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歓迎


 教団へと帰る途中も、ナシルはずっとそわそわとしており、心ここにあらずと言った様子だった。


「あ、俺が魔法課に魔具持って行くから、ナシルは先に魔具調査課に戻っておいてー。ついでに、二人も付いてきてくれる?」


 何かを思いついたのか、ミカが落ち着かない様子のナシルに声をかける。


「おぉっ! それは良い案だな!」


「だって、ナシルの様子、分かりやす過ぎ。心配なら先に戻れば?」


「そ……そんな事はない。私はいつも通り冷静だ」


「いやいや、明らかに挙動不審だし。……じゃあ、お二人さん、付いてきてくれる?」


「あ、はい」


「あと、報告書は俺が書くからー。じゃあ、ナシルは確認の方、宜しく~。って、もういないか」


 ミカの視線の先にいたはずのナシルの姿はどこにもなかった。余程、この後に控えている用事に急いでいたらしい。


「それじゃあ、行こうかー」


 ミカは手招きしながら、二人の前をのんびりと歩き始めた。




・・・・・・・・・・・



 魔具を魔法課に預けて、三人で魔具調査課にブレアに報告をしに帰っていると、前方から嬉しそうな顔をしたナシルが駆け足で歩いてきていた。


「いやぁ、おかえり!」


「……その様子だと、準備は出来ているみたいだね」


 わざとのようにミカが溜息を吐く。だが、何の話をしているのか分からないアイリスとクロイドは顔を見合わせて、首を傾げるしかない。


「ほら、二人とも。おいで、おいで!」


 ナシルは右手が見えない程の速さで自分達に手招きしてくる。


「さぁ、入って、入って!」


 そう言って、背中を押されたが、目の前に連れてこられたのは、いつもと同じ魔具調査課の部屋の扉である。


「え、っと……」


「まぁ、いいから、開けてごらん」


 ぐいっと背中を押されたアイリスは開け慣れている魔具調査課の扉に手をかけて、そっと開いていく。



 開け放した瞬間、視界を覆ったのは色鮮やかな花々だった。


「っ!?」


 驚いたアイリスとクロイドは目を丸くしつつ、花々の向こう側に見える景色を覗き込む。


「おかえりー、二人とも」


 ユアンが杖で空中に何かを描くように操っている。もしかすると、この宙に舞っている花々はユアンによって作られた魔法だろうか。


「やぁ、おかえり。さあ、二人ともこちらに座って」


 何故かエプロン姿のセルディがアイリス達にこっちにおいでと手招きしてきた。

 よく見ると、広いテーブルを囲むようにレイク、ブレア、ロサリアが座っている。


 そして、そのテーブルの上には、普段目にしないような様々な料理が並んでいた。この国の料理ではない、外国でよく食べられている料理も並んでいる。

 そして、ブレアの周りを囲むように酒瓶が置かれていた。


「おかえり! ほら、早く座るといい。料理が冷めるぞ」


 ブレアはグラスを片手に瓶を傾けているが、すでに酒を飲んでいるようだ。


「え……?」


「あの、これは……?」


 二人で戸惑っていると、肩をぽんっとナシルに軽く叩かれる。


「ふっふっふ。君達二人の歓迎会さ」


「え?」


「ナシル、もう少し説明を入れなよ。それじゃあ、突然過ぎるだろう? ……あのね、俺たちの課は人が少ないから新人が入ると、身内で歓迎会をするんだ。他の課はやっているか知らないけどね」


「でも、アイリス達が入って来た時は、俺達も先輩達も別の任務や長期出張で中々、顔合わせ出来なかったからな。今日、全員がやっと揃ったから、それなら今やろうってブレアさんが言ってくれたんだよ」


 ミカの言葉に付け足すようにレイクが、フォークが載せられた二枚の皿と、グラスをアイリス達に渡してくる。

 ちらりとブレアの方を見ると彼女はグラスを軽く持ち上げて、にやりと笑った。


「魔具調査課は所属している人数が少ないからな。それでも、任務は協力してこなしていくしかないだろう? それなのに、仲が悪いと上手くいかないからな。毎年、新人が入ってきたら、親睦を深めるために歓迎会をしているんだ」


