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真紅の破壊者と黒の咎人  作者: 伊月ともや
花の意志編
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内緒話


 クロイドは一人静かに課長室へと向かっていた。いつものように扉を叩くと中からすぐに返事が返ってくる。

 扉を開けて中へと入ると椅子に座りながらコーヒーを飲んでいるブレアがいた。彼女の机の上には山積みにされた処理済みの書類が置かれている。


「ん? アイリスは一緒じゃないのか」


 確かにいつも一緒にいるが、どこでも一緒というわけではない。こうやってアイリスの耳には入れたくない話をする時には一人の方が何か都合がいいものだ。


「食堂でミレットと一緒に夕食を食べています。自分はブレアさんに話があったので」


「ほう?」


 あまり驚いた表情をしていないので自分が何の話をしに来たのか大体予想が付いているのだろう。


「セリフィア・ローレンスに話を聞いて来たんです。向こうのローレンス家のことを」


 ブレアの表情がすっと色のないものへと変わり目を細める。


「彼女の兄のエレディテル・ローレンスのことですが……。彼にとって都合の悪い人間はセリフィアを使って消しているようです。その話のどこまでが真実かは分かりませんが」


「……エレディテル・ローレンスか」


「今回、セリフィアがイグノラントへと来たのは彼女の独断によるものらしいですが、エレディテル・ローレンスの思惑を叶えるためとのことです。……そのためにアイリスを下らない嫁候補に入れるというならば、容赦はしないですけど」


 聞いていて吐き気が出る話だ。自分のことを馬鹿にされた時よりも、アイリスのことを悪く言われた時の方が苛立ってしまうので自分でも不思議だと思うが。


「……セリフィアが彼女の兄によってどのような魔法で操られているのかは分かりませんが、恐らく自分の感情と兄に服従する心が噛み合っていないんでしょう。少し混乱しているように見えました」


 セリフィアが自分は失敗作だと言われたと話していた時に、何故か自身の心の奥に突き刺さるものがあった。

 何となく昔の自分を思い出してしまったからかもしれない。


「俺はまだ完全にセリフィアのことは信用していません。もしかするとこちらの心を惑わすための嘘かもしれないですし、何より信用していい材料がない」


「……お前は警戒心が強いからな」


 ブレアが低く笑った気がした。


「だが、その方が私としても助かるよ。何せアイリスはお人よしな上にお節介で世話好きだからなぁ」


 アイリスの性格を完全に把握しているブレアは何かを思い出しているのかしみじみとそう言った。アイリスがセリフィアの世話を焼くことを予想していたような物言いだ。


「お前も苦労しているだろう? ……まぁ、それがアイリスの良い所でもあるんだけどな」


「えぇ。そういうところも含めて好きなんですけどね」


 さらりとクロイドが答えるとブレアは小さく噴き出した。


「お前がそういうことを言う日が来るとはな」


 まるで母親が旅立つ子どもを見送るような瞳でブレアはクロイドに向かってそう言った。それが何だか気まずく思えて、クロイドは視線を逸らす。


「……アイリスのおかげですよ」


「そうだな。あの子には……どこか周りを巻き込んでしまう力があるからな。例え魔力を持っていなくても、アイリスはどんな物事に対しても全力で行動する強い意志を持っている。だから、周りもその空気に触れて感化されていくんだろうな」


 ブレアの言葉にクロイドも軽く頷いた。思い返せばアイリスの言葉や行動にどれほど自分は心を揺らされただろうか。


 ……もう、数えきれないな。


 一緒にいる時間はまだ数か月なのに、随分と前から相棒として傍にいたような錯覚をしてしまいそうになる時がある。

 隣にいることは特別なことなのに、それが当たり前になってしまうことが怖いと思っていてもやはり嬉しいものなのだ。


「やはり、あの時……。お前の相棒にアイリスを選んで良かったよ」


 懐かしさを込めた声でブレアが呟く。


「絶対に二人は気が合うと思っていたんだ」


「それは勘ですか?」


「うーん……。本当に二人を相棒にしようと決めた時は深く考えていなかったんだ。ただきっと、相性がいいだろうなって思って組ませたから」


 今頃になってこのような話を聞けるとは思っていなかったが当時、自分とアイリスを組ませようと判断したブレアを盛大に称えたい気がした。


「今のアイリスからじゃ、あまり想像出来ないかもしれないがあの子は魔物が関わると見境がなくなるんだ。原形がなくなるまで攻撃をし続けていた時だってあった。だから『真紅の破壊者』なんて言われてしまうようになったんだが……」


