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手紙


 ――イグノラント王国 首都ロディアート近郊の森。


 魔物討伐課に所属する、遠征部隊『(パンデラ)』隊の隊長であるマーレ・トレランシアは仲間四人とともに、休憩をとるために地面へと腰掛けていた。


 本来、ロディアート近郊の森に出没する魔物を討伐するのは本部に所属する者が見回りをするように決まっているが、遠征を終えたついでに立ち寄ったため、念のために見て回ることにしたのだ。


 魔物が出るのは人が多い街中だけではない。緑が茂る森にも頻繁に出るため、巡回はかかせないものとなっていた。


「しばらく休憩してから、もう一度軽く見回りをして、本部に戻るぞ」


「はい」


 マーレの言葉に、副隊長のクラップが真面目な顔で返事をする。今回の遠征の任務は中々、順調に終わったため、早く本部へと戻って皆、汗を流したいところだろう。

 特に唯一の女子であるリーシャは年頃であるため、そうしたいはずだ。


 ……そろそろ、前みたいに内勤に戻った方がいいのかねぇ。


 自分ももうすぐ35歳だ。体力と剣術の腕は衰えていないと思うが、自分に付いて来てくれる仲間達は良い年齢だし、そろそろ身を固めたい頃だろう。


 以前は訳あって、数か月間だけ内勤にしてもらっていたが、やはり外勤と比べると住むところも食べることにも不自由しないため、比較的に楽ではあった。

 そう思いつつ一人で苦笑していると、知っている魔力の気配がしたため、マーレは顏を見上げてみる。


 そこには白い梟の形をしたものが羽を広げて、宙に浮いていた。マーレは無言のまま、右腕を伸ばすと白い梟は一瞬にして白い煙を纏いつつ、一通の封筒へと変化した。


 いや、元々は封筒だったものを配達させる手段として、白い梟へと魔法で変化させていたのだろう。そういう芸当で自分へと手紙を送って来るのは、たった一人だと知っている。


「おっ、マーレさん。……恋人からですか?」


 お調子者だが、魔法の腕はいいホサインが茶化すように口元を緩めて笑っている。


「馬鹿を言うな。外勤の俺に恋人がいるわけねぇだろ。こんなむさくるしい男、俺が女だったとしてもお断りだぜ。……これは可愛い妹みたいな奴からさ」


 冗談で返事を返しつつ、マーレは手元へと舞い降りて来た封筒を掴み取って、すぐに封を指で切って、封筒を開けてみる。取り出したのは数枚の手紙だ。


「……」


 美しく、細やかな字が丁寧に綴られており、紙から懐かしい匂いが微かに香った気がした。


 ……そうか、クロイドは元気にしているか。


 零れそうになる笑みを他の隊員に見つからないように隠しつつ、マーレは手紙を読み進めていく。


 この手紙は自分の妹弟子であるブレア・ラミナ・スティアートからである。彼女には自分が以前、数か月間だけ手元に置いて預かっていた少年、クロイド・ソルモンドの新しい保護者代わりをしてもらっていた。


