないように気を付けながら開ける。


 扉をそっと開けた先に見えたのは二階へ続く階段、そして一階の廊下の奥には別の部屋へと繋がる扉もある。ふっと耳を澄ましてみると、扉を開けたすぐ傍にあったもう一枚の扉の向こうから男達の談笑が聞こえてきた。


 アイリスは顎を少し上に上げてクロイドに階段上へと向かうように合図する。クロイドも魔力反応を感じたのかすぐに頷いて音を立てずに階段を上って行った。


 アイリスは扉に耳を当ててどのような内容が話されているのか、様子を窺うために息を潜めた。


「……」


 上手く聞き取る事は出来ないが部屋の中に居る人数は二人くらいのようだ。そして話している内容は昼間に捕まった男二人の事だろう。所々で呟かれる単語に、銀行、警察と言ったものが混じっている。


 このまま彼らに自分達がこっそりとこのあばら家に忍び込んでいることを気付かれないまま、魔具を回収出来ればそれで良い。

 残りの仕事は魔的審査課に強盗団のことを報告して、処分を任せるだけだ。  



 ――だが、そう上手くは行かなかった。


 アイリスの背後から忍び寄る影に気付いたのは二階に置いてあった魔具を回収してきたクロイドだった。


「――アイリス!」


 階段上から叫ばれるクロイドの声に反応したアイリスは咄嗟に後ろを振り返る。

 背後に立っていたのは自分よりも二倍の体格を持つ男だった。大男は右手に持っていた棍棒でアイリスに向かってそれを躊躇なく振り下ろした。


 気付くのが一瞬、遅れてしまったアイリスは自分の腰に下げている剣を抜き損ね、男の一振りを少しだけ左肩に食らってしまう。


「くっ……」


 瞬間的に避けたことで頭への攻撃を逃れることは出来たが、それでも大男の攻撃が直撃したアイリスは左肩に走る激痛により、顔を強く顰めた。


 騒ぎに気付いたのかアイリスが耳を澄ましていた部屋の中に居た男達も扉を開けて出てくる。状況は二対三、しかもアイリスは手負いとなってしまっている。


 ……まずいわね。


 数歩、後ろに下がりながら、アイリスは男達を小さく睨む。


「何だ、こいつら⁉」


「勝手に侵入してもらっては困るぜ」


 悪い子だと言わんばかりに大男は盛大に肩を竦めて、アイリスを呆れた表情で見下ろしてくる。そして、アイリスに振り下ろした棍棒を自らの肩に添えるように叩きつつ、鼻を鳴らした。


「外でルロードが伸びてやがった。恐らく、こいつらがやったんだろう」


「何っ⁉」


「へぇ……。どこの奴らか知らねぇが魔具使いの俺達にそんな事しちゃあ、怪我じゃ済まねぇぞ?」


 魔具使い。

 その言葉を聞いた事があるアイリスは目を見開く。


「……あなた達、まさかっ!」


 男達の正体に気付いたアイリスは素早く剣を抜いた。

 鋭く光るその剣は自分が最も使いやすいオルボール作の「純白の飛剣」だ。この剣には防御の魔法がかけられているが、魔力が必要ない種類の魔具だ。

 しかも扱う本人の思いや力が剣の切り具合に反映する珍しい代物でもある。


「ほう……。君は魔具所有資格者(ホルダー)なのかい? それは羨ましいなぁ」


 男達の目がぎらぎらと光っている。まるで小動物の獲物を狙う蛇のようだ。

 アイリスは左肩を庇うように壁にもたれながら剣先を向ける。


「……魔具を所有する資格を得るとき、心的判断による試験があるわ。魔法石によって魔具を持つことが許されるか判断される試験が。あなた達はそれから零れ落ちた、魔具を持つことが許されない『所有権無し(ホルドレスト)』ね……?」


 所有権無し(ホルドレスト)は魔力は持っているが、魔具の使用を許されていない者達の事だ。

 それはその者の心に魔具を使う事に対して深い欲が潜んでいると診断されると魔具を持つことが許されないのだという。


「良く知っているなぁ。……階段上に居る少年が持っているのは俺達が盗んだ魔具だね」


 優男風情の比較的柔和な笑みを浮かべた細身の男が、階段上にいるクロイドへと視線をゆっくりと向けている。

 どうやら、自分達が何をしにこの場所へ来たのか分かっているらしい。


「……おい! こいつら、もしかして……!」


「ええ。お察しの通り『奇跡狩り』よ」


 クロイドが魔具を回収出来た今、この場所にこれ以上の用事は無い。あとはクロイドを逃がすだけだ。彼さえ逃げてしまえばこちらの任務は完遂する。

 だが、動く事は出来なかった。


 アイリスは重たくなった左肩を庇いつつ、さらに奥の部屋へと進んだ。魔具を持っているクロイドに対する男達の意識を逸らすために自ら囮となることを選ぶ。


 しかし、自分を追ってきたのは部屋の中に居た男二人だけだった。もう一人の大男は恐らくクロイドの近くに居るのかこちらを追っては来ていない。


 ……どうすれば。


 アイリスは息を整えつつ必死に考えを巡らせる。


 クロイドは戦う事が出来ない。いや、出来ないわけでは無い。

 知らないのだ、彼自身が魔法を使える事を。

 だから、クロイドが魔法を知り、扱えるようになるまで守ろうと思っていたのに。


「いいなぁ、君達は。俺達も教団に入りたかったんだぜ? せっかく、魔力を持って生まれてきたんだ。上手く活用するべきだと思うだろう?」


 嫌な笑みを浮かべて、少しずつ男達は近づいてくる。


「……所有権無し(ホルドレスト)の人でも、嘆きの夜明け団で仕事をしている人は居るわ。あなた達、そんなに魔具を使いたかったの?」


「そりゃあそうさ! この世は素晴らしい魔具で溢れている。幾万の願いも叶う代物が、この世界に存在している。それを使って願いを叶えたいと思うのは、魔力持ちなら分かるだろう?」


