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真紅の破壊者と黒の咎人  作者: 伊月ともや
花の意志編
219/782

観察


 響いたのは乾いた音ではない。重みを含んだその音は、人を張り飛ばしたにしてはかなり鈍い音になった。

 アイリスの突然の行動に反応出来なかったセリフィアは後方へと身体が張り飛ばされて、大きな尻餅をついた。


「痛っ……たーいっ……!! 何するのさっ!」


 セリフィアは芝生の上へと倒れ込むも、すぐに上半身を起こして自分の左頬をさすった。

 だが、そんなことはお構いなしで、アイリスは尻餅をついているセリフィアへと近付き、彼女の胸倉を掴んだ。


「ふざけるんじゃないわよ……」


 重低音の言葉とアイリスの憤怒の表情にセリフィアはひゅっと、喉を小さく鳴らした。


「私のことはいくら馬鹿にしたって構わないわ。だけどね、クロイドのことをまるで消耗品の道具のように侮辱するなら私はあなたを許さない」


 本当はこの胸倉を掴んだまま、セリフィアに頭突きでもしてやりたかった。だが、その衝動を何とか理性が押さえ込んでいる。


「彼のことをよく知りもしないで、舌が回るものだわ。それ以上、クロイドの事を侮辱してご覧なさい。すぐにその舌を私の短剣で斬り落としてあげるから」


 短剣の刃先よりも鋭利な瞳はセリフィアを逃すことはない。


「っ、この……」


 アイリスの手から何とか逃れようとセリフィアはもがき、身体を勢いよく起こすように立ち上がった。

 そして、何か魔法を放つつもりなのか、すぐに右手をアイリスの方へとかざしたが、それよりも早かったのはアイリスの身体だった。


 魔法の呪文がセリフィアの口から出る前にアイリスは素早く、彼女の間合いへと入る。その行動を認識するのに時間がかかったのか、セリフィアは手を伸ばしたままだ。


 アイリスは伸ばされた腕を背中で抱えるように持ちながら、重力任せにセリフィアの身体を宙で弧を描くように回し、そして再び彼女の身体を芝生の上へと叩きつけた。


「っ!!」


 芝生の上へと叩きつけられたセリフィアの両腕を背中に回して、動くことが出来ないように関節技をかけると、悲鳴にも似た声が、セリフィアの口からもれる。


「……私が魔力無し(ウィザウト)だからって、見くびっていたでしょう? 確かに私は魔力がないわ。でも、その分を補うために魔法に対する(すべ)を叩きこんでいるのよ」


「っ……や、め……」


 荒く息をもらすセリフィアに対して、アイリスは容赦することはない。


「あなたが魔法を使う動作さえ分かっていれば、魔法封じは何度でも通じるわ。それでも、私に魔法をかけてみる? 今度は私の短剣があなたの喉元に突き刺さってもいいなら……」


「──アイリス!」


 クロイドの慌てた声が頭に響き、はっとしたアイリスは睨むように見ていたセリフィアから顔を上げた。


「もう、止めてやれ。……泣いているぞ」


 どこか困ったような表情でクロイドがそう言った。


「え?」


 アイリスがセリフィアの背中で交差していた腕から手を離して、彼女の顔を覗き込むように見てみると、先程までの勝気な表情から一変して涙がぽろぽろと溢れていたのだ。


「わっ……。ごめんなさいっ。そんなに痛かった?」


 強くしたつもりはなかったが、女の子を投げ飛ばすのはさすがにまずかっただろう。どこか怪我をしていないか確かめつつ、アイリスは芝生の上へと倒れているセリフィアの身体をそっと抱え起こした。


「うぐっ……。うぅ……」


 セリフィアは手の甲で涙を拭っているが、手についた汚れがそのまま顔に付いてしまっている。まるで、小さな子どものような泣き方だ。余程、痛かったに違いない。


「……」


 アイリスはセリフィアの真正面に座り、鞄からハンカチを取り出す。


「……投げ飛ばしてしまったことは謝るわ。さすがに女の子相手にするようなことじゃなかったし。でも……目の前で自分の大切な人を道具のように扱われるのは、どうしても許せないの」


 悲しいものを見るような瞳で、アイリスはセリフィアの顔に付いた泥をハンカチで拭き取った。


「……大切な、人?」


「ええ。……彼は私の相棒だもの。あなたも……大切な人、いるでしょう? その人がよくも知りもしない相手から馬鹿にされたら許すことが出来るかしら?」


 セリフィアは首を横に何度も振った。


「僕、君のことを……君達のことを馬鹿にしていたの?」


 そして、きょとんとした瞳でアイリスのことを見つつ、そう言ったのだ。

 驚いたアイリスは思わず隣に立っているクロイドの方を見てしまう。彼もどう答えればいいのか分からないと言った様子だ。


「僕は……ただ、兄様のために当り前のことを言っただけだったけれど、それは君達を傷付けていたっていうこと?」


 年頃は同じくらいに見えるセリフィアはまるで、7、8歳くらいの少女が疑問に思ったことを親に問いかけている姿に見えた。


「正直に言って、気分のいい話ではなかったわ。見知らぬ誰かに勝手に嫁候補にされるのも、自分の恋人に向かって失礼なことを言い寄るのも」


「こ……」


 そこでセリフィアの顔がぽっと赤くなる。


「き、君達は……恋人同士なのかい?」


「そう、だけれど……」


 アイリスが答えるとセリフィアは更に顔を赤らませる。先程、クロイドに魔法をかけて直接的に彼の情報を得たように見えたが、自分達が恋人同士だという情報までは見つけていないのだろうか。


「そ……そう、なんだ……」


 ついさっきまで、涙を零していたとは想像できない程に彼女の顔は赤くなっている。どういうわけなのだろうか。


「まぁ、そういうわけだ。どうしてもローレンス家の血縁を見つけたいなら、他を当たってくれ」


 クロイドはアイリスに手を差し伸ばしてきたので、アイリスはその手を取って立ち上がった。


 セリフィアはまだ顔を赤らめたままだが、何かを考えるように黙り込む。そして、何か考えに至ったのか、ばっとアイリス達の方へと顔を上げた。


「やっぱり、僕は気になる。君達が……どうしても気になってしまうんだ。魔力も無いし、呪いだって持っている。それなのに、恋人って……。情報が追いつかない……。教団のことはもちろん気になるけど……でも、それよりも君達自身がどうしても気になってしまう」


 捲くし立てるようにセリフィアは独り言のような言葉を呟いた。


「よし、決めた! 暫くの間は君達を観察することにする!」


「……はっ?」


 思わず素の反応が出てしまったのはクロイドだった。


「君達を観察していれば、知らないことを知れそうだし、何より面白そうだし」


 セリフィアはスカートに付いた土を手で払いつつ立ち上がる。そして、いい案だと言わんばかりに、にこりと笑った。

 視界の端でクロイドが頭を抱えているのが目に入った。


「というわけで、暫くの間、君達を観察するから宜しくね。アイリス、クロイド」


 ころころと変わる表情で、セリフィアはアイリス達に笑顔を向けつつ、右手を差し出してきた。


 アイリスとクロイドはお互いに微妙な顔をしつつ、その手を取るべきか迷うしかなかった。


     

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