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真紅の破壊者と黒の咎人  作者: 伊月ともや
花の意志編
222/782

ローレンス


 それはイリシオス曰く、散り散りになったローレンス一族の者から聞いた話を集めたものらしい。


「その魔法使いは……黎明の魔女と呼ばれたエイレーンの力でさえ凌駕するほどの実力を持っておったが、日々の安寧を求めて、ずっと旅をしていたらしい。そして、その魔法使いが落ち着いた場所の名を……『嘆きなき村』と呼ぶようになったのじゃ」


 アイリスは思わず、息を引き攣ったように吸い込んだ。

 エイレーンよりも力が強い者は自分の知識の中にはいない。それどころか、エイレーンの時代よりも遥か昔と言うならば──それはきっと、自分の理解が及ばない時間を示している。


「その魔法使いは自分の力が大きすぎることを憂いて、生活する上で魔法を使うことはなかった。ただの人として……生きたかったらしい。彼の名前は……ローレンスと言った。ローレンス一族の名はここから始まっておるのじゃ」


 自分が知らなかった話だ。もしかすると、当主だった者には伝えられていたのかもしれないが、まだ子どもだった自分には教えられなかった物語。

 ローレンス家の始まりとなるその話をアイリスは食い入るように聞いていた。


「ローレンスは魔力無し(ウィザウト)の女性を伴侶として、穏やかに生活していたと聞いている。そこにはやがて、一族と呼べる程の人間が増え、村として形成していった。ローレンスが亡くなった後も、その村は彼の意志を継ぐように、異端審問官がやって来るあの日まで、穏やかに日々を過ごしていたらしい」


 そして、魔法が効かない異端審問官がやってきたあの日に、一族は散り散りとなったのだ。


「……散り散りとなった後、ブリティオンへと逃れた者達は、イグノラントよりも酷い差別と魔女狩りにあったと後に聞いた。……自分を理解してくれる者が少ないのは、何よりも不自由なことなのじゃよ、アイリス」


 その言葉はアイリスに向けて、というよりも自分自身に言っているように聞こえた。


「だが、そのせいでブリティオンの魔法使い達は強さをより求めるようになったのかもしれぬ。力の強い魔法により、異端審問官でさえ、彼らは押さえ込むことに成功した。今も……あの国は王国として成り立っているが、その裏では組織の魔法使いが動いているらしいぞ。……王を操らなければ、危うくなるのは自分達の方だったのじゃろう」


 まるで、イグノラントとは真逆の国の成り方だ。現在は、友好国として接しているはずだが、まさか魔法使いが国を裏で操っているとは知らなかったアイリスは背筋が冷たくなった気がした。


「そして、さらなる力を求めて……彼らは一つの選択をした」


「それが……噂の……」


「そうじゃ。……エイレーンさえも凌駕するローレンスを……復活させようと動いていたらしい」


「……」


 何となく、予想は付いていた。それは恐らく、前回のセド・ウィリアムズ達の起こした件とどこか似ているように感じていたからだ。


 恐らくだが、これがイグノラントのローレンス家とブリティオンのローレンス家の性格の決定的な違いなのだろう。

 イグノラントのローレンス家はエイレーンの復活を望むことはなかった。それは眠っている彼女の穏やかな日々を奪うべきではないと考えていたからだ。


 しかし、ブリティオンのローレンス家は違う。彼らは自分達の安寧のためにより大きな力を求めた。

 きっと、それが時代と状況によってそうせざるを得なかったことだと分かっているが、理解することは出来なかった。


 ……魔女狩りが、人の気持ちを変えてしまったのね。


 当事者ではない自分には、その時の気持ちを理解することは難しく、アイリスは苦いものを食べたような顔をした。


「正確なことは分からぬ。ただ、そのような噂が立っている時に、イグノラントのローレンス家と純血統の者達を向こうへと連れて行きたい話を持ち掛けられたからのぅ。……血が濃い者と魔力が高い者を使えば、ローレンスという男を復活することが出来るとでも考えたのじゃろう」


