集結
「――アイリス」
朝食を食べ終えて、魔具調査課に向かっている途中でアイリスは呼び止められたので、すぐに立ち止まった。
「おはよう、クロイド」
「おはよう」
クロイドが軽く手を挙げながら、こちらへと歩いてくる。
「今日の任務のこと、何かブレアさんから聞いたか?」
「何も。でも、昼間のうちに行うって言っていたから、そんなに難しいものではないと思うけど……」
二人で話しつつ、魔具調査課の扉をいつも通りに開けた時だった。
「おっ、来たな」
知らない声が、部屋の中から聞こえ、アイリスは思わずその声がした方へと視線を移した。
そこには白衣を着た、20代くらいの女性がいた。三つ編みをゆったりと二つに分けて結んでいる。女性は、カップを片手にお茶を飲んでいるようだ。
「えっ……」
「あ、ナシル先輩。おはようございます」
クロイドは彼女を知っているらしい。
だが、自分には見覚えも聞き覚えもない人だ。
「おはよう。クロイドは久しぶりだね。それで、そっちの子がアイリス・ローレンスかな?」
「あ、はい。……えっと、もしかして魔具調査課の先輩、ですか?」
「そうそう。私はナシル・アルドーラ。長期間、別の仕事をしていてさぁ。昨日やっと、終わったから、こっちに戻って来たんだ。よろしくね」
元々、気さくな性格なのか、ナシルはアイリスに手を差し出してくる。アイリスはそれを少し遠慮がちに手に取って、握手した。
「ほら、ミカ! 寝てないで、あんたも挨拶しなさい。可愛い後輩にやっと会えたんだから」
「んー……」
よく見ると、ソファの上に新聞を頭に被せて寝ている人影があった。
ミカと呼ばれたその人は、頭に被せていた新聞をはぎ取り、ひょいっと起き上る。眠そうな瞳を薄く開けながら、彼は大きな欠伸を一つしてから、こちらを見た。
「あー……。新人の? 俺、ミカ・テナクス。よろしくー」
背伸びしながら、立ち上がった彼はレイクよりも背が低く、見た目は自分達よりも年下じゃないかと思えるほど、童顔だった。
はきはきとした口調のナシルとは違って、どこか緩い雰囲気を持っているように見える。
「私達、二人で『種』というチーム名で組んでいるんだ。もう、5年くらい、ここに在籍していてね。あ、知っているかもしれないけど、水宮堂のヴィルと同期なんだ」
「あ、ヴィルさんと……」
そういえば以前、水宮堂のヴィルも魔具調査課に在籍していたことをふと思い出す。つまり、二人とも二十歳くらいなのだろう。
「んー……。眠い……」
起き上ったばかりのミカが再び、ソファの上へとうつ伏せで寝転がり始める。
「ちょっと、この後、任務が控えているだから、しっかりしなさいよ」
「昨日まで別仕事していたのにー。今日くらい、休みたいー。ナシル、時間になったら起こしてー」
それだけ言って、ミカはとうとう寝息を立て始める。ナシルはその姿を見て、深く溜息を吐いた。
「と、まぁ……緩い先輩だけど、これから宜しく頼むよ」
「よ、宜しくお願いします……」
すると、課長室の扉が開き、見知らぬ男女がこちらの部屋へと入って来た。
「はー……。報告、やっと終わった……。ん?」
背が高く、優男のような風情の男性がアイリス達を見て、小さく首を傾げた。
だが、アイリスはその男性の隣に立っている女性を見て、思わず呟いてしまう。
「あっ、さっきの……」
女性もアイリスの視線に気付いたのか、小さく頷いた。
「改めて、初めまして、だね」
すらりとした女性は無表情のままでアイリス達に近づいてくる。
「魔具調査課の先輩だったんですね……」
「……アイリス、知り合いだったのか?」
小声でクロイドが訊ねてくる。
「さっき、訓練場で剣の相手をしてもらったの。……初めまして。アイリス・ローレンスです。こっちは相棒のクロイド・ソルモンドです」
「宜しくお願いします」
アイリスの紹介にクロイドも息を合わせたように頭を下げる。
「あ、新人の子達か。そういえば、僕達が出発した後にここに来たって聞いていたから、顔合わせは初めてだったね」
背の高い男も納得したように何度も頷いている。
「僕は『影』のセルディ・バロン。こっちは相棒の……」
「ロサリア・ディアスト。宜しく」
元々、口数が多くはないのか、それともそういう性格なのか、ロサリアの挨拶はセルディよりも簡潔だった。
「宜しくお願いします」
「僕達は出張が多いチームだから、あまり魔具調査課にはいないかもしれないけど、何か分からないこととかあったら、遠慮なく聞いてくれて構わないから」
「ありがとうございます」
すると、自席でお茶を飲んでいたナシルが首を長くするようにこっちを見ながら、小さく笑った。
「二人は凄く、優秀でね。外国語も堪能で、働きも上々だから、色んな国に出張に行かされちゃうんだ」
思わず感嘆の声が出そうになったアイリスはそれを何とか押しとどめた。
「まあ、しばらくは短期の出張になるでしょうね。……長期だと、気を長く張っておかなくてはいけないので、大変でしたよ」
自分達もこなせる任務の幅が増えれば、この先輩達のように色んな任務を任されるようになるのだろうか。彼らの仕事ぶりを見ておいて、こっそりと勉強するのもいいかもしれない。
「まぁ、これでやっと魔具調査課所属の人間が全て揃ったわけだ」
感慨深いのかナシルが腕を組みながら何度も頷いている。アイリスは心の中で、魔具調査課の人数を数え始めた。自分達とブレアも入れて、人数は9人だ。
やはり、他の課よりも圧倒的に所属している人数は少ないだろう。多い部課で100人以上が所属している課もあるので、少人数の課の方が珍しいと思う。
だが、考えようによっては、少人数でも任務を上手くこなしているため、相当優秀な人材が揃っているとも言える。
……数か月前に、ここが教団のお払い箱だと思っていた自分を殴ってやりたいくらいだわ。
今にして思えば、かなり失礼なことを思っていたのだ。アイリスは心の中で、魔具調査課の人達にこっそりと謝ることにした。
「それで早速だけれど、『暁』の君達にやってもらいたい任務があるんだ」
人差し指をぴんっと立てて、ナシルが面白いことを考えているような顔をしていた。
「今日、私達はとある任務を任されているんだが、その任務に君達も付いてきてもらいたいんだ」
「えっ……?」
「もちろん、ブレアさんに今日の昼間に任務があると聞かされていることは知っている。まぁ、要するに私達と合同任務ってわけだね」
ナシルの言葉にアイリスとクロイドは思わず顔を見合わせた。
「ふっふっふ。宜しく頼むよ、期待の新人達っ!」
どこか、ブレアを彷彿させる笑顔でナシルはにやりと笑っていた。




