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真紅の破壊者と黒の咎人  作者: 伊月ともや
青鈍の双刃編
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鋏の行方


 はっと何かの気配を感じて目が覚めると自分の肩に緋色のブランケットがかけられていた。


「あ、起こしてしまったか」


 そう言って苦笑するのは自席に座っているセルディだった。

 自分の右側に気配を感じて振り返るとロサリアがどこか行き場がないように手を浮かせていた。


「え……」


「僕達、今さっき出張から帰って来たんだ。皆、寝ているようだったから出来るだけ起こさないでおこうと思ったんだけれどね」


 そう言って苦笑するセルディに同意するようにロサリアも頷く。


「起こして悪いね。おはよう、アイリス」


「お……おはようございます……」


 どうやらロサリアがこのブランケットをかけてくれたらしい。


 というよりも、自分はいつの間にか眠っていたことにやっと気付いて、机の上を見ると完成している報告書と始末書がそこにはあった。少しほっと胸を撫でおろしつつアイリスは周りを見渡した。

 隣の席ではクロイドが同じように肩に紺色のブランケットがかけられており、机に伏すように眠っていた。


 ソファでは昨日とは異なる寝方に変わっているナシルとミカが昨晩見た際よりも少しだけ穏やかな表情で眠っている。

 そしてユアンとレイクも任務が終わって帰ってきていたのか自分の席でそれぞれ自身の腕を枕にして眠っていた。


 眠っている皆にそれぞれブランケットがかけられており、セルディ達の気遣いがそこから垣間見える。


「……ありがとうございます。あと、任務お疲れさまでした」


「うん。そっちも大変だったらしいね。……まぁ、大変なのは今からなんだけれどね」


 大変だと言うわりにはセルディは涼しげな表情をしている。


「アイリス、もう少し寝る? ブレア課長、まだ起きてないよ」


 ロサリアが課長室を軽く目配せしつつ訊ねてくる。


「ブレアさんも寝ているんですね」


「少しだけ様子を見てみたけど、ソファに身を投げるようにして眠っていたよ。あ、もうひと眠りするなら後で僕達が起こすから心配しなくていいよ。僕達は汽車の中でしっかり睡眠取って来たし、報告書も書き上げなければならないからね」


 アイリスは壁にかかっている時計を見上げてみる。まだ5時前だ。眠っていていいと言われればもう少しだけ眠りたい気もする。

 報告書と始末書を提出するにはブレアが起きなければ意味がないし、ブレアだって休息は必要だろう。


「……あと1時間だけ眠らせてもらってもいいでしょうか」


 6時に起きて、一度お湯を浴びに行きたい。その後には学校の授業だって待っている。


「構わないよ」


「ブレア課長、多分7時くらいまで起きない。ゆっくりするといいよ」


 アイリスの心の内が分かっているのかロサリアは軽く頷きつつ、再びアイリスの肩に緋色のブランケットをかけなおしてくれた。


「……すみません、ありがとうございます」


 気が抜けていくようにアイリスの声は小さくなる。本当はベッドの上で眠らなければならないと分かっているのに眠気には勝てる気がしなかった。


「おやすみ」


 素っ気ないが穏やかにも聞こえるロサリアの声を耳の奥に残しながらアイリスは再び眠りについた。





 

 6時ぴったりにロサリアに起こしてもらったアイリスはクロイドもついでに起こして、一度魔具調査課から出て朝の支度をしに自室へ戻ることにした。


 昨日の疲れを落とすように共同のシャワー室で汗を流したあと、朝食を食べてから再び7時前くらいに魔具調査課へと戻るとそこにはすっかり目を覚ました面々がいた。


「あー、もう! 何で昨日のうちに報告書終わらせていないのよっ! 私はこっちを書くから、そっちの任務はレイクが書いてって言ったでしょう!?」


「うるせぇ! 俺だって疲れていたんだよっ! それに途中まで書いているだろう! 書き上げるだけじゃねぇか!」


「あ、ナシル。この書類のこの地名、間違っているよ。あと、それとこれと……。勝手に書き直していい? ねぇ、こっちの仕上げたやつって魔法課提出でいいんだっけ?」


「構わん。……その後ろにある資料取ってくれないか。あぁ、これ次使う資料? はい、どうぞ。あと魔法課行く時はこの書類も提出してきてくれ。二度手間になると面倒だ」


 魔具調査課に戻って来たアイリスとクロイドは何とも対照的な二組のチームを交互に見やった。


 ナシルとミカに至ってはアイリス達が魔具調査課に入って来たことだけでなく、騒がしく言い合いをしているユアンとレイクの声さえも完全に遮断して集中しているように見えた。