「……残念だけれど理解に苦しむわ。魔具は決して便利道具じゃないもの。たった一つの魔具で戦争が起きてしまった事もあるんだから。……あなた達は魔具の本当の怖さを知らないだけよ」



 以前、ブレアに無知ほど怖いものは無いと聞いた事がある。

 それは知識がないから悪いのではない。知ろうとする好奇心による無知は時として恐ろしい事態を引き起こす事も意味するからだ。


「……まるで、全てを知っていると言わんばかりのその目。……気に食わないんだよ、お嬢さん」


 優男風情の細身の男は眉間に深く皺を寄せる。どうやらアイリスの言葉が気に障ったらしい。


「ん、待てよ……? こいつ、魔力を持っているのか? 全く感じられないぜ?」


「……っ」


 どうやら自分が「魔力無し(ウィザウト)」だという事が知られてしまったらしい。

 アイリスは男達に気付かれないように唇を小さく噛み締める。この分類の人間はハルージャと同じだと何となく分かっているので、次にどんな言葉が来るのか予想出来てしまう。


魔力無し(ウィザウト)のくせに俺等に説教なんて良いご身分だぜ」


「おい、魔力無し(ウィザウト)が教団に入る事が出来るわけないだろう?」


「噂によるとな、一人だけ例外が居るって聞いた事があるんだよ。そいつは間違いなくこの女だぜ。どうせ裏取引なんか使って、入っているんだろうよ」


 違う。

 自分はそんなもので教団に入ったのではない。

 入る事が出来たのは、自分の努力による実力だ。そう言いたかった。


 いつもなら言えるはずなのに、何故か彼らを目の前にしたら言う事が出来なかったのだ。


「私は――」


 自分は本当に己の実力で教団に居るのだろうか。

 この手にあるのは剣だけ。魔力は微塵も持っていない。


 今、目の前に居る男達の方が魔力を持っているというのに、自分は彼らを批判する言葉はあるのだろうか。

 そんな思いが駆け巡り、アイリスは言葉に詰る。


「――行けっ! 動き封じの砂!」


 すると前方の男が腰に下げていた袋から何かを取り出し、アイリスに向かって投げかける。どうやら、彼らはまだ魔具を隠し持っていたらしい。


 つまり販売する魔具と自ら使用する魔具の両方を持っているのだろう。彼らの仕事を円滑に進めて、簡単に大金を手に入れるために。


「なっ……!」


 それを直接被ったアイリスの身体は次第に重くなり、とうとう片足を床に付けてしまうくらいに動きが奪われてしまう。


 ――「動き封じの砂」。それは主に魔物を討伐する際に使われる魔具だが、教団では対人に使ってはいけないと決められていた。

 そのため、流通もかなり狭まった範囲でしか行われておらず、魔具自体が珍しいものなので、扱う者はかなり特別な資格が必要とされている魔具だ。


 アイリスの手から離れ、その場にからんと乾いた音を立てて落ちる長剣を男の一人が興味深そうに見つめてくる。


「へえ、オルボールの剣か。中々渋いのを使っているね、お嬢さん。でも、これはもう要らないよね」


 自分が大切に扱ってきた剣を細身の男はわざとらしく目の前で踏み付けてきたのだ。

 物を大事にしない人間が好きではないアイリスは男の行為を見た瞬間、怒りで身体中が燃えたように熱くなった。


「この、ろくでなしっ……!」


 動き封じの砂による影響なのか、声を上手く発する事さえもままならない。

 それでもアイリスは彼らを睨み続けた。


「なあ、お嬢さん。君もこっち側の人間だろう? おいでよ。中々の目利きみたいだし、重宝してあげるからさ」


 自分に向けられる男達の嘲笑。

 確かにそうかもしれない。自分も一歩、間違えれば彼らと同じなのだ。


 ……どうしてっ。


 終わるわけにはいかない。

 自分にはまだやらなければならない事が沢山あるのだ。


「まあ、この魔法が解けて暴れられても困るし、軽く記憶操作でもしておくか」


 そう言うと細身の男は上着のポケットから何かの結晶を取り出す。

 濁った青い光を放つ結晶をアイリスの頭上へとゆっくりと持ってきた。


「……記憶の破壊石っ⁉」


 男が持つ魔具を見た瞬間、アイリスは小さな悲鳴を上げる。


 記憶の破壊石はその名の通り、対象となる相手に刻まれている記憶の中から、消したい記憶を操作することが出来る魔具だ。

 しかし、人の記憶を操作することは、一般の魔法使いは使用を禁止されている禁魔法の一つである。


 魔的審査課の特別監察官という責任が大きい役割の者だけが、この魔法を任務中に扱うことが出来るが、それでも手続きなどがたくさん必要とされていた。

 もちろん、記憶を操作するために使用される魔具も禁止対象になっている。


「さすがだね。知っていると思ったよ」


 記憶を他人に操作された場合、どうなるかは分かっている。それまで、自分が培ってきたものを全て偽造の記憶で塗り返られてしまうのだろう。


 逃げなければ。

 でも、身体が動かない。


 アイリスは必死に身体を動かそうと全身に力を入れて踏ん張ってみる。この魔法の解除の仕方は知っている。本で読んだ事があるので、知識だけは入っていた。

 それでも、この魔法の解除は一人で出来るものではない。


 ……ごめんなさい、クロイド。


 守れなかった。

 約束を、したのに。


 とうとう言葉を発する事さえも出来なくなったアイリスは唇を強く噛み締め、目を閉じた。

  

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