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真紅の破壊者と黒の咎人  作者: 伊月ともや
花の意志編
225/782

位置づけ


 午前の授業が全て終わり、いつもの中庭で昼食を摂るためにセリフィアを誘ったら彼女はこれ以上にない喜びと言わんばかりにはしゃいでいた。

 何でも、彼女が私生活において同じ学生同士で食事をすることはほとんどないらしく、珍しいのだという。


 しかし、食事を一緒に摂るのは自分達だけではなく、魔具調査課の先輩であるユアンとレイクも一緒だ。二人にはブレアが事前にセリフィアのことを話してくれているので、あまり説明をしなくて済んだ。


「ははーん。こいつがブレアさんの言っていたブリティオンのローレンス家の奴か」


「アイリスちゃんにどことなく似ているわねぇ。並んでいると姉妹みたいだわ」


 興味津々といった表情でユアンとレイクはセリフィアをじろじろと見ている。


「確かブリティオンにもこっちの教団と似たような組織があるんだろう? セリフィアはそこの魔法使いなのか?」


「あまり詳しいことは教えられないけど、そうだよ。でも、僕の家みたいに貴族出身の人間が多いかな」


「え? 貴族なのに魔法使いなの? そこはイグノラントと違うのねぇ。教団は貴族出身の魔法使いの方が少ないもの」


 初対面であるにもかかわらず、すっかりユアン達と打ち解け合ったセリフィアは楽しそうに会話をしている。


「まぁ、人懐こいって言えば人懐っこいわね」


 アイリスの隣で昼食のパスタを食べていたミレットがどこか感心するように呟いた。


「人懐っこさにも限度があるだろう」


 そう呟くのは今日一日ずっと顰めた表情で過ごしているクロイドである。


「クロイドってば、意外と嫉妬深いのねぇ」


「そういうことじゃない」


 ミレットのからかうような口調にクロイドはぴしゃりと言い放った。


「何と言うか……。根本的に気に食わないんだ」


「昨日のことを根に持っているの?」


 アイリスの問いかけにクロイドは首を横に振った。


「昨日、セリフィアに言われたことはアイリスが怒ってくれたから、それほどまで気にしていない。ただ……何故かは分からないが、彼女のことを良く思えないんだ」


「そうなの……」


 クロイドがそう思っている一方で、アイリスは微妙な感情をセリフィアに抱いていた。だが、その感情が自分の中でどういう意味を含んでいるのかは分からないのだ。




「ほら、見てみて、三人とも!」


 ユアンのはしゃぐような声にアイリス達は視線をそちらへと向けた。

 そこにはユアンによって髪型を変えられたセリフィアがいた。ゆったりとした三つ編みから、アイリスのような後ろ髪を上下に分けて、上の部分をリボンで結んだ髪型へと変わっていたのだ。


「じゃーん、アイリスちゃんとお揃いよ!」


 力作だと言わんばかりにユアンが鼻を鳴らす。


「本当にアイリスと姉妹みたいね……」


「えへへ……」


 同じ髪型が嬉しいのかセリフィアは照れたように笑う。それほど自分と同じ髪型にしてもらったことが嬉しいらしい。

 隣のクロイドを見ると、何とも複雑そうな表情で目を細めていた。


「はぁー……。セリフィアちゃん、本当に可愛いわ。ねぇ、私の相棒にならない? 今なら、速攻で席を空けるわ」


「おい、俺はどうなるんだよ」


 ユアンの本気にも受け取れる発言にレイクが苦い顔をした。


「ありがとう、ユアンさん。気持ちだけ受け取っておくよ」


 満更でもない表情のまま、セリフィアははにかんだ。こうしていると、本当にどこでもいるような少女にしか見えない。


 セリフィアがアイリスの方へと視線を移し、お互いの視線が重なった。その表情が何故か寂しげなものに見えたアイリスは目を瞬かせたが、次の瞬間にはセリフィアの視線はユアンの方へと戻っていた。


「……あと、やっぱり元の髪型に戻してもいいかな? これだと落ち着かなくって」


「あら、そう? それじゃあ、私が戻してあげる。三つ編みでいいのよね?」


「うん、ありがとうー」


 任務で変装を得意としているユアンは人の髪型に手を加えることも得意らしく、楽しそうにセリフィアの髪型を三つ編みへと戻していた。




「……皆みたいな人がブリティオンにいてくれたらいいのになぁ」


 独り言のようにセリフィアがぽつりと呟く。


「そうしたら、もっと……毎日が楽しいのに」


 空を見上げるセリフィアの瞳は曇ってはいないのに、潤んでいるように見えた。


「……友達が少ないのか?」


 セリフィアの呟きを聞いたクロイドが首を傾げつつ訊ねる。


「友達……。どの段階からが友達なのかよく分かんないんだよねぇ。ローレンス家って魔法使いとしても、貴族としても有名だから、言い寄って来る輩はたくさんいるんだ。下心ばかりの奴らに囲まれていると、どの順序を踏んで、友達という定義に当てはまっていくのか分からなくって」


