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真紅の破壊者と黒の咎人  作者: 伊月ともや
青鈍の双刃編
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警官


 建物の壁に身を潜め、アイリスは懐中時計を取り出す。月の明かりだけで時間を確認した。


「……まだ30分も経っていないわね」


 数十メートル先の前方を確認するとクロイドが街灯の下に設置されている長椅子に座っているのが見える。あちらも特に動きはないようだ。


 最初は髪切りジャックが出没する場所を歩いていたのだがぐるぐる回るように同じ場所を歩き続けると一般人に万が一見られた場合、不審に思われるかもしれないということでとりあえず座って気配を探ることにした。


 今日中にこの任務を終わらせてしまいたいところだが、そう簡単に髪切りジャックが出てくるとは限らない。

 時間も場所もぴったりだが相手の気分にもよるだろう。


 ……だからって焦っては駄目よ。


 アイリスはふっと息を短く吐く。いつでも短剣は抜けるように手だけは腰に添えてある。

 もし、髪切りジャックが現れたら即座に気絶させるつもりだ。


 ……でもただ道を通った一般人という可能性もあるからそこはちゃんと見極めないと。


 緊張はしていないが、恐らく自分は焦っているのだろう。それを何とか治めなければ。


 視界の端に映っていたクロイドが立ち上がった。

 そして彼は自らの靴の踵を三回叩いたのだ。


「っ!」


 今の行動は合図だ。事前にクロイドと魔力の反応があった場合にこちらに知らせる方法として話し合っていたのだ。


 彼は魔力反応に敏感な優れた感覚を持っている。恐らくすぐ近くで魔力の反応を感じたに違いない。だが彼の周りに髪切ジャックどころか人ひとり現れる気配はなかった。


 瞬間、自分の真後ろに気配を感じたアイリスは壁を背にするように咄嗟に振り返った。


「っ……」


 ひゅっと息が引き攣ったような音が出てしまう。


 1メートル程の距離まで詰められているにも関わらず、相手の気配に気付かなかったとはかなりの不覚を取ってしまった。


「こら、こんな遅い時間に何しているんだい?」


 月明かりで確認するようにアイリスは自分に話しかけて来た人影を凝視する。そこには警官の男がいた。

 温和そうな雰囲気を纏い、困ったように首を傾げる警官にアイリスは小さく眉を潜める。


「……少し外で頭を冷やしていただけです」


「頭を冷やすことに文句は言わないけれど、こんな遅い時間にやることじゃないよ? 夜は危ないからね。すぐに家に帰りなさい」


 男はにこにこと笑いながらアイリスに帰宅を促してくる。だが、アイリスはこの男に妙な違和感を抱いていた。


 自分に魔力があればこの男の魔力の有無が分かるだろう。そしてこの男が噂の「髪切りジャック」なのかどうかも。


 ……魔具探知結晶なら持っているけれど、出そうとしたら不審に思われるかしら。


 アイリスは男をじっと見つめる。警官の被っている帽子の下は赤毛のようだ。体格もそれなりに良いが先手を取ればねじ伏せることも出来るかもしれない。


「……どうしたんだい、お嬢さん? あ、もしかして家出してきたのかな?」


 中々返事をしないアイリスに首を傾げつつ、警官は冗談めかしてそう言った。普通に笑っただけなのに彼の口元は歪んだように見えたのだ。

 そしてアイリスは感じていた違和感の正体を見つける。


「……お巡りさんもこんな遅い時間に大変ですね」


「そうなんだよ。たまに君のような子がいるからね。ほら、家まで送ってあげるからそろそろ帰りなさい。悪い人に攫われてしまうよ」


「――嘘だわ」


 アイリスは男を見据えて、はっきりとそう告げた。男は一歩前に進もうとしていた足をぴたりと止める。


「あなた、警官じゃないわね」


「失礼な子だね。どうしたんだい、突然……」


「確かに警官がこの街を見回るのは普通のことだけれど、この場所は巡回の道には入っていないはずよ」


 元が魔物討伐課だったので一般人の警官が巡回で使う道も時間も把握していた。


 そもそも警官とは言え、夜の11時以降は巡回しないことになっている。恐らく教団の上層部がロディアート警視庁の上層部に掛け合い、夜は教団の人間が見回りをしやすいようになっているのだ。


 一般人である警官には魔物を討伐出来る術はないので、教団が仕事をやりやすいように配慮されているのだという。


「おや、詳しいのかな? でもたまに別の場所を巡回することだってあるさ。路地裏や人通りの少ない道もしっかりと目を光らせて市民の安全を守らなければならないからね」


「そう。それは良い事だと思うけれど……どうして制服が違うのかしら?」


「……は?」


 余裕の笑みを浮かべていた男の顔が一瞬、真顔になった。


「あなたが着ている制服、3年前に生産が止められてその年から新しい制服に全部変わっているのよ。旧式の制服を着ている人はまずこの街にはいないわ」


 アイリスは男の着ている制服に向けて指を指す。


「胸元に刺繍されている文字も『イグノラント』から『ロディアート』に変わっているわ。他の地域だとその地域名が刺繍されているらしいわね。あとボタンに彫られている模様も現在の制服と全く違うものよ」


 全部、本当のことだ。旧式の制服を今も着ている警官はまずいないだろう。

 新式の制服に変わった際に、旧式は処分されたか警官たちの自宅のクローゼットにでも眠っているはずだ。


「それに普通の警官なら腰に拳銃と警棒を下げているはずだけれど、夜回りという危ないことをしているのにどうして身の安全を守るものを何一つ持っていないのかしら?」


 彼の腰辺りを見てもそれらしき装備は何一つ見当たらない。

 アイリスの畳み掛けるような指摘に男は無言となる。


 この時、アイリスは目の前にいる警官姿の男は普通の一般人ではないと直感していた。ただ警官の真似事をしたい輩もいるかもしれないが、この男から感じた何かはアイリスの背筋に冷たいものを流させた。


 ふっと、息をもらすように男が吐いたかと思えば、彼が素早く何かを取り出しアイリスに迫るようにその何かを喉元へと突き付けてくる。


「っ!」


 瞬発的な行動に反応出来なかったアイリスは壁を背にしていたことを深く後悔した。

 腰に手を置いているが、この状況で短剣を抜くことは出来ない。少しでも動けば喉元に突き付けられているこの鋭いものが刺さるに違いないだろう。


「おっと、喋ったら喉が切れてしまうよ。余計な動きはしない方がいい」


 にこりと笑みを浮かべているがその裏の表情がアイリスには見えていた。


「それで君は何者なのかな?」


 男が自分に突き付けていたものを数センチだけ間を開ける。どうやら自分の言葉を聞きたいようだ。


「……普通は男性の方から自分を名乗るものじゃないかしら?」


「ふむ。それもそうかもしれないね。……お察しの通り、僕は警官ではないよ」


「警官ではない人が警官の旧式の制服を着てこんな夜中に一体何をしているのかしら?」


 ちらりと突き付けられているものへと視線を向ける。


 彼の手には鋭い鋏が握られていた。その色は薄い墨色がかかった青色だった。鋏を見ればこれが髪を切る専用の鋏ではないことは分かる。


 どちらかと言えば布を裁つ時に使用される鋏と似ていた。そしてその刃先に金色の文字で「J」と彫られている。


 間違いない。

 彼こそが自分達が探していた「髪切りジャック」だ。


   

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