国立図書館
イグノラント王国には国立図書館が町の中心に建っており、その歴史はかなり長い。
国内で出版された書籍を全て、この図書館で保管していかなければならないという義務を背負っているためか、図書館の広さと書籍の所蔵率は比べることなく国で一番である。
見渡す限り本棚ばかりで、しかもさらに地下2階まで所蔵庫があるらしい。
クロイドはぽかりと口を開けながら、あっちを見たり、こっちを見たりして、図書館の中を眺めている。
「あ、そういえば、クロイドはここの図書館に来るのは初めてよね」
「ああ。……王宮の図書館ならよく行っていたんだが、そこの10倍以上の本があるな……」
元々、本が好きなのだろう。クロイドは本棚に並べられている分厚い本を手に取りたそうにしている。
「――いやぁ、ごめん、ごめん」
ナシルがミカを引きずるように引っ張りながら、こちらへと歩いてきた。
「ここの館長さんと話をつけて来たよ。ブレアさんの知り合いは話が早くて、本当助かるわ~」
アイリスとクロイド、そしてナシルとミカの四人は任務のため、国立図書館へと来ていた。
何でも、この図書館に最近、寄贈された本が魔具だったことが判明し、それを引き取りに来たのだ。
その本は寄贈してきた人物の親が元々持ち主だったのだが、その持ち主は魔法使いの家系だったらしく、魔法書を書く仕事をしていたのだという。
しかし、その魔法使いが亡くなったことで家族が遺品整理をした際に、今回の魔具が見つかり、魔具と知らないまま図書館に寄贈された、というのが事の始まりらしい。
この図書館の館長から直接ブレアに連絡がきたので、それなら休館日の今日に任務を素早く遂行しようということになったのである。
そして、ブレアの命令のもと、アイリス達は人数が多い方が早く終わるからという理由でナシル達の任務に同行していた。
「ブレアさん、知り合い多いですね……」
確か、以前クロイドと任務で赴いたヴァイデ村の村長ともブレアは知り合いだった。
以前は、任務を遂行する立場だったブレアは、任地の先々で様々な交友関係を広げていたらしい。それが後々、こうして部下がその築いた繋がりを使えるのだから、ブレアには感謝しなければならないだろう。
「とりあえず、図書館のものを破損しないでほしいと言われたよ。ここには年代物の本がたくさんあるからねぇ。建物自体も歴史的価値があるし」
「うっ……」
アイリスの小さな呻きにナシルは声を立てて笑った。
「気負わなくてもいいよ。今日の任務内容は、この図書館のどこかにある魔具『飛鳥本』を回収するだけだから」
すると、ナシルの後ろにいたミカが眠たそうな表情で、ひょっこりと顔を見せる。
「付け加えるとこの魔具、自分の意志を持っているから、勝手にどこかへ飛んで行っちゃうんだよねぇ」
「え? 飛んで行く?」
アイリスとクロイドが同時に首を傾げるとミカはこくりと頷いた。
「この魔具は何というか……。自分の事を『鳥』だと思っているんだ。だから、好き勝手に飛んで行っては、羽を休め、そして飛ぶ……。だから、ぶっちゃけると魔具がこの広い図書館のどこにあるかも分かっていないんだよねぇ」
ミカのゆったりとした他人事のようなことを語る口調に耳を傾けつつ、アイリスは何となく、本が空を飛ぶ状況を想像してみる。
だが、やはり奇妙な状況だなと再確認して、頭を軽く横へと振った。
「それじゃあ、つまり……その本はただ飛ぶだけで、攻撃とかは一切しないってことでしょうか?」
何とも不思議な魔具だが、魔具には違いないため、回収はしなければならないだろう。一般人に空を飛ぶ本の姿を見られたら大変である。
「そういうことだね。もともと、観賞用に作られた魔具らしいから。だからまぁ……武器はあんまり使わないかも?」
クロイドの質問にミカは再び軽く頷く。
「まぁ、そういうことだから、少し気を付けていれば、図書館内のものを破損させることはないから」
「が……頑張り、ます」
アイリスが緊張気味に返事を返すと隣に居たクロイドが顔を背けつつ、小さく笑った気配がした。
「滞在時間は、夕方まで! 回収する本の数はシリーズものなので、全部で4冊! それぞれ尽力して探してくれ! 以上!」
それだけ言って、ナシルは颯爽と並べられた本棚の奥へと早足で向かっていく。
「……まぁ、時間はあるし、自分のペースで探すといいよー。魔具だから、気配を辿っていけば見つけられると思うし。あ、ここ飲食禁止だから、喉渇いたら、飲食が許された部屋でしておいで。それじゃあ、またあとでー」
ナシルとは違いミカはのんびりと背伸びしつつ、アイリス達に背を向けて、ナシルとは逆方向の方へと歩いて行った。
「……何というか……独特の雰囲気を持った、先輩達、だな」
「そうね……」
アイリスはクロイドの言葉に、同意するように頷いた。
「とにかく、探してみるしかないな。どこに隠れているか分からないし」
「魔力は感じる?」
「弱いが、四方から感じられるな。アイリスは魔力探知結晶、持ってきているか?」
「ええ、もちろん」
この魔力探知結晶があれば、魔力のない自分でも魔力の波動を感じ取って、探すことが出来る。
「俺は向こうの方を探してくるから、アイリスはあっちを頼む。……くれぐれも気を付けろよ」
「……それ、私に対して気を付けろと言っているのか、それとも図書館内のものを壊さないように、と言っているのかどちらなのかしら?」
「どっちもだ」
苦笑しながらクロイドが答えたため、アイリスは軽く唇を尖らせる。今日の任務に、剣は持ってきていないので、何かを破壊するなんてことはしないはずだ。……恐らくだが。
クロイドが背の高い本棚の向こう側へと軽く手を振りながら向かっていったのを見送って、アイリスは小さく溜息を吐きつつ、魔力探知結晶を取り出す。
「さて、やりますか」
アイリスは軽く目を閉じて、指先で魔力探知結晶が付いた紐を掴み、意識をすっと集中させた。