 それからというもの、数週間に一度の頻度で彼女からクロイドに関することが綴られた手紙を受け取るようになったのだ。書いてあることは、本当に他愛無いことばかりだ。


 クロイドが魔具調査課に入ったことや、魔法を使えるようになったこと、任務を順調にこなしていることなどばかりで、その文字が弾んだ心で書かれていることが読み取れる。


 そして、いつも最後に同じ一文が添えられるのだ。


 ――早く、手合わせに帰って来い。


 その言葉の意味を知っているマーレはどこか困ったように頬を掻きつつ、口元が緩まりそうになったのを抑えた。


 いつからか、ブレアとは約束していることがあった。ブレアが剣術による手合わせで自分に勝つことが出来れば、とある約束を果たすと。


 ……多分、あいつの方が強くなっているだろうなぁ。小せぇ頃から才能だけはあったし。


 会うたびに手合わせしろと言ってくるその理由の意味を自分は確かに受け取ってはいるのだが、やはり気持ちが決められないでいる。

 手合わせして、自分が負けてしまえば、ブレアの要望を聞き入れなければならないと分かっているからだ。


 ……お互いに身を固めるのは何となく性に合わない気がするんだよなぁ。


 心の中で苦笑しつつ、マーレは手紙を封筒の中へと戻し、最近買い替えた手帳を懐から取り出した。

 手帳を開き、一枚だけ破ってから、手帳の表面を下敷き代わりにしつつ、万年筆でブレアからの手紙の返事を書き始める。


 少し、思案しながら言葉を選びつつ、ブレア宛に手紙を書いている時だった。

 突然、大きな魔力を感じたのだ。


「――っ!?」


「え、魔力?」


「どこからだ……」


 他の隊員達も眉を寄せながら、すぐに立ち上がる。どうやら、この森の中に魔力の強い魔物が現れたようだ。


 ……妙だな? 唐突に魔力が発現したような感覚だったぞ。


 あまりにも突然、魔力を感じたことにマーレは不審に思いつつも手紙を書いていた手を止めて、再び手帳の中へと一枚の紙を戻し、万年筆とともに懐へとしまいこんだ。


「よし、お前ら。休憩は終わりだ。準備次第、魔力の気配を感じた方向に確認しに行くぞ」


「見つけた瞬間に奇襲をかけても?」


「いや、待て。魔力の発現の仕方があまりにも唐突だったからな。まずは様子を見て、俺の合図次第で突撃だ。攻撃はいつもと同じで、俺とクラップ、ロビが前衛、リーシャとホサインは魔法で魔物を足止めしつつ、援護してくれ」


「はいっ!」


「了解です」


 隊員達ははっきりと返事をしつつ、それぞれの武器を構え直す。それまで和やかだった雰囲気を剥がすように、一気に緊迫した雰囲気が漂うが、任務をする際にはいつものことなので緊張することはなかった。


 ……手紙の内容を考えている間に、本部に辿り着きそうだな。


 だが、せっかく教団本部に戻るので手紙ではなく自分の口で、今度こそブレアに約束の話を告げようとマーレは静かに心に決めて、深く息を吐く。


「――行くぞ」


 隊員達の準備が済んだことを確認して、マーレは腰に下げた剣を引き抜きつつ、魔力の気配がした方向へと進行し始める。


「……」


 誰も息をしていないのではと思えるほどに、物音一つ立てることなく、皆が歩く。

 目標に近付く場合、音を立てないように近付くことは戦闘の基本中の基本だ。特にこの場にいる者達は自分に付いて来てくれた実力ある者達ばかりである。


 近付く度に、対象となっている魔力の気配が強まっていく。


 固まっていては相手から先制攻撃を受けた際に的になりやすいため、マーレが左手を軽く挙げて、指先で円を描くように合図を送る。

 その合図がそれぞれ離れて、位置に付けというものだと瞬時に理解した隊員達は並ぶように立っている木の陰にそれぞれ隠れつつ、マーレの次の合図を待った。


 ……さて、どんな魔物だ?


 木の陰からマーレは少しだけ顔を出し、対象となる魔物へと視線を向ける。少し木々がひらけた場所にその魔物はいた。


「っ!?」


 だが、そこで魔物の姿を確認したそれぞれの隊員達は絶句したように息を飲み込み、目を見開く。それはマーレとて、例外ではなかった。


 ……何だ、ありゃあ……。


 視線の先にいたのは、一度も見た事がない魔物の姿だった。

 頭に角が生え、鋭い爪が生えた手足と、長い尾を持っている。そして、白く細い痩躯には見た事ない程に大きな翼が付いていた。


 ……まるで、おとぎ話の中に出て来る竜みたいじゃねぇか。


 現存している竜は人が入れないような奥地で生きていると聞いている。そのため、竜を見かけることはほとんど無いに等しい生き物なのだ。


 ……いや、本当に竜か? 竜って魔力を持っているものだったか? もし、本物の竜ならば魔物ではないのは確かだろうが……。


 よく見ようと目を凝らすと、その白い竜らしきものが頭を前後に揺らしつつ、何か作業をしているようだ。何をしているのかと竜の口元と足元を見て、マーレは更に息を飲み込んだ。


 ……何て奴だ。他の魔物を食っていやがったのか。


 白い竜の口元は魔物の肉に噛み付いて付着したらしい真っ赤な血で覆われていた。

 それだけでなく、竜自身の前足と後ろ足を器用に使いながら、魔物を地面へと押さえ込み、噛み千切るようにしながら食事をしていたのである。


 白い鱗に赤い血が飛び跳ねては染めていく。魔物討伐を仕事としているこちらからしてみれば、慣れた光景だが、何となく竜のその姿が美し過ぎるせいで、奇妙に思えてしまった。


 視線を感じたマーレは副隊長であるクラップの方へと顔を向ける。彼の表情は突撃するかどうかの判断を待っているように見えた。


 ……こいつが本物の竜ならば、教団の規則上、狩ってはいけないと決まっている。だが、首都に近い場所に空を飛ぶ竜がいれば、誰かが目撃しているはずだ。


 もちろん、上空に竜が現れたなんて情報は伝わってきていない。もし、竜が空を飛んでいたならば大事であるはずなので、遠征部隊だけでなく、各地方に置かれている支部にも情報が伝っているはずだ。


 そして、首都という人が多く住んでいる場所に近いこの森に竜が最初から住んでいる可能性はかなり低い。ここは魔物討伐課が定期的に巡回する場所に入っているため、目撃情報がない方がおかしいのだ。


 ……となると、こいつはただの竜ではないということになる。もしくは竜の姿をした魔物か……?


 どちらにせよ、人に危害を加える前に対策を取らなければならないだろう。



  

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