入手
孤児院に帰宅後はマルーに危ない事はしないで欲しいと少し泣きながら叱られてしまった。
その一方で、アイリスの行動を見ていた子ども達からは武術を教えて欲しいと更にせがまれ、付き添っていなかったシスター達にはどういう状況が起きたのか話して欲しいと言い寄られ、やっと落ち着いたのは昼食後だった。
一度、借りている部屋に戻ったアイリスはクロイドが回収してくれていたナイフを手に取ってじっくりと観察してみる。
「うーん……。やっぱりこれはアベロン・トラポルトに作られた炎が宿る魔剣ね」
「そんな事まで分かるのか」
気になったのかクロイドが身を乗り出してアイリスの手元を見てくる。あまり、魔具と関わる機会がなければ、誰がどの魔具を作ったのかは分からないだろう。
しかし、密かに剣の収集を趣味としているアイリスにとっては、どの鍛冶職人が作った剣なのか一目見ただけで分かるようになっていた。
「アベロンが作ったものを目録としてまとめた作品集の中にこの剣と似たものを見た事があるわ。ほら、ここ。これは彼にとって炎を表す象徴よ。……でも、こんな上等な代物を強盗するような奴らが持っているなんて……」
アイリスが撃退した強盗達はこの剣に宿る魔法の力を上手く使いながら、頻繁に強盗を行っていたのだろう。
「……つまり、盗品の可能性が高いということか」
クロイドが少しだけ顔を顰めたまま小さく呟く。
「そうね。……とりあえず、これはミレットから情報を貰うしかないわね」
アイリスは部屋の窓を開け放ち、右手の指を口元へと持って来ると、指笛を作って軽い音を出した。
すると、少しずつ羽音が近づいてきて、一羽の鳩が窓からすっと部屋の中へと入って来る。
クロイドは突然の鳩の登場に目を少し丸くして驚いているようだが、鳩はお構いなしにアイリスの肩へとちょこんと降り立った。
「この子はシャルトル。いわゆる、伝書鳩ね」
アイリスは机の上に一枚の紙を用意すると、そこに流れるように文字を書いてから細く帯状にたたんでいく。自分の出番だと思ったのか、シャルトルがアイリスの肩から机の上へと降り立ったため、シャルトルの細い足へと帯状になった紙を優しく括り付けた。
「良い? ミレットにこの手紙を渡してね。それじゃあ気を付けて行ってらっしゃい」
アイリスの言葉を理解したのか、シャルトルは翼を広げて空へと吸い込まれるように飛び去って行く。
その光景をクロイドは口をぽかりと開けて見ていた。伝書鳩はそれほど珍しい動物ではないと思うのだが、彼にとっては初めての伝書鳩だったのかもしれない。
「……使い魔か?」
「ううん。ただの鳩よ。怪我をしていたあの子を拾って世話をしてたら懐かれちゃって。呼べばすぐに飛んで来てくれるの。さてと……とりあえずこの魔剣は後で魔法課に持っていくとして……」
アイリスは窓を閉じてから、クロイドの方へ向き直す。
「ねぇ今日、私が男達と対峙している時に突然、真上から植木鉢が落ちて来たでしょう? あの時、何か感じたかしら?」
するとクロイドはどうして知っているんだと言わんばかりに目を見開く。アイリスの言葉の通りだと肯定しているようなものだ。
「……あの瞬間、強い魔力を感じられた」
「……誰から?」
何となく、その答えは分かっているのだが、アイリスはあえてクロイドに訊ねてみる。こういうことは勝手な先入観を持たない方がいいため、確定するための裏付けとなる情報が必要なのだ。
「ローラだ。それまでは普通の微力な魔力しか感じなかったんだが、あの瞬間、彼女から膨大な魔力の反応を感じた」
「ということは、恐らく植木鉢を落としたのはローラね」
わざと植木鉢を落としたということは、強盗達と対峙していたアイリスの加勢をしたかったのだろうかとふと思った。
「……ローラは魔法が使えるのか?」
「これはちゃんと見たわけではないけれど……。彼女、手に紅い何かを持っていたわ」
「紅いもの?」
「石、みたいな……」
クロイドは眉を深く寄せて呟く。恐らく、彼も自分と同じことを思っているのだろう。
「魔具か」
「確証は無いわ。それでもあなたが感じたという魔力反応は大きかったんでしょう?」
「ああ。だが、魔具なんて……一体どこで手に入れたというんだ。ここの子ども達は自由に物が買える状況じゃないはずだ。しかも、魔具は高価な物なんだろう?」
「……盗んだか、拾ったか」
「そんな簡単に手に入るものなのか?」
「さあね。でも以外とその辺に転がっているのかもしれないわ。私達が気付かないだけで」
クロイドの問いにアイリスは肩をわざとらしく竦めながら、首を横に振った。
魔とは闇に潜んでいるものだ。
そして、人間が生み出すものでもある。もしかすると、自分も知らないうちに生んでしまっているのかもしれない。
「とにかくミレットからの返事次第で行動開始よ、クロイド。今晩の予定は空けておいてね?」
「……全く、何をする気なんだ……」
右目で小さくウィンクするアイリスの無茶ぶりにも慣れて来たのか、クロイドは呆れた表情のまま、仕方なさそうに溜息を吐いていた。




