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真紅の破壊者と黒の咎人  作者: 伊月ともや
安らぎの暇編
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旅行


「や、す、み、だぁっーー!!」


 汽車から降りて改札を出た場所で、拳を作った右手をブレアは太陽に向けて高く掲げつつ晴れた表情で開口一番に言った。


 終わりが見えない程に山のようにあった任務の数を無事にこなし、魔具調査課の課内旅行の日をついに迎えることが出来たのが余程嬉しいのかブレアは昨日からずっとこの調子である。


「ぶ、ブレアさん、周りの視線が……」


 アイリスはその場を軽く見渡しつつブレアを宥めた。


 首都ロディアートから少し遠い位置にあるノックス地方のエラブル町。多くの自然に囲まれたこの町は秋になれば紅葉が綺麗に見える場所として有名である。

 しかし、今はまだその季節ではないため駅を行き来する人は観光客というよりも地元民や仕事に来ている人が多いように思えた。


 隣のクロイドはブレアがはしゃいでいる姿が物珍しいのか目を丸くして驚いているようだ。


「まぁ、ブレア課長がはしゃぐ気持ちも分からなくはないけどね」


 軽く背伸びをしながらナシルは首を回す。


「はぁ……。久々に汽車乗ったから気分悪い……」


 ミカは口元を袖で押さえつつ深い溜息を吐いている。普段は内勤の仕事をしているので、汽車に乗ったのは1年ぶりくらいだと先程車内で言っていた。


「ノックス地方には来たことあるけれど、エラブル町は初めてだわ」


「そういえば、そうだなー。お、ユアン。あれを見ろよ。何か美味そうなものを売っているぞ」


「あら、レイクが買ってくれるの? それなら食べるわ」


「って、俺の金かよ!」


 レイクとユアンは初めて来た町をさっそく楽しみ始めているようだ。アイリスも匂いを嗅いでみるとどこから食べ物の美味しそうな匂いがした。


「ちょっと、ロサリア……。その荷物はやはり多すぎたんじゃないか?」


「そんなことはない。この中には皆で楽しく遊ぶためのものが入っている」


「例えば?」


「セルディの頭の上に点数を書いた的を設置して、それに向かってナイフを投げたり、セルディの頭の上に乗せた卵をナイフで割ったり……」


「どうして君はいつも僕の頭を狙いたがるんだ……」


 ちらりと視線をロサリアの方へ向けると確かにこの中で一番の荷物の量である。

 彼女の身体の横幅よりも膨らんだように大きい鞄が背中に担がれており、荷物を詰め込み過ぎて今にも破裂してしまいそうだ。


 ロサリアの表情はいつも通りの無表情だがそれは表に感情が出てきていないだけで、ブレア同様にこの課内旅行を楽しみにしていたことが見て取れる。


「ふっふっふ……。私は勝ち取ったんだ、この休みを……! あの男達に勝ったんだ……。いい気味だ!」


 ブレアがすっと黒い笑みを浮かべながら眼鏡の少し上へと持ち上げた。


「あいつらが長期休暇の際の呪いの準備もばっちりだし、今日から一週間、羽を伸ばしまくって、心置きなく酒を飲みまくるぞー!!」


「おおーっ!」


 もちろん、ブレアの掛け声に返事をしたのはナシルである。


 アイリスがふっとクロイドの方に視線を向けると彼は小さく噴き出すように笑っていた。そしてアイリスと目が合うと穏やかに口元を緩めて、楽しみだなと呟いた。


