表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
真紅の破壊者と黒の咎人  作者: 伊月ともや
花の意志編
214/782

手繋ぎ

 

 朝の10時前くらいにアイリスはロディアート時計台が見える公園へと向かった。クロイドとの待ち合わせはこの前と同じ場所で、時間も同じだ。


「……」


 昨日、夕食を食べ終わった後に男子寮のクロイドの部屋へと訪ねたところ、明日のことは自分に任せて欲しいと言っただけ、待ち合わせ場所と時間しか言われなかったのである。

 明日の事について詳しく話そうと思っていたのだが、そう言われてしまってはそれ以上を訊ねることは出来ずに結局今日を迎えてしまった。


「……」


 クロイドと出掛けるというだけで、やはり緊張はするものだ。常に一緒に任務をしている時とは訳が違うのだから。


 今日の自分の服装は白いシャツに若緑色のスカート、髪型はいつもの結び流しで、髪飾りのリボンは藍色だ。


 普段、それほど服を持っているわけではないが、ミレットがまたクロイドと出掛けるかもしれないからと言ったので、新しい服を買ってみた。

 別に今日の日のために用意して、今まで着なかったわけではない。たまたま今日、出掛けることになったので、この前買った新しい服を着ようと思っただけだ。


 まっすぐと待ち合わせ場所に向かって歩いているはずなのに、どうも足が軽くて仕方がない。顔は緩んだりしていないだろうか。


 ふと、気付くと視線の先にクロイドが立っていた。時計台をじっと見つめる彼の横顔はどこか哀愁が漂うものに見えて、アイリスは開きかけた口を閉じた。

 だが、気配を感じたのかクロイドもアイリスの姿を確認すると、小さく口元を緩ませる。


「……まだ、待ち合わせの時間前よ?」


 溜息交じりでそう言うと、クロイドは肩を竦めた。


「そういう君も早いじゃないか」


「それはまぁ……」


 楽しみ過ぎて、歩く速度が速くなってしまったとは言わないでおこうとアイリスは密かに言葉を飲み込んだ。


「……今日は任せて欲しいって言っていたけど」


 アイリスが上目遣いでそう訊ねるとクロイドは少し気まずそうに視線を逸らした。


「……前に、今度は自分が出掛ける場所を考えておくと言っただろう」


 そういえば、確かにそういう話をした気がする。思い出したアイリスは小さく頷いた。


「だから、どこかにおすすめの場所がないか探して、聞いて来たんだ」


「聞いたって……」


「魔具調査課の先輩達。もちろん、アイリスと一緒に行くからとは言っていないが、ユアン先輩辺りは気付いているかもしれないな」


 照れているのか、気まずいのか。クロイドは少しだけ頬を赤らめているように見えた。

 そういう表情を見るのは久しぶりな気がして、アイリスは思わず浮つきそうになった心を隠すために両足に踏ん張るように力を入れる。


「……そ、それで、どこか良い場所は聞けたの?」


 休みの日には美味しいものを食べにいくのが趣味だと言っていたユアンなら、おすすめの店をたくさん知っているに違いないし、他の先輩達のおすすめも聞いてみたかった。


「アイリスが好きそうな店をいくつか教えてもらった。……とりあえず、店に着くまでは秘密にしておくよ」


 クロイドは人差し指を自分の唇に当てて、子どもっぽく笑った。その仕草に思わず、胸の奥に何か矢のようなものが刺さった気がした。

 すっと目の前に差し出されたのはクロイドの左手。


「……今日くらいは、ずっと繋いでいてもいいだろう?」


 彼はこういうことを自然とやってしまうので、本当に気が抜けない。アイリスは小さく唇を尖らせて、その手に自分の右手を重ねた。


「……今日だけよ?」


 こくりとクロイドが頷き、アイリスの歩幅に合わせながら隣を歩く。


 思えば手を繋いで歩くのは初めてだ。彼に触れることはあっても、手をしっかりと握ったまま歩くことはなかった。まるで、恋人みたいだと今の状況を見て思ったが、そういえば恋人だったと思い出す。


 ……何だか私ばかり浮かれている気がするわ。


 今日はクロイドに元気になってもらうために、一緒に出掛けているのだから、自分ばかりが喜んでしまってはいけないだろうと真面目な顔を作る。

 それでも、口元が緩んできてしまうのは何故だろうか。


 ちらりとクロイドの方を見やると、彼の頬も緩んでいるように見えた。どうやら今の自分と同じらしい。


「……今日は、晴れて良かったな」


「えっ? え、あ……えぇ、そうね!」


 突然、天気の話を振られたのでクロイドの顔に見惚れていたアイリスは視線を前へと戻して、咄嗟に返事をした。


「暫くは晴れが続くってミレットが言っていたわ」


「ミレットは天気まで把握しているのか……」


 右斜め頭上から苦笑した声が聞こえた。笑っているようなので、アイリスはそのことに少しほっと息をもらす。


 ──大切な人を失えば、彼はまた笑わなくなるのではないか。


 その不安がずっと心にあったが、そう思ってしまうのはやはり自分のためなのだろうと思う。

 自分のために、彼に笑って居て欲しいと、元気で居て欲しいと思ってしまうこのやましい気持ちにアイリスは自分自身で苦く感じていた。


「そういえば、セルディ先輩がおすすめの紅茶専門店を教えてくれたんだ。最近、開店したばかりだが、品揃えも良くて、試飲させてくれるらしい」


「まぁ、いいわね! あとで是非行きたいわ」


 紅茶好きとしてはそろそろ新しい産地の紅茶を開拓したいと思っていたところだ。それにクロイドに紅茶を淹れるといつも美味しそうに飲んでくれるので、その顔が見たいためでもあるが。

 

 指先を絡めた手から感じるのは、温かい体温だけだ。あの日、雨が降った日の体温とはまるで違う。

マーレの葬式の日のクロイドは恐ろしいほどに身体が冷たかった。


 まるで、彼自身が温度を失ってしまったように思える程、その身体から生気は溢れていなかったのだ。

 その時の温度を思い出してしまったアイリスは思わず、握っている手に力を込めてしまう。


「アイリス?」


 それに気付いたクロイドがこちら側に首を傾げるように向いた。


「え? あ……何でもないわ」


 小さく笑って、アイリスは空いている左手を横に振る。クロイドは訝し気な表情をしていたが、すぐに視線を戻してくれた。


「……」


 そう、この手は冷たくさせてはいけないものだ。そして彼にあの時の温度を味わわせてはいけない。自分までもが、冷たい身体になってしまったら、彼はきっと──。


 アイリスはその先のことを考えるのを止めた。悪い方向に考えてばかりでは、先には進めない。分かっているのに、そのいつか来るかもしれない温度の消失をアイリスはとても恐ろしく感じてしまった。


   

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