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真紅の破壊者と黒の咎人  作者: 伊月ともや
青鈍の双刃編
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美しいもの


「大人しくしないと二人とも怪我をするよ?」


 髪切りジャックの声色は余裕あるものに聞こえた。金属音が掠れる音が微かに聞えるがこれは彼が持っている鋏で音を鳴らしているからだろう。


 今はまだクロイドが実は女装しているとは気づいていないようだが、もし気付いた場合にはどうなるかは分からない。もしかすると逆上してこの状況よりさらに悪い状況へと陥ってしまう可能性だってある。


 瞬間、身体の力が少し抜けたような気がしてアイリスは前のめりになる。


「っ……」


 しかし、身体が斜めになるまえにアイリスは両足に力を入れて持ち直す。


「……平気か?」


「えぇ」


 自分でも何故急に力が入らなくなったのかが分からなかったが、理由は髪切りジャックから伸びている影だと思われる。


「中々、丈夫な子だね。この前の子達は数分もしないうちに倒れていたのに」


「何ですって……?」


 見えないままアイリスは声がした方に短剣の剣先を向ける。


「この影は魔力を抑えるだけじゃない。……魔力や体力も吸い取って自分のものにするのさ。君達も大人しくしていてくれたら痛めには合わないよ。ただ少しだけ眠ることにはなるだろうけど」


 鋏の刃が擦れる音がした。男との距離は約3メートルと言ったところだろう。


「だから、皆前後の記憶が乏しかったんだな……」


 納得するようにクロイドが独り言のように呟いた。

 何か決定的な打開策を見つけなければ時間が経つにつれて自分達の身がさらに危うくなるということだ。


「……アイリス、俺が犬化する。可能性は低いがこの影から逃げられるかもしれない」


「っ……。駄目よ」


 まさかそこまで考えているとは思っていなかったアイリスは小声で反論する。


 クロイドがあまり人前で犬化したくないのは承知していた。呪いのことが広まって自分に迷惑をかけたくないと思っているからだろう。


「私があなたを守るから……。だから、私の目になって欲しいの」


 髪切りジャックに聞こえない声量でアイリスは早口で彼に伝えた。


「打開策とは決して言えないけれど、それでもやらないよりましな方法が一つだけあるわ」


「……何だ?」


「基本的なことだけれど……。――小さな影は大きな影に呑まれるのよ」


 アイリスの言葉にクロイドもはっとしたように息を小さく飲み込んだ音が聞こえた。彼も勉強していたので影魔法の基本くらいは知っているはずだ。


「……俺は何をすればいい」


「ここから街灯までの距離と灯りが点いている場所の垂直な高さを目測して」


 確かこの辺りの街灯はクロイドが先程座っていた長椅子の近くにあったもの一つだけのはずだ。


「君の今の状態から四時の方向いや、5時だな。ここから2.5メートル先にある。高さは3メートル弱で灯りの部分にはガラスの板が四方に張ってある」


「分かったわ。……それと雲が月を隠す直前に合図を出してくれる?」


「あぁ」


 ここまでの情報から想像通りに出来るとは限らない。失敗すれば自分どころかクロイドの身も危ういのは確かだ。


 だからこそ、失敗は許されない。



 アイリスは短く息を吐き、隠す気のない髪切りジャックの気配を捉える。


「はぁ……。いい加減にしてくれよ、お嬢さん。僕はそっちの黒髪の子に用があるんだ」


「髪は女の命って聞いたことないの? 動けない女の子の髪を無理矢理切ろうなんて、卑劣極まりないわ」


 時間はまだ来ないのか、クロイドは合図を出してこない。


 貧血のように少しだけ気分が悪い感じもしてきた。自覚がないまま体力を吸い取られていくのは気分の良いものではない。


「僕はただ自分が美しいと思うものを集めているだけだ。その人がどんな人間だろうと関係ない。……僕は輝きを見たいだけなんだよ。黒い宝石のように光る魔力の宿った黒髪が美しく光る様を……!」


 どうやらこの男は被害者のことは対象物を収集する上での材料としか思っていないようだ。目が見える状態ならこの男に対して睨みを利かせられたのにとさえ思う。


「一本一本が洗練された美しさを持つ黒髪……。金髪や赤髪じゃ駄目だ。あの黒という美しさの根源に僕は息をすることさえ忘れる程に惹かれるんだ……!」


 隣のクロイドがどんな表情をしているのか分からないが、恐らく身震いしているだろう。


「それが束になったものなんて最高だ。瑞々しく流れるような黒髪は月明かりでさらに輝きを増す。あぁ、想像しただけで堪らないね……」


「……要するに自分の趣味を無理矢理に人へと押し付けているようなものじゃない」


 吐き捨てるようにアイリスはそう言った。


「あまり人様の趣味に文句を言うことは好きじゃないけど、今は言わせてもらうわ。……あなたの行っていることはただの犯罪よ。他人の髪を勝手に切ることは傷害罪に当たるわ」


 空気がふっと変わった気がした。


「美しいものを集めているだけですって? 笑わせないで。人を傷付けて得たものが美しいわけがないでしょう!」


 アイリスの言葉に髪切りジャックが短く息を吸ってすぐに反応する。


「この……!」


「今だ!」


 髪切りジャックが何かを発した言葉に重ねるようにクロイドが合図を出した。


 目が見えない状態のアイリスはクロイドから与えられた情報をもとにしっかりと握っていた短剣を街灯の灯りに向けて思いっきり投げた。


 瞬間、ガラスが弾け飛ぶ音がその場に響き、破片が身体に当たって跳ね返る。

 情報と推測だけで見事に命中したのだから自分を褒めてやりたいくらいだ。


「何を……」


 アイリスの突然の行動に驚いたのか髪切りジャックは疑問の声を上げた。


 アイリスの視界を取り巻くように張り付いていた影が少しずつ薄まっていく。

 瞳を開けるとそこは雲によって月明りが遮られた暗闇へと変化していた。


 久しぶりに戻って来る視界には戸惑ったようにこちらを見ている髪切りジャックがいた。


 隣のクロイドは突然、影から解放された反動で片足を付いてその場に項垂れている。見た所、少し息が荒いようだが無事みたいだ。


「そんな……。僕の影が……!」


「……影使いなら基本くらいは頭に入れておいた方がいいわ」


 同時に自由を取り戻した二人を髪切りジャックは信じられないと言った瞳で見ている。


「小さな影は大きな影に呑まれるってことをね」


 暗闇の中でアイリスは静かに笑みを浮かべていた。


   




登場人物紹介の項目に自作のイラストを載せさせていただきました。

お目汚しになったら申し訳ありません。


時間はあくと思いますが今後もイラストを追加していけたらなと思っております。

あまりに不評だった場合は消します……。

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