「そうだったんですね……」


「ほら、座って、座って~。あ、ロサリア、私もブレア課長と同じお酒、頂戴」


 ナシルはブレアの隣にひょいっと座り、その隣にミカが座る。


「ちなみに、料理を作ったのはセルディさんで、飾り付けは私、材料調達はレイクで、ナシル先輩達には、準備が整うまで、二人を外へと連れ出してもらっていたの~」


 だから、突然アイリスとクロイドだけだった任務が、ナシル達との合同任務になったらしい。


「そして、私は催し物担当」


 ロサリアが袖の下からすっと3本の細いナイフを取り出す。


「あとで、セルディの頭の上に風船を置いて、ナイフで割るという催し物をします。その後はセルディの頭の上に林檎を乗せて……」


「どうして、僕の頭ばかりを使うんだ……」


「ねぇ、これ俺の分のグラスにお酒を注いだの、誰? 俺、お酒飲めないんだけど」


「はっはっは。誰だろうな~」


「あっ、ユアン! それ、俺の皿っ!」


「あら、ごめん~。あ、二人は未成年だから、お酒じゃなくって、ジュースね」


 ユアンからグラスにオレンジジュースを注がれたアイリスとクロイドは顔を見合わせて、小さく笑い合った。


「座ろうっか」


「ああ」


 ユアンの隣にアイリスは座り、その隣にクロイドも椅子に腰かける。


 自分は今まで、二つの課にいたことがあるが、歓迎会などされたことはもちろんなかった。なので、仕事以外で他の人と関わることは少なかったが、どうやらここは違うらしい。


 人が少ない分、「信頼」というものは目に見えるように分かる。この人数が少ない魔具調査課で仕事をしていくには、必要なものだと思う。


「えー……それじゃあ、私、ブレアが代表しまして、一つご挨拶を」


 すっかり良い感じに出来上がっているのか、ブレアはスプーンを縦にするように持ちながら、口元へ近づける。


「毎年、ぎりぎりの人数で魔具調査課がやっていけているのは、やはりここにいる皆のおかげです」


 酔っているはずだが、普段と同じような真面目な物言いに皆がブレアに注目する。


「魔具調査課は『奇跡狩り』という他の課とは違って、反強制的な特殊な任務があることから、白い目で見られがちです。それでも、日々、真剣に任務に取り組んでくれるこの課の皆を私は誇りに思う」


 ブレアが立ち上がり、グラスを上へと掲げた。


「これから先も、大変な任務があると思うが、お互いに怪我をしないように努めてくれ。以上! あとここへ来てくれたアイリスとクロイドの歓迎を祝って……乾杯っ!」


「かんぱーいっ!」


「乾杯~」


 ブレアの乾杯の合図に合わせて、その場にいる者はグラスを軽く当てて、音を出し合った。

 アイリスもグラスを片手にそれぞれの人に乾杯していく。そして、最後に隣に座っているクロイドに向き合い、お互いにグラスを軽く当てるように乾杯した。


「二人に、これ凄くおすすめ。絶対美味しい」


 すっとロサリアが目の前に差し出して来た皿には美味しそうな薄切りの肉に何かの野菜が巻かれている料理が盛られていた。


「ちょっと、ロサリア! 君、また唐辛子をこっそり仕込んだだろう?」 


 ロサリアが差し出してくれた皿をセルディが焦った様子で取り上げる。セルディはナイフを使って、薄切りの肉に切り込みを入れる。


「あぁ、やっぱり……。僕が見ていない間に、やると思ったよ。あと、いつも唐辛子を直接入れずにちゃんと調理して、と言っているだろう?」


 セルディの言葉にロサリアは知らん顔をしている。


「……ロサリアは相変わらず、辛い物が好きだねぇ」


 ナシルは苦笑しながら、自分のフォークを使って、セルディが取り上げた皿から、野菜の巻かれた薄切りの肉を一つ刺して、口の中へと運んだ。


「っ! 辛っ!!」


 ナシルは顔をこれでもかという程に歪ませて、味を忘れるためなのか、酒をあおる様に飲んだ。


「……と、まぁ、ロサリアは辛い物が好きでね。自分の好みを人に押し付けようとするから、君達も気をつけてね」


「押し付けていない。私は共有したいだけだ。この辛味という旨味を……」


「それが押し付けているんだって……。他の料理には入れていないだろうね?」


 セルディがロサリアを窘めるような口調で叱っているが、それでもロサリアは無表情のままで、自らが唐辛子を仕込んだ料理を頬いっぱいに詰め込むようにして食べる。


「おい、ユアン! だから、それ、俺の皿だって! 勝手に盛り付けるな!」


「たくさん食べないと大きくなれないと思って、気を利かせてあげているのよ~」


「あ、止めろ……それはロサリア先輩が作った激辛ソース……! あぁ! うあぁ……」


 レイクの皿には大量の料理が盛られた上に、手作りに見える真っ赤なソースがたっぷりとかけられている。目の前に置かれた皿にレイクは頭を抱え始める。


 アイリスは辛味の食べ物はそれほど得意な方ではないが、嫌いではない。ただし、料理が見えなくなるほど、辛味のソースをかけられたならば、食欲は引いてしまうかもしない。


 アイリスとクロイドの同情的な視線に気付いたレイクは少し涙目のまま、自身の皿をすっと差し出してきたが、二人で同時に首を横に振って断った。


「ブレア課長! 飲み比べしましょうよ!」


「よし、それなら何か賭けるか!」


 ブレアは傍にあった、一番大きな酒瓶を二本取り出す。


「ちょっと、ナシル、止めなよー。明日、絶対二日酔いになるって。俺、もう部屋まで連れて行くの、嫌だよ。ナシル重いもん。てか、すでに顔真っ赤だし、呂律回ってないよ。この短時間でどれだけ飲んだんだよー」


