怪我
授業が全て終わり、下校する時間がきたがセリフィアの隣に座っているクロイドはすでに疲れ切った表情をしていた。彼女の隣に座るだけなのに余程、神経を使っていたらしい。
しかし、当のセリフィアの方は一日を楽しく過ごしたようでずっと笑顔のままである。クラス内の学生とも和やかに打ち解けていたので、その部分は自分よりも器用だなとアイリスは感心していた。
「それじゃあ、お先に!」
「うん、気を付けてね」
ミレットは仕事が立て込んでいるらしく、急ぐように先に帰ったため途中までの帰り道は三人となってしまった。
「あ、アイリスお姉ちゃん」
昇降口を出たところで声をかけられ、そちらを振り向くとローラがリンター孤児院の子ども達と集まっていた。子ども達もアイリス達の姿を見るとぱっと明るい表情へとすぐに変わった。
そういえばここ最近は子ども達とあまり話していなかったなと思いつつ皆のもとへと歩いた。
「あら、皆も今が帰り?」
「うん。でも、これから運動場で遊ぶの」
「一緒に鬼ごっこしようよ!」
「遊ぼうよー!」
ローラの言葉に続くように一斉に子ども達が誘ってきたため、アイリスはクロイドに目配せする。クロイドは軽く頷いて、了承の意を示してくれた。
「あ、アイリス……」
一緒にいたセリフィアは突然の大勢の子ども達に驚いているのか、アイリスの陰に隠れながら子ども達を見ていた。あまり、子どもに慣れていないのだろう。
アイリスは小さく笑ってセリフィアの背中を手で支えつつ、子ども達の前へと押し出した。
「この子達、リンター孤児院に住んでいる子ども達なの」
「孤児院?」
セリフィアの言葉にアイリスは軽く頷く。
「そのお姉ちゃん、アイリスお姉ちゃんの知り合い?」
「似ているねー」
やはり誰から見ても自分とセリフィアは似ているらしい。アイリスは苦笑しながらセリフィアの背中をさらに前へと出した。
「私の遠い親戚の子でね、セリフィアって言うの」
子ども達が一気に興味津々の瞳へと変わり、セリフィアへと近付いてくる。
「それじゃあ、セリフィアお姉ちゃんだ!」
「セリフィアお姉ちゃんも鬼ごっこしようよ!」
子ども達に迫られているセリフィアはどうすればいいのか分からないといった様子でアイリスの方へと振り向いた。
「あなたが嫌じゃなければ、一緒に遊んであげて?」
「あ、遊ぶって……。僕、鬼ごっことかしたことないよ……」
戸惑いながらセリフィアがそう答えると子ども達からは意外だという声が一斉に飛び交った。
「えー? セリフィアお姉ちゃん、鬼ごっこ知らないの?」
「あのね、鬼役は一人でそれ以外は走って逃げるの。それで手を触れられたら次はその人が鬼役だよ」
子ども達はセリフィアの手を握りながら運動場がある方向へと引っ張っていく。どうやらセリフィアが参加することは決定のようだ。
その後ろ姿をアイリスは微笑ましく見ていた。
アイリスとクロイドは運動場が見渡せる木製の長椅子に座って子ども達とセリフィアの荷物の見張りをしつつ、皆が怪我をしないように見守ることにした。
今日は運動場を使っている生徒がいないため、子ども達は広々と鬼ごっこをすることが出来るらしく、遠い場所まで逃げている子もいる。
その中にセリフィアが混じり、無邪気な笑顔で他の子ども達と一緒に鬼役の子から逃げていた。
「……ねぇ、あのセリフィアお姉ちゃんってもしかして魔法使いの人?」
突然、そう訊ねて来たのはローラである。鬼の目を掻い潜ってこっそりと、長椅子に座っているアイリス達の真後ろへといつの間にか来ていた。
ローラも魔力があるため、セリフィアの内にある魔力の波動に気付いていたのだろう。だから、敢えてこっそりと訊ねにきたのだ。
「そうよ。……私の本当の遠い親戚らしいわ。ブリティオン王国の人なの」
「ブリティオン王国……」
授業でそれぞれの国の事を習っているのかローラは何かを確認するように頷いていた。
「でも、何だか不思議な人だね。……あっ、逃げなきゃ。またねっ」
ローラは近づいてきた鬼役の子から逃げるために、突如走り出す。前に比べて伸びた髪の毛が風によってふわりと浮いていた。
「……不思議な人か」
「私には見えないけど魔力の波動はイグノラントの人と同じようなものなの?」
アイリスは隣でぽつりと呟いたクロイドに訊ねてみる。
「波動は似ているが大きさが違うな。余程、魔力が高いんだろう」
クロイドはそう呟きつつ、楽しそうに走っているセリフィアへと目を向ける。アイリスもその瞳に続くようにセリフィアへと視線を移した。
彼女は子どもと遊ぶどころか、同世代の子とも遊ぶことはないのかもしれない。
そんな事を思っていると、運動場を駆け回っていた子ども達からわっと声が上がり、アイリスはすぐさま立ち上がった。
すぐに子ども達のもとへと駆け寄ると子ども達の中で年中のティリーが転んでしまい、膝を怪我してしまったらしい。
「あらら、大丈夫?」
「痛いよぉ……」
ティリーは瞳に涙を溜めて呟いた。膝からは出血しているが、大きな傷ではないのでちゃんと処置すれば一週間程で傷は消えるだろう。
「痛そう……」
「ティリー、大丈夫? 痛い?」
子ども達もティリーを囲むように集まって来る。一緒に遊んでいたセリフィアも彼のことが心配なのか不安そうな表情でこちらを見ている。
「立てる?」
アイリスの問いかけにティリーは首を横に振った。
「それじゃあ、ちょっとだけ抱きかかえて運ぶけどいいかしら? はい皆、道を開けてー。クロイドはそのまま子ども達を見ていてね」
ティリーを素早く抱きかかえ、アイリスは蛇口がある所まで運んでいく。直接、保健室へと運ぶ前に傷口は早めに綺麗にしておいた方がいいだろう。
「あ、あのっ、アイリス……」
ティリーが心配だったのかセリフィアが後を付いて来ていた。
「あの、僕が……」
セリフィアが言おうとした先の言葉をアイリスは何となく予想出来たため、すぐに首を振った。
「あなたもクロイドと一緒に他の子達を見ていて。……ね?」
恐らくセリフィアはティリーの怪我を魔法で治そうかと言おうとしたのだ。だが、何も知らないティリーに魔法を使って怪我を治してしまえば驚いてしまうだろう。
「……うん」
アイリスの言いたい事が分かったのかセリフィアは少し項垂れるような様子で辿った道を戻っていく。
……人を気に掛けることは良い事だけれどね。
それでも認識の違いはあるらしい。アイリスは視線を再びティリーへと戻し、蛇口がある方向へと向かった。




