体重
セリフィアがイグノラントへ来てから数日が経った。元々、人懐こい性格のおかげなのか休み時間などはアイリス達以外の生徒達に囲まれて女の子らしい話題でお喋りして過ごしているようだった。
「どうだ、ミレット。何か分かったか?」
クロイドの問いかけにミレットは渋い顔をする。
「難しいわ……。下手に突いたら呪い返しみたいに自分のことが特定される魔法もかかっているみたいだもの。これ以上は無理かもしれないわね」
手帳を顰めた顔で見つつ、ミレットは溜息交じりに答えた。やはりブリティオンのローレンス家と組織のことは詳しくは分からないようだ。
ふっと、気配を感じたアイリスは顔を上げる。そこには他の生徒達とのお喋りを終えて戻って来たセリフィアが楽しげな様子で軽く手を招くように振っていた。
「アイリスー! ご飯食べに行こうよー!」
昼食の時間を何よりも楽しみにしているセリフィアに急かされたアイリスは苦笑しながら立ち上がった。
「……クロイドとしてはアイリスがセリフィアに取られて、あまりいい気分じゃないでしょう?」
「……聞くな」
からかうような口調でミレットがこっそりとクロイドに話を振ると、彼は不機嫌な表情のままわざとらしく溜息を吐いていた。
お昼の時間はいつもと同じメンバーで人が通りにくい中庭で食べている。そこにセリフィアも加わっているのが当たり前の日常になってしまっているので不思議なものだ。
「うわぁ! 今日のおやつも美味しそうだ!」
クロイドがおやつとして作って来たマドレーヌをセリフィアは目を輝かせながら頬張る。
「美味しいっ!」
小さい子どもがおやつを喜んで食べる時と同じ表情でセリフィアはクロイドに笑顔を向ける。クロイドとしては微妙な心境なのか曖昧な表情をしていた。
「あら、本当。美味しいわね~」
「手作りって凄いな……。クロイド、これいつ作っているんだ?」
レイクの質問にクロイドは食べようとしていたマドレーヌを寸前で止める。
「登校する前です。材料さえあればそれ程時間はかかりませんよ。混ぜて焼くだけですし」
「えぇ? わざわざ早起きして作っているの? 物好きねぇ」
にやにやと笑いながらミレットがクロイドに意味ありげな視線を送るとクロイドは軽く咳払いした。
アイリスも一口、マドレーヌを食べてみる。時間は少し経っているのに中はふんわりとしており、味は甘すぎず、紅茶に合いそうだ。
「うん。美味しいわ。さすがクロイドね」
アイリスが小さく笑みを零すとクロイドはやっと緩やかな表情になった気がした。
「あ、そういえばー」
そう言って、セリフィアが自分の服のポケットから何かを取り出し始める。
「あのね、さっき男の子からこれを貰ったんだけど」
取り出されたのは桃色の封筒一通だった。
「えっ? なになに?」
途端にユアンの表情が輝きのあるものへと変わり、セリフィアが取り出した封筒をよく見ようと身を乗り出した。
「まさか、恋文っ? あらまぁ、セリフィアちゃん、やるわねぇ~」
ユアンの言葉に隣に座っているレイクが飲んでいた牛乳を急にむせた。
「ごほっ……ごほっ……。……恋文ぃ? 今時の男子が恋文って……」
「レイクってば、夢がないわねぇ。恋文に男も女も時代も関係ないわ。……あ、そうか。レイクは恋文なんて貰ったことないから、分からないわよねぇ~」
「お前っ……」
痴話喧嘩のようなやりとりを始める二人を無視するようにセリフィアは手紙を開け始める。
「え、ここで開けるの?」
驚いたのは情報収集が好きなミレットだった。
「あ、駄目だった? でも中身確認してないから、急ぎの用事なら早く確認した方がいいでしょう?」
「……急ぎの用事なら口頭で伝えると思うけどな」
セリフィアの言葉にクロイドが聞こえるか聞こえないかの声量でつっこみを入れる。
「……まぁ、恋文って決まったわけじゃないし」