 クロイドも自分もこの町に来るのは初めてだ。それどころか「旅行」そのものがお互いに初めてなのである。

 この休暇中にはあとから懐かしめるような楽しい思い出をたくさん作りたいものだ。



「ブレア課長。そういえば迎えの人が来るって聞いたんですけれど……」


 周りを確認するように見渡しながらセルディが訊ねるとブレアは同意するように頷いた。


「あぁ、詳しく話していなかったな。今日から一週間お世話になる家の人が駅まで迎えに来てくれるらしい」


「一週間も無料で滞在していいなんて……。ブレア課長の知り合いなんですよね?」


「そうだぞ。……おっと、話しているうちに来たようだな」


 アイリスが顔を向けた先には少し大きめの荷馬車がこちらに向かってゆっくりと走って来ていた。

 そしてアイリス達の前でその荷馬車はぴたりと止まる。


「えっ!?」


 そう叫んだのはナシルだった。しかし、驚いているのはナシルだけではなく、その隣にいるミカとセルディも目を丸くしていた。

 唯一、ロサリアだけが小さく首を傾げて、ナシルの叫んだ方向をじっと見つめている。


 荷馬車の主が降りてきて、ブレアの前に立った。齢五十過ぎくらいの白髪交じりの男性がブレアに手を差しだす。


「ようこそ、エラブルへ。久しぶりだな、ブレア」


「キロルさんこそ、お元気そうで」


 二人は軽く挨拶と握手を交わしたあと、ぽかりと口を開けて驚いている先輩達を見て小さく笑った。


「四人とも久しぶりだな、元気そうで何よりだ。お、そっちの四人は私が抜けたあとに入った子達かい? 初めまして。私はキロル・リッツ。……ブレアの前に魔具調査課の課長をしていた者だ」


 キロルという男性は人懐こそうな柔らかい笑顔を見せる。


「ちょ……。何でキロルさんがここにいるんですかっ!」


 アイリス達が挨拶をする前にそれまで絶句していたナシルがキロルへと食ってかかるように一歩前へ近づいた。


「何でって……。私がこの町に住んでいるからだよ。引退後は穏やかな場所で暮らすつもりだと言っただろう?」


「言っていましたけれども! でも、場所までは聞いてない!」


 キロルは首を傾げながら愉快そうにころころと笑っている。どうやら人を驚かせるのが好きなのはキロルもブレアも同じようだ。


「ま、まぁまぁナシル先輩……。それにしても本当にお久しぶりです」


 セルディがナシルを宥めつつ、キロルの前へと進んだ。


「セルディも見ないうちに魔具調査課の先輩としての貫禄が出来てきたみたいだな。お、ロサリア。君は相変わらず辛いものが好きかね? ここの名物料理に激辛料理があるからあとで教えてあげるよ」


「是非お願いします」


「……でも、本当に久しぶりだね、キロルさん。手紙一つ寄こさないから心配していたのにさ。まぁ、あなたの事だからそんな簡単に倒れるとは思わないけどね」


 一番背の低いミカがキロルを見上げながら抑揚ない声でそう言った。


「いやぁ、退職してからの間、自分で思っていたよりもかなり人生を謳歌していたようでね。今後はこまめに手紙を書くことにするよ」


 そしてキロルは再び、先輩達とのやり取りを眺めていたアイリス達の方へと向きを変えてくる。


「まずはこちらのお嬢さんからお名前を伺ってもいいかな?」


「あ、はいっ。ユアン・ウィングルと申します。こっちのレイクとは同じチームで……。多分、キロルさんが教団を抜けた年に魔具調査課に配属されました。宜しくお願い致します」