「……」


 セリフィアは気まずくなった雰囲気に気付いたのか、小さくはにかんだ。


「だから、僕は友達がいないんだ。自分達以外は全部敵。そう思わないと相手の速さに巻き込まれてしまうからね」


 自分が思っているよりもセリフィアは複雑な環境で生きているらしい。だが、それに臆することなく凛としている姿はどこかエイレーンを彷彿とさせた。


「向こうだと、僕ってばお上品で高潔なお嬢様みたいに思われているんだ。まぁ、貴族なのには間違いはないけど。だから、同じ学生同士でこうやって気軽に話をしつつ、中庭で昼食を食べるなんてことは出来ないんだよねぇ。毅然としたローレンス家の娘としていなくちゃいけないし、『世間』と『兄様』がそれを許さないから」


「……兄様っていうのは、あなたの本当にお兄さんなの?」


 そういえば、彼女はアイリスを『兄様』の嫁にふさわしいかどうか見極めに来たと言っていたが、その『兄様』の話を詳しくは聞いていなかった。確かブリティオンのローレンス家当主だと言っていたが。


「うん、そうだよ。僕のたった一人の家族。……あ、僕達の両親は僕が小さい頃に二人とも死んじゃったらしいんだ。よく覚えていないんだけどね」


 何事もないようにそう話しつつ、セリフィアは昼食のサンドウィッチを頬張った。もぐもぐと咀嚼して、飲み込んでから話を続ける。


「兄様はエレディテル・ローレンスって言うんだ。かつてのローレンスの再来って言われているくらいに魔力が高くて、魔法も色んなものが使えるんだよ。僕の自慢の兄さ」


 相当、兄のことが好きなのか兄の事を語っている時のセリフィアは今まで一番楽しそうに笑っていた。


「エレディテル・ローレンスねぇ……」


 ミレットが口元に手を当てながら、何か考えているのか小さく呟いた声が聞こえた。


「じゃあ、その兄貴がセリフィアにイグノラントに行ってこいと勧めたのか?」


 レイクの質問にセリフィアは渋い顔をした。


「うーん。詳しくは言えないけど半分正解だね。……でも、それ以上に僕がイグノラントのローレンス家を見たかったんだ」


 セリフィアの視線が再びアイリスの方へと向けられる。


「僕達とは違う生き方をしているローレンス家をこの目で確かめたかったんだ。もちろん、兄様の嫁候補を探しに来たのも本当だよ? でも僕は僕個人として君達を理解したかったのかもしれない」


「……」


 セリフィアの幼い面差しが残った瞳が真っすぐと自分とクロイドを捉えていた。



 

 何と答えればいいのか迷っていると、昼休みの終わりを告げる予鈴が鳴り響いた。


「あら、もう時間みたいねぇ」


 ユアンが仕方ないと言わんばかりに昼食の片付けをし始める。


「ユアン。また教科書持って来るのを忘れたから、一緒に見せてくれ」


「またぁ? もういい加減にしてよね……」


 溜息交じりにレイクに返事をしつつユアン達は立ち上がる。


「それじゃあ、またね。セリフィアちゃん、また今度お茶しましょう?」


「またなー」


「はーい」


 教室へと戻るユアン達にセリフィアは軽く手を振った。



「私達もそろそろ戻らないと。そういえば、次の授業が経済から歴史に変更されていたわよ」


「……教科書持ってきていたかな。アイリス、見せてくれる?」


「いいけど。……クロイドもセリフィアに教科書見せてあげるのよ?」


 セリフィアは突如きた留学生ということになっているので、教科書の全てを揃えているわけではない。 教師から借りたりしているようだったが、教師の予備の教科書がない場合は生徒同士で見せ合うしかないだろう。


「……分かっている」


 本当は気が進まないようだが、仕方ないと思っているのかクロイドは躊躇いがちに頷いた。


「ほら、セリフィアも片付けて」


「うん」


 片付けをすることさえも楽しいのか、セリフィアは上機嫌のままだ。


 ……こちらが思っているよりも窮屈な日々を過ごしているのかしら。


 彼女が自慢している『兄様』が厳しいのか、それとも彼女を見ている世間がセリフィアのことをこうあるべきだと位置づけて接しているのかは分からない。

 それでも自分が同じような立場なら、捌け口を見つけなければ耐えられない環境だろうと密かに思っていた。

 

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