 馬鹿馬鹿しいと言わんばかりにイリシオスは首を横に振る。


「エイレーンの時と同じことじゃ。どんな魔法を使っても、復活を求められている者がそれを受け入れるとは限らない。……死んだ者に口はないから、どんな想いを抱いていたのかは分からぬが……恐らくローレンスという男もエイレーンと同じで、ただ穏やかに生きたかっただけなのじゃ。それにも関わらず、掘り起こすことなどやるべきではない。それはその時代を生きる人間の傲慢というものじゃ」


 穏やかに日々を生きることが、どれほど贅沢で幸福な事なのかはもう分かっている。誰もがそれを望んでいたはずなのに、どこかで道は分かれてしまったのだ。


「だが、ローレンスの復活を目論んでいたと聞いたのは十代ほど前の国王の時代の話じゃ。ブリティオンの魔法使い達が今もローレンスの復活を願っているのかは分からぬ。……ただ、あちらのローレンス家から関わりを見せて来た以上、十分に気を付けてくれ」


 それはつまり、魔力無し(ウィザウト)である自分も向こうに連れて行かれる可能性はないとは言い切れないということだろうか。


「……分かりました」

 

 アイリスは力強く頷いた。自分もクロイドもセリフィアの言葉に従って、ブリティオンのローレンス家と血を結ぶ気は全くない。

 それでも、彼女の後ろにいる組織の魔法使いがどのような思惑を隠しているのか分からないため、セリフィアにその意志がなくても、気を張って対応しなければならないだろう。


「さて、年寄りの長話はここまでじゃ」


 イリシオスは小さな両手をぽんっと合わせる。


「また、何かあればわしに聞くと良い。ブレアが話の場を設けてくれるじゃろう」


「……お忙しいところ、ありがとうございました」


「何の。こう見えて、暇な身じゃよ。話し相手がおる方が、時間が潰れて丁度良い」


 イリシオスは声を上げて軽やかに笑った。

 そして、ふっと慈母のような笑みを浮かべる。


「……アイリス。わしは……お主とクロイドの味方じゃ。お主達が今後、どういう選択をしていくか、見守っておるからな」


 恐らく、「魔犬」の件を言っているのだろう。自分は魔犬を倒すつもりでいるし、クロイドの呪いだって解きたいと思っている。魔犬の方に動きがない以上、未だに解決策が見つかっていないが、何かしらの選択が迫る時が来るのだろう。

 それが、最善の選択かどうかは分からなくても、自分はクロイドと選んで進んでいくつもりだ。


「……ありがとうございます」


 ブレアもイリシオスも自分達の背中を支えてくれている。それはきっとイリシオスが言っていた、理解されることによるその身の自由さへと繋がるのだろう。


 ふっと視線をイリシオスから離すとクロイドが自分の方を見ていた。どうやらあちらも丁度、話が終わったところらしい。

 だが、クロイドの表情は先程と比べると少し暗いように思える。何かブレアから良くない話でも聞かされたのだろうか。


「それじゃあ、私は先生を部屋まで送って来るよ。まだ、二人とも夕飯は食べていないのだろう?」


 一方で、表情は何も変わっていないブレアがアイリスに声をかけてくる。


「そうですね。まだ、開いていると思うし、食堂で軽く食べてきます」


 この時間なら、まだ食堂は開いていたはずだ。ずっと隠していたが、本当は空腹過ぎて、何度か空腹の山場を越えてしまっていた。


「それと教会の内側の扉に鍵をかけておいてくれ。多分あとで、修道課の奴が見回りに来ると思うが、念のためにな」


「ふむ。それではまたのぅ、二人とも」


「はい。ありがとうございました」


 アイリスとクロイドは同時に軽く頭を下げた。ブレアと共にイリシオスは背を向けて、扉の向こうへと歩いて行き、静かな教会の中に二人、残される。


「あ、鍵を閉めないと……」


 先程、セリフィアが出て行った扉の方へと足を伸ばそうとした時だった。




「……アイリス」


 震えた言葉と同時に、右腕を突然クロイドに掴まれた。

  

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