 顔を赤くしているナシルの隣でミカが引き気味の表情で水を差し出している。


「私はまだ酔ってないっ! ブレア課長っ! いきますよ!」


「はっはっは! かかってこい。返り討ちにしてやるさ!」


 そう言って二人は酒瓶を両手で持ちながら、水分補給をするように飲み始める。


「……うわ、始まったよ……。酒豪の一騎打ち……」


 レイクが辛くなってしまった料理を食べながら、げっそりとした表情でそう言った。


「こうなると、もう誰にも止められないからねぇ」


 やれやれと言わんばかりにセルディが追加で二人分の水を用意し始めた。


「……ちなみに、どっちがお酒に強いんですか?」


 アイリスの質問にミカは小さく唸る。


「どっちもどっちだよ。飲んだ後は大体、倒れるし。飲める容量も同じくらい。……ただ、凄く面倒なんだ。たまに吐いたりするし、歩けないから俺達が部屋まで運ぶしかないし」


 いかにも面倒だと言うようにミカは苦虫を噛み潰したような表情しつつ、ジュースを飲んだ。


「まぁ、魔具調査課で一番、お酒に強いのはロサリアかもね」


 セルディはアイリスとクロイドの皿に、唐辛子が仕込まれていない料理を次々に盛りつつそう言った。本当に、どれもお店で出されるような盛り付け方で、美味しそうだ。


「私の場合、お酒を飲んでも美味しいのは一口までで、後は水と一緒」


 余程、お酒に強いのか、さらりと言ってのけるロサリアにセルディは肩を小さく竦めていた。


「……俺達はまだ飲めないからなぁ」


「そうね。でも、飲めるようになっても、あんなになるまで飲もうとは思わないわ」


 自分達と同じで、未成年であるレイクとユアンは至極真面目な表情で頷き合っている。ある意味、ここにいる二人の酒豪は反面教師になっているのかもしれない。

 

 だが、お酒をいつか飲めるようになったら、嗜み程度にブレア達と一緒に飲んでみたいとは思っている。


「……何というか……凄い、混沌としているな」


 ぼそりとクロイドが他の人に聞かれないくらいの声量でそう呟いた。その言葉にアイリスは小さく笑った。


「でも、私はちょっと嬉しいかも」


 一年前の自分なら、きっと歓迎されるような人間ではなかったはずだ。復讐だけに囚われて、突き進んでばかりで、破壊行動という名の失敗を繰り返していた。


 もちろん、自分自身に一番問題があったと思うが、それでもやはり、人は自分がそこに居ると実感できる「居場所」というものが必要なのかもしれない。

 アイリスの笑みにクロイドも苦笑を返した。


「確かに、歓迎されるってことは思っていたよりも嬉しいものだな」


「そうね。……来年は私達が歓迎する番ね」


「来年、魔具調査課に人が入ってくれば、の話だけどな」


 クロイドの冗談のような物言いにアイリスは噴き出すように笑った。


「それは、私達の仕事ぶり次第かもね」


 アイリスは視線を周りの先輩達とブレアへと移す。この中の一員として自分とクロイドはいるのだ。そのことを今は、とても誇りに思う。


「うわっ、二人とも二本目に入ったよ……」


 ミカが恐れるように身体を縮めながら、そう言った視線の先にはブレアとナシルが二本目の酒瓶を片手に飲み続けている姿があった。


「あー……これ、明日は絶対二日酔いだな」


「あら、でも明日は全員がお休みでしょう? 多分、ブレアさんが二日酔いになることを前提として、明日が休みになるように全員分、動かしたらしいわよ」


 つまり、お酒を思いっ切り飲みたいがために、明日を休みにしたと言うことだ。


「ぬかりないなぁ、ブレアさん」


 少し呆れたようにセルディがそう言うと、周りにいた皆が一斉に噴き出すように笑った。




 結局、その日の歓迎会は夜になるまで続き、すっかり酔いつぶれたブレアとナシルは、明日は休みだし、運ぶのは面倒だとミカが言ったため、そのままそこで寝かされることになった。


 次の日には二日酔いを治すために医務室のクラリスのもとへと一緒に行ったらしく、聖女のように優しいと言われているクラリスに呆れ果てた表情をさせていたと、ナシルの付き添いで行っていたミカがその後、盛大に溜息を吐きながら語っていた。


 それを聞いたアイリス達は、酒を飲んでも飲まれるなという言葉を身に染みて実感したのであった。


  

飛鳥本編 完

     

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