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真紅の破壊者と黒の咎人  作者: 伊月ともや
青鈍の双刃編
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雲間


「すぐに結界を!」


 アイリスの言葉にクロイドはすぐに頷いて彼の周りに防御結界を張った。これで影が彼を襲うことは出来ないだろう。


「あなたは手を出さないで。私が――やるわ」


 まだクロイドは息が整っていないように見える。彼は体力だけでなく魔力も吸い取られてしまっているのでかなり消耗しているように見えた。


 アイリスの気遣いにクロイドは納得できないような表情をしたが軽く頷いて了承してくれた。


 明かり一つない暗闇の中でアイリスは髪切りジャックを睨む。


「これで二人とも自由になったけれど、まだ続ける?」


「よくもやってくれたな……」


 髪切りジャックは暗闇の中では影が使えないと判断したのか、持っている鋏を強く握りしめたように見えた。


 けりを着けるなら月明りがないこの短い時間の中でやらなければならない。今はこちらが有利だが月明かりによって光を少しでも取り戻した時、こちらが不利な状況になるのは間違いない。


「…………」


 アイリスの手元に短剣はない。先程、街灯の灯りを消すために投げてしまったため今は街灯に突き刺さっている状態だ。


 ……持っているのは小型のナイフだけね。


 しかもこの小型のナイフは投てき用だ。攻撃を受け止めて、打撃を与える程の威力はない。体術で上手く彼を押さえ込めるだろうか。


 アイリスは髪切りジャックに気付かれないように右足の踵を三回叩く。


 息をするよりも前に攻撃を仕掛けて来たのは髪切りジャックの方からだった。

 弓矢のように迷うことなく鋏の刃が一線を描く。


「っ!」


 アイリスはそれを軽く後方へと跳んでから躱した。

 それでも着地する前に男の攻撃の手が伸びてくる。


「このっ……! 金髪のくせに……! 美しくないくせに!」


 恨み事を吐くように男は言葉を呟きながら目を血走らせていた。


 だがアイリスは彼の剣筋がゆっくりと見えていた。大振りな動きをしているため男の次の行動が読みやすいのだ。


 しかし後方へと避け続けているうちにいつの間にか建物の壁際へと追い込まれていたことに気付く。


 髪切りジャックは左右にしか逃げ場がなくなったアイリスを見てにやりと笑った。まるでその瞬間を狙っていたかのように男は鋏を大きく振り上げた。


「せっかく傷付けないであげようと思っていないのに。……後悔するなら自分を恨むんだな」


「…………」


 三流の人間が少し優位に立った時に発するような言葉にアイリスは呆れた溜息を吐いた。


 右足の膝を軽く曲げてから、地面を強く蹴った。空中へとアイリスの身体は蝶が舞うように浮かび、前方へと一回転する。


「なっ……」


 宙に浮くように一回転しながら髪切りジャックの背後へと着地すると彼は勢いよくこちらを振り返った。

 口を開けて目を丸くしている様は中々滑稽である。


「私がそう簡単に捕まると思った?」


 不敵に笑うアイリスに髪切りジャックの額に青筋が浮かんだのが見えた。


「アイリス!」


 クロイドの呼び声にアイリスは素早く髪切りジャックから数メートル後方へと下がり、クロイドへと近付く。


「これを!」


 クロイドから投げ渡されたのは自分が先程、街灯に向けて投げた戒めの聖剣だった。

 まだ魔力を回復している途中だというのに魔法を使って街灯から抜き取ってくれたらしい。


 彼の心遣いには感謝しなければならないと思うが無理はしないで欲しい。魔力のない自分よりも彼の方が身体にかかる負担が大きいはずだ。


「ありがとう。……まずいわ。雲が流れていく……」


 アイリスの言葉にクロイドも顔を上へとあげる。

 空を覆っていた雲は風によって流され、月が顔を見せ始める。


「来るぞ!」


 クロイドが瞬間的に結界を張った。見えない壁にぶつかるように攻撃してきたのは髪切りジャックの影だった。


「――形勢逆転かな?」


 月明りによって再び照らされる男の顔は今まで見たものよりも不気味で、そして怒りに満ちているように見えた。


「ほらほら、どうしたの? さっきまでの余裕はどこに行ったのかなぁ?」


 何度も鞭を打つように繰り返される攻撃に見えない壁が軋んだ音を立てる。自分達を囲むように作られたこの結界が壊されるもの時間の問題だろう。


「くそ……」


 クロイドの額から汗が流れていくのが視界の端に映った。


「……クロイド、あなたに負担がかかると分かっているけれどそれを承知で訊ねるわ。あとどれくらいの魔法だったら使える?」


 アイリスが何かをやろうと決断したことを感じ取ったのかクロイドは軽くこちらを振り返った。


「この状況が打破出来るならどんな魔法だって使うつもりだ」


 やけに真面目にそう言ったのでアイリスはこんな状況であるにも関わらず苦笑してしまった。


「……あなたがたまに見せるそういう意地っ張りなところも好きよ。……それじゃあ、あと二つだけ魔法を使ってくれる?」


 本当は無理なんてさせたくないがこの状態を続けさせる方が彼にとっては酷だ。早い所片付けた方がいいだろう。


「この短剣に風斬りの魔法を」


「風斬りだと?」


「えぇ、お願い」


 クロイドは訝しげに首を傾げつつもアイリスから短剣を受け取るとその刃を指でなぞるようにしながら呪文を唱える。


「この刃は風。いかなるものも通し、切り裂く凍風となれ。――風斬り(ヴァン・ラーマ)


 魔法を受けた刃が微かに青白く光る。刃自体から風が流れているようにさえ感じた。

 アイリスはそれを受け取り、柄を強く握りしめる。


「……それでもう一つは?」


 影による攻撃が続けられる結界の中でクロイドは荒い息をしながら訊ねてくる。


「結界を頭上部分だけ解放してくれる? 私がそこから飛び出て囮になるわ」


 そしてとアイリスは言葉を続けながら今日一番の不敵な笑顔で答える。


「あなたには影を捕まえてもらいたいの」


   



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