そう言いつつもアイリスとて手紙の内容は気になっていた。
「えっとね……」
手紙を開いて、文章を読み進めているセリフィアの表情は次第に戸惑ったものへと変わっていく。
「どうしたの、セリフィア」
そっとアイリスが訊ねるとセリフィアは何とも言えないような表情をしたまま、すぐに手紙をたたんで封筒の中へと戻した。
「……うん。ちょっと、僕にはよく分からなかったみたいだ」
苦笑するように小さくはにかんでいたが、手紙を持っている手は少し震えているようにも見えた。そして手紙を隠すように服のポケットの中へと仕舞い込む。
他の皆もセリフィアの様子が変わったことに気付いているようだが、何かを察しているのか追究しようとはしなかった。
「……ほら、もう一個残っているからこれはセリフィアが食べてくれ」
静けさを破ったのはクロイドの言葉だった。
紙袋に入っている最後の一つのマドレーヌをセリフィアへと渡す。恐らく彼なりの気遣いなのだろう。
「え、いいの?」
「セリフィアは大食いだからな。この前、作ってきたカップケーキも昼食食べた後なのに一人で3つも食べていたし」
「なっ! それは女性に対して失礼な言葉だよ、クロイド! ……でも、食べるけどね」
頬膨らませながら遠慮なくマドレーヌを手にするセリフィアにその場にいた皆が小さく笑った。和やかな空気を作ってくれたクロイドに視線を向けると彼は肩を少し竦めて苦笑していた。
「大体、この国の食べ物が美味し過ぎるからいけないんだ。僕の体重が増えちゃうよ、全く……」
そう言いつつも食べる手を止めないセリフィアに皆はさらに声を上げながら笑った。
昼食の片付けを終えて、そろそろ教室に戻ろうかと話していた時だった。ゆらりとセリフィアの身体が突然揺れたのだ。
「セリフィア?」
どうしたのだろうかとアイリスが声をかけてみるが、彼女は目を強くこすって欠伸をしている。
「ん……。何か……僕、凄く……」
ゆらゆらと前後に揺れる身体はとうとう耐えきれなくなったのか、アイリスの肩へと寄りかかってきた。
「セリフィアっ!」
驚いたアイリスに対して、セリフィアは寝息のようなものを立て始める。
「くー……」
「……本当に寝ているみたいだな」
感心と呆れが混じりつつもレイクはすっかり寝落ちしているセリフィアを見て苦笑した。
「あらあら。それなら保健室で寝かせてあげましょうか。その方が良いでしょうし」
ユアンの提案にアイリスは軽く頷き、セリフィアの身体に手を回して持ち上げる。セリフィアを簡単に持ち抱えたアイリスの自然過ぎる動作にミレットが噴き出した。
「アイリスのそういう男気があるところ、嫌いじゃないわ」
「え、何が? とりあえず、セリフィアを保健室に連れて行くから私の荷物だけ教室に持って帰ってくれる? すぐ戻るから」
「了解」
「一人で大丈夫か、アイリス」
クロイドの心配しているような様子にアイリスは小さく首を振って笑い返した。
「平気よ。すぐに戻るから、クロイドもミレットと一緒に教室に戻っていて」
「……分かった」
あまり納得出来ないのかクロイドは渋々頷いているように見えた。
アイリスはセリフィアを抱えたまま、保健室へと歩みを進み始める。
「くー……くー……」
小さな寝息がすぐ傍で聞こえ、アイリスはセリフィアの顔を見た。
突然寝てしまったことには驚いたが、安心しきった子どものような寝息に思わず笑みがこぼれてしまう。
……でも、軽いわね。
自分が思っているよりも、セリフィアの身体はとても軽いのだ。最初に会った時に彼女のことを投げ飛ばしたが、その時も凄く軽いと感じていた。
食べている量は少し多いがそれでもしっかりと食事は摂れているようだし、問題はないはずだ。それなのに体重が軽すぎる気がする。
……私の考えすぎかしら。
アイリスは自分の考えを忘れようと小さく頭を振って歩く速度を速めた。