「とにかく私は先にシャワー浴びてくるから、その報告書を戻ってくるまでに書き上げてよね!」


「少しくらい手伝えよっ!」


 ユアンはそう言い残してから入口付近でぽかりと口を開けて立っていたアイリス達とすれ違う。


「あら二人ともおはよう。朝からごめんねぇ、うるさくって」


「おはようございます……」


「それじゃあ、また後で」


 颯爽とした駆け足でユアンはその場から立ち去った。


「くそ、ユアンのやつ……」


 恨み事を吐きながらもレイクは机の上に置いてある書きかけの報告書に向き直った。



 そこへちょうどセルディとロサリアが課長室から出て鉢合わせした。


「あ、二人ともおかえり。ブレア課長、起きているよ」


 セルディがどうぞと言って扉の前からすっと席を譲る様に退いてくれた。


「それじゃあ、気合入れて提出しにいきましょうか、クロイド」


「……そうだな」


 お互いに顔を見合わせてアイリス達は報告書と始末書を握りしめるように持ちつつ、課長室の扉を叩いた。

 中から返事が聞こえてすぐに扉を開くと、昨日よりもさらに険しい顔へと変わっているブレアが山のような書類と睨めっこしていた。


「おう、おはよう二人とも」


「おはようございます」


「報告書を提出しにきました。それと……」


 アイリスは扉を閉めてから直角に頭を下げる。


「すみません、任務の際に故意で街灯を破壊してしまいました! 始末書も書いてきました!」


「半分は俺にも責任があります。罰する場合は俺も一緒に受けます」


「本当に、本当にすみませんでしたっ……!」


 クロイドもアイリスの隣で同じように直角に頭を下げてくれた。


「…………」


 静けさがブレアの怒りを表しているのではないかと思うほどに不気味なくらい声一つ上がらない。

 ふっと気配を感じてアイリスが少しだけ上目遣いのように顔を上げるといつの間にか目の前にブレアが来ていた。


 鉄拳が飛んでくるか、それとも怒号が響き渡るのか――。


 覚悟を決めている最中に、ひょいっと手から報告書と始末書がブレアによって引き抜かれるように持って行かれてしまう。

 ブレアはそれにさっと目を通しつつ、顎に手を置きながら何かを考えるように小さく唸った。


「ふむ……。こちらが思っていたよりも髪切りジャックは面倒な案件だったようだな」


「…………」


「魔的審査課から少し連絡が入ったんだ。奴のことを色々と取り調べしてくれたようでな」


 ブレアは視線でソファに座れと促してくる。アイリスとクロイドは顔を見合わせてから軽く頭を下げて、ソファへと並んで座った。


「髪切りジャックの正体は上京したての大学生、ポーニオ・ガディアン。彼の祖父の代までが教団の魔法使いだったらしい。その血筋で影魔法が扱えたんだろう。ま、魔法使用の許可が出ていないから違反は違反だけれどな。……そして彼の名前に『J』は入っていない。今回の任務対象の魔具の鋏は元々、裁縫師でもあり質の高い魔防の服を作ることで有名だったジョディ・ジャンという人の持ち物だった」


「ジョディ・ジャン……」


 だから鋏の刃の部分に「J」という文字が彫られていたのだ。

 髪切りジャックと噂されていたあの男とは全く別の名前だったことにアイリスはどこかほっとしたように溜息を吐いた。


「しかし、遺品整理の不手際……まぁ、簡単に言えば盗まれたんだろうな。普通の服屋としてもそれなりに成り立っていた有名な人らしいから。……有名な裁縫師が持っている名前まで付いた鋏はそれなりに価値があると思った奴がいたんだろう。暫くの間この鋏はずっと行方知れずとなっていた。そして――」


 背を向けていたブレアがこちらへと振り返る。


「どういう縁でポーニオ・ガディアンという男の手に渡ったのかはまだ調べ途中だが、昨晩そいつをお前達が捕まえてくれたおかげでこうやって鋏も戻って来たわけだ。ジョディ・ジャンの遺族がずっと鋏の行方を捜していたらしく、教団に見つかったら返して欲しいとまで申請が来ている」


「それじゃあ……」


 何かに気付いたようにクロイドが呟くとブレアはそれに同意するように頷いた。


「魔具として使えないように封印を施してから鋏は遺族に返されるだろうな。……お前達は良い事をやったんだから、街灯一本を壊したくらいでそんなに怯える必要はないさ」


 ぱっと顔を上げるとそこには疲れが薄っすらと見えるが歯を見せて笑っているブレアがいた。


「街灯に関しては早急に修理するように手配しておくよ。なに、今回のことは必要経費だ。……まぁ、この請求は魔具調査課ではなく他の課から落ちるようにちょっと細工するかもしれないけどな」