「…………」


 自分は気絶していたので、途中からしか覚えていないがヴァイデ村で「幻影を分かつもの(ジュモリオン)」に対して無慈悲に攻撃していたのは覚えている。

 血を浴びてもその瞳は一切動くことはなく、ただ目の前の敵だけを殺すことに集中していたように見えた。


「魔犬の件があるからアイリスにとって魔物は全て敵だという認識になってしまった。もちろん、その力を与えたのは私だが少しだけそれを後悔した。このままあの子は魔犬と対峙する時が来ても怒りに任せて身を滅ぼしてしまうんじゃないかって思ったんだ」


 それは相打ち覚悟で魔犬を倒すかもしれないと言っているように聞こえた。

 ブレアもアイリスの自分の命を顧みない行動に苦心したのだろう。


「それじゃあ、まさか……」


「確かにアイリスの破壊行動による修繕費の高さにうんざりした部課が別の部課へと異動させたのは本当だ。だが私もそれに一枚噛んでいたんだ」


 初めて聞いた秘密にブレアは困ったような顔をする。


「本当は墓場まで持って行こうと思っていたんだが、クロイドには話しておくよ。……私はアイリスにちゃんと考えた上で剣を握って欲しいんだ。衝動に駆られるものではなく、目の前の敵が本当に敵なのかを見極めて戦って欲しい。そして自分の命を鉄砲玉のような扱いをせずに大切にして欲しい。だから……頭を冷やさせる意味でアイリスが望まない部課へと異動させたんだよ」


 今、この話をアイリスが聞いたらどう思うだろうか。驚くか、それともブレアを恨むか。彼女のことなので後者はないと思うがそれでも驚かずにはいられなかった。


「アイリスは魔物に関することじゃなければ、冷静に判断する能力も状況に応じて動く意志と行動力も持っている。だから最終的にはこの魔具調査課へと異動させたんだ。まぁ、その方が私の目も行き届いて安心できるという思惑もあったんだけれどな」


「…………」


「そして、クロイド。お前の配属もここへと決まった。マーレの話に聞いていた通りに少々難儀そうな奴だと思っていたが、根は悪くない。むしろ良いくらいだ。……二人とも自分の命よりも他人の命を心配するような奴だ。そんな二人を相棒にさせたら面白いんじゃないかって、そう思ったんだよ」


 にやりとブレアが笑った。思惑が叶ったと言いたいのだろう。


「お前がアイリスと出会ってから変わったように、アイリスもお前と出会ったことで変わっていった。まだ魔物討伐課にいた頃の感覚を忘れてはいないだろうが、それでも……強く生きたいと願えるようになっていた。自分の命を大切に出来るようになっていた。その影響力はお前が一番強いよ、クロイド」


 まるで自分自身に言われているように感じた。

 アイリスは生に対する執着が薄かったわけではない。ただ復讐心だけに駆られ、その先を見据えることが出来ていなかっただけだ。


 ……俺もアイリスの心を揺り動かせていたのだろうか。


 そう思うと少しだけ胸の奥がくすぐったかった。


「そういうわけで、これからもアイリスのことを宜しく頼むよ。……この先ブリティオンのローレンス家がどう動いてくるかは分からないからな。こっちでも調べてはみるがあまり内容には期待しないでくれ。どうも向こうの情報は調べにくくてな」


 そういえばミレットがブリティオンのローレンス家のことを調べたが、検索されないようになっていると唸っていた。情報収集はあれから上手くいっただろうか。


「また何かセリフィアから話を聞くことが出来たなら、報告しにきます」


「うむ。暫くは気を付けてセリフィアと接してくれ。中々、面倒そうだからな。――あと、先程の話はアイリスには秘密で頼むよ」


「分かっていますよ。……それでは失礼します」


 クロイドは軽く頭を下げて、課長室をあとにする。



 扉を静かに閉めて、背中を預けるように扉に寄りかかった。魔具調査課に今は誰もいない。自分の溜息の音だけが部屋に響いた。


 ……セリフィアの話が嘘でも本当でも、自分はただアイリスを守るだけだ。


 向こうのローレンス家には渡さない。この先、どう動いていくかはまだ分からないがそれだけは確かである。


「……よし」


 寄りかかっていた背中を真っすぐと戻して、クロイドは自室へ戻ろうと歩み始める。

 そしてアイリスから借りている魔法に関する本を読み進めよう。


 今の自分には準備をするしか出来ない。だから、来るかもしれない何かに備えておきたかった。力がなかったあの頃とは違う。

 今は大切なものをこの手で守ることが出来るのだから。


   


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