「レイク・ブレイドです。ユアンと組んでいます」


 ユアンとレイクは同時にキロルに向かって頭を下げる。


「あぁ、『(ヴェント)』だね。ブレアからよく話は聴いているよ。これからも君達の働きぶりに期待しているよ」


「が……頑張りますっ」


 どうやらブレアからこちらの情報は筒抜けらしい。ということはある程度自分達のことは知っているのだろう。

 ユアン達の次に自分達の番が来たアイリスとクロイドは横に並んでから挨拶を始める。


「今年から配属されましたアイリス・ローレンスと申します。宜しくお願いします」


「クロイド・ソルモンドです。アイリスとチームを組んでいます。同じく今年からの配属です」


 クロイドと同時に頭を軽く下げて、そして上げた時にキロルとはっきりと視線が重なった。

 彼の瞳は穏やかでどこか優しさが含められているようなそんな意味ありげな視線に見えたアイリスは気まずさを覚え、少しだけ視線をずらした。


「そうか、よくこの課に来てくれた。ありがとう」


 力強く納得するように彼は深く頷いてから再びブレアの隣へと立つ。



「さて、今日から一週間お世話になるのがキロルさんの自宅だ」


「自宅って……。ブレア課長合わせて9人もいるんですよ?」


 心配するようなセルディの言葉にキロルは頷きつつ笑った。


「大丈夫だ。私の家は元々宿屋だったものを買い取って、改築した家でね。部屋だけじゃなくベッドだって人数分あるよ」


「え、じゃあ本当に実行したんだ……。いつか自分好みの家を作るっていう野望……」


 ミカは何かを思い出したのか小さく眉を寄せる。


「そうだとも。まぁ自分で改築していて、夢中になっていたから君達に手紙を出すのをすっかりと忘れていたんだ。でも無事に完成したし、日頃頑張っている君達を是非我が家に招待したいと思ってね」


「という連絡をひと月前に彼から貰ってね。せっかくだから、長期休暇を利用してキロルさんご自慢の家に泊まらせてもらうことになったんだ」


 付け足すようにブレアは腕を組みながら何度も頷く。


「ちなみにこの町は観光だけでなく、温泉も人気でね。……そして私も家の近くに温泉を一つ見つけてしまったんだ」


「はぁぁっ!?」


 再び驚いた声を上げたのはナシルである。


「温泉!? 温泉って……あれだろう、地中からお湯が湧き出てくる……。え、そんな簡単に温泉って見つかるものなのか?」


 自分で自分の言っている言葉に驚いているのかナシルの狼狽ぶりを見てキロルは小さく笑った。


「そうだよ、その温泉さ。買い取った家の近くに湧き水が出る場所があるからその辺りを整える工事をしていたら、それが実は温泉だったことが判明してね。今は場所を広く作って、ゆっくりと温泉に浸かれるようにしているよ」


 していると簡単に言っているが、どれほどの時間と労力、お金がかけられているのかは想像できず、このキロルという人物はかなりの凝り性なのではと何となく思ってしまう。


「温泉か……。入ったことがないから楽しみだな」


 ブレアは口元を緩めて黒い笑みを浮かべている。何か良い事でも頭に浮かんだのだろうか。


「さて、今日から一週間君達をお世話させてもらうよ。もちろん、休暇中に仕事のことを考えるのは禁止だ。十分に楽しんで、身体を休めてほしい」


 元魔具調査課の課長だった人に色々とお世話になるのは何だか申し訳ない気がするが、ここはその厚意に感謝して目一杯に休暇を楽しませてもらおう。


「宜しくお願い致します」


 アイリス達は声を揃えてキロルに頭を下げた。


「大体、お世話になる人がキロルさんなら、手土産とかちゃんと買ってきたのにさ……」


 ミカがキロルを見上げつつ不満そうにそう言った。


「ははっ……。その気持ちだけ貰っておくよ。……そうだな、私が知らない君達の話を聴かせてくれるなら、それが十分な宿代さ。それじゃあ居心地が悪いかもしれないけれど、荷馬車に乗ってくれるかい?」


 確かに普通の馬車や自動車よりは荷馬車の方が人を多く乗せられるだろう。


 荷馬車をよく見てみると、荷台となっている部分は板張りではなく柔らかそうな布が敷かれていた。座りやすそうになっている荷馬車を見て、これもキロルの気遣いなのだろうと感じた。


「どうしたんだ、アイリス?」


 荷物をさっそく荷馬車に載せようとしている先輩達から少し離れて、クロイドがアイリスの顔を窺うように覗き込んでくる。


「あ、何でもないわ。ただ凄く楽しみだなって思って」


「……そうだな」


 アイリスが微笑むとクロイドも同じように微笑み返してくる。


「おーい、二人とも。次はあなた達の番よー」


 ユアンが手招きしながら荷物を載せるよう促してくる。あとは自分達だけのようだ。


「さ、行きましょう」


「あぁ」


 初めての場所に、初めての旅行。

 知らないことだらけに囲まれているにも関わらず、アイリスの気持ちは踊るように弾んでいた。


   



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