「ブレアさん……」


 黒い笑みを浮かべるブレアにアイリスが困ったように呟くと、彼女は咳払いを一つしてからこちらに向き直る。


「ま、冗談だ。ともかく気にするな」


「あの……」


 クロイドが軽く手を挙げて、ブレアに質問する。


「どうしてポーニオはわざわざその鋏を使っていたのでしょうか? 青鈍の双刃は裁縫用ですし、普通の鋏でも髪を切るだけなら差支えはないんじゃ……」


「そうだな。……もしかすると、私達には分からないこだわりがあったのかもしれない」


「こだわり?」


 アイリスは小さく首を傾げて聞き返した。


「こいつにとって魔力を持った女性の黒髪は何よりも美しいものなのだろう。つまり、それを集める際には半端な道具などではなく一流の道具を使いたいと思ったのかもしれない。……言い方を変えれば、良い仕事をするには良い道具が必要だということだ。半端で脆いものなら道具どころか、仕事さえ駄目にしてしまうだろう?」


 ブレアの言うことは何となくだが分かる気がした。

 自分も任務に使っている剣などはいつも丁寧に手入れしているし、修理に出す時は妥協せずに正当な値段で鍛冶屋に頼み、完璧の仕上がりで手元に帰って来ることを求めている。


 立つ土俵は違うがポーニオも美しい髪を綺麗に切ることに強くこだわっていたのかもしれない。


「奴にとって美しいという心は真実だ。だからこそ、自分自身に妥協できず、欲だけで動いてこんな結果を起こしてしまったのかもしれないな」


 同情的なように言っているようで、ブレアの報告書へと落とされている瞳は冷めて見えた。


「……彼の今後はどうなるんですか?」


「そこは魔的審査課に一任されるが、しばらくの間は教団の要注意人物としてブラックリスト入りだろうな。ここの女子共を怒らせているし。これから監視の目が付くと思うが今回のように騒ぎを今後起こさないようなら、放っておいても平気だろう。何せ口封じの魔法は魔的審査課の得意技だからな」


 魔的審査課が主に使う魔法として「口封じ」の魔法は規律違反者に対して絶大な効果を発揮していた。

 口封じの魔法はいくつかの種類があるがこの場合、「教団」や「魔法」と言った世間に広められたくない単語を対象者の口や文字から表現されないように魔法によって表現出来ないように拒絶させるのだ。


 ちなみに対象者が少しでも発言禁止とされた単語を何とかしてでも呟こうとした場合は魔法の効果によって魔的審査課の方に発言した形跡が伝わる仕組みになっている。


「……しかし、報告書を読む限り、ちょっと間抜けな感じもするな」


「え?」


 ブレアは課長の机に腰を軽くかけつつ、アイリス達が書き上げた報告書に再び目を落とす。


「こいつの趣味を理解出来ない私が色々と言えた口ではないと分かっているが……。魔力を持った女の黒髪に興味があるなら、こんな強引なことをせずに理容師でもやればいいだろうに」


 変な奴だとブレアはそう言ったがアイリスとクロイドはお互いに妙な表情で顔を見合わせる。


「理容師なら合意の上で髪を切ることが出来るだろう? それなら理容師として切った髪を集めればいいんじゃないか? ……まぁ、収集される方は気味が悪いか」


 出来るならばもう二度と趣味を人に強要させるような真似はさせたくないが、ブレアの言った方法はある意味正当性のあるやり方だと思えた。


 ただし、自分の髪を集められていると知ったら身の毛がよだつ程に不気味に思えるが。


「とりあえず、面倒そうな任務がこれで片付いたわけだ。二人とも、お疲れ様! そしてこれが今日の夜に待っている次の任務の資料だ」


 ブレアは報告書と始末書を自分の机へと一度置いてから、書類の山から二部の資料を取り出してアイリス達へと渡してくる。


 アイリスとクロイドは何も言うことなくその資料を受け取った。早く任務の山を終わらせるには文句を言わずにこつこつとやることで終わりが見えてくると信じているからである。


「詳しいことは夕方に話すから、資料を読み込んでおいてくれ。あぁ、今回の任務は女装がないから安心しろよ、クロイド」


「……はい」


 ブレアに少し恨みがましい視線を送りつつクロイドは軽く頷いており、その隣でアイリスは苦笑いしていた。




 

 ポーニオの証言によっていくつかのことが明らかとなった。


 鋏、「青鈍の双刃」は古物市でたまたま見かけて買ったらしく、その際に通常は売ることが出来ない警官の旧式の服も売られていたため、これは使えると判断して同時に購入したのだという。


 その後、ポーニオが住まう部屋に魔的審査課の審査が入ることになり、その際に彼によって集められた教団に所属している女子達の髪は丁寧に箱に入った状態で発見された。


 その髪は証拠として事務処理された後に被害者である女子達によって魔法の炎でまとめて燃やされたらしい。

 詳しくは耳に入ってきていないがポーニオも目が覚めた時には憤怒の表情の被害者である女子達に囲まれ、こってりと絞り上げられたらしく、今回の件で相当懲りているようだと聞いていた。


 しかし、風の噂では将来理容師になるべく専門の勉強を始めたという話が後々入って来たため、もし髪を切る機会があったとしても決して彼のところでは切りたくはないとアイリスとクロイドは同意するように頷き合うのだった。




                青鈍の双刃編 完



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