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真紅の破壊者と黒の咎人  作者: 伊月ともや
偽りの婚約編
196/782

大人


 ブルゴレッド家から救出されて、一夜が明けた。アイリスは昨日、そのまま医務室へと念のために連れていかれたが、特に異常な部分はなかったのでそのまま自室で休むように言われた。


 昨日のうちに、自分を救出しようと手伝ってくれたエリオス達や、帰りを待ってくれていたブレア達に顔を出そうと思ったが、夜ももう深いので明日にした方がいい、今はそれよりもゆっくり休んで欲しいというクロイドの願いを聞き入れて、アイリスは自分の部屋で休ませてもらうことにしたのだ。


「……」


 従順魔法をかけられたが、クロイドが解いてくれたおかげで、あれからは特に何か異常に感じることはない。ただ、丸一日動けないようにベッドに縛り付けられていたせいで、筋肉が落ちているように感じた。


 アイリスは深呼吸して、いつものように魔具調査課の扉を開ける。


「――おはようござ……」


 扉を開けた瞬間に、自分に飛び込むように抱きついて来たのは、ミレットだった。


「わっ……。ちょ、ミレット……」


「従順魔法をかけられたって聞いたけど、大丈夫なの!?」


 顔を上げて、ミレットはアイリスの身体全身をくまなく見渡しながら、触って来る。


「大丈夫よ。クロイドが解いてくれたから」


「アイリスちゃん、おはよ~」


 ユアンののんびりとした声にアイリスはミレットから視線を外した。


「あ、ユアン先輩、レイク先輩。おはようございます。あの……昨夜はありがとうございました。無事に魔具調査課に戻って来ることが出来ました」


「おはよう、アイリス。いやぁ、大変だったなー。でも、何ともなさそうで何よりだ」


「何ともないわけないでしょう! 年頃の女の子を誘拐して、無理矢理結婚させようだなんて、本当に最低な奴らだわ!」


 ユアンはブルゴレッド家に対して怒っているのか、頬を膨らませながら足で床を強く蹴っている。


「でも、それも昨日までよねぇ、ミレットちゃん」


 ふっとユアンがミレットの方へと振り返る。抱きついてきていたミレットはアイリスから離れて、にやりと黒い笑顔を見せた。


「ええ。アイリスに酷い目を合わせたんですからね。少しくらい罰が下ってもいいでしょう」


「……何かしたの、ミレット」


 あまり聞かない方がいいかもしれないが、やはり気になる。


「昨日のうちにちょっと情報をね、世間に流しておいただけよ」


「……はぁ?」


「まぁ、詳しくはエリオスさん達に聞くといいわ。課長室にいるから」


 ミレットに背中をぐいぐいと押され、アイリスは課長室の扉の前へと連れていかれる。


「それじゃあ、また学校でね、アイリス。あ、登校する時は絶対にクロイドと一緒に来るのよ? いいわね?」


「え? あ、ミレット……」


 呼び止める前にミレットは颯爽とその場からいなくなってしまう。


 アイリスは首を傾げながら、課長室の扉を叩き、そして中へと入った。課長室の中にはブレアと、そして正面に座り合っているクロイドとエリオスの姿があった。


「お、元気そうで良かったよ、アイリス」


 ブレアが身を乗り出して、ほっとしたような表情で小さく笑った。


「ブレアさん……」


「まぁ、そこに座ってくれ。エリオスから話があるんだ」


「はい」


 アイリスはクロイドの隣へと腰を下ろす。一瞬、彼を目が合ったアイリスは昨日のことを思い出し、何だか照れくさい気分になってしまい、目をすぐにそらした。


「アイリス、身体に異常とか、本当にないんだな?」


 確認するようなエリオスの問いかけにアイリスは軽く頷く。


「ないわ。動いていないせいで、ちょっと疲れた感じはしたけど、もう大丈夫よ」


「そうか……」


「あの、兄さん……。昨日はありがとう」


 エリオスはふっと笑って首を振った。


「お前は大事な妹だからな。……本当なら、こうなる前にあの家に落とし前を付けさせるべきだったんだが、情報を集めている間に、向こうの方が早く動いてしまった。嫌な思いをさせてすまなかった」


「ううん。そんなことないわ」


 エリオスが仕事の合間に、あの家についてのことを探っているのは知っていた。弱みを握って、自分とジーニスの婚約を破棄させようとしてくれていたのだ。


「あの……。シザールはどうなったの?」


 ブルゴレッド家に雇われていた違法魔法使いのシザール・ハインズ。自分は彼に従順魔法をかけられた。


「シザールは今、地下の牢屋に入れられている。使用禁止されている魔法を使っていたからな」


「そう……」


「だが、シザールの前にブルゴレッド家が何を企てていたのかを話しておいた方がいいだろう」


「そういえば……。昨日、リベスブルク家が一緒にいたけど、それと関係があることなの?」


 アイリスの問いにエリオスは静かに頷く。


「実は、アイリスに遺された遺産を使って、議会の連中に金をばら撒こうとしていたらしい。……そして、議会を動かして、現国王を退位させる計画をしていたようなんだ」


「……」


 アイリスは思わずクロイドの方へと振り返ってしまう。彼は無表情のままで、首を縦に動かした。


「このリベスブルク家は現国王の義弟と仲が良くてな。それで現国王を退位させて、義弟の方を即位させるという計画を立てていたんじゃないかと思っている」


「そんな無茶な……」


 ありえないと言わんばかりにアイリスは首を横に何度も振る。


「俺も無理だと思っている。だが、無理なことでもかけ金を大きく賭けるのがあの男の悪い癖だからな」


 苦いものを食べたようにエリオスが顔を顰めた。


「えっと、そのつまり……。その計画のために、大きなお金が必要になったから、私との婚約を無理に進めようとしたってこと?」


「そういうことだ。まぁ、今後はそんなこと、出来ないかもしれないけどな」


「……それってミレットが何かしたってことと関係しているの?」


「彼女に今回の情報を世間に流してもらったんだ。ブルゴレッド家とリベスブルク家が現国王の義弟と協力して、現国王を廃そうとしている動きがあるって、内容を新聞社や王宮内に流したんだ。ああ、アイリスの事は伏せられているから安心してくれ。もしかすると、朝一の新聞に載るかもしれないぞ」


「うわ……」


 世間にそのような話が公表されてしまったら、結婚どころではなくなるだろう。身分が高くても社会的地位が危うくなるようなものだ。


「それにアイリスの方にもしっかりした婚約者がいるようだし、そっちも公表しておけば、手は出しにくくなるだろう」


 そう言って、ちらりとエリオスはクロイドの方に視線を向ける。つまり、昨日の「求婚」をクロイドはすでにエリオスに報告済みということだろうか。


 それはそれで何だか落ち着かない気もするが、嬉しくないわけではない。好きだと思っている相手の本当の婚約者になれるなら、恐らくそれはきっと幸せなことなのだ。

 ただ、まだ現実味が持てないだけであって。


「あと、シザールの事だが……。俺も昨日のうちに、シザールに何故ブルゴレッド家に加担したのか聞いてみたんだ」


「……」


「彼はとある王宮魔法使いの妾の子でな。あのまま、ブルゴレッド達の計画が上手くいって、あいつの娘のレミシアを現国王の義弟の息子に嫁がせれば、それは未来の王子妃と同じだ。シザールはブルゴレッド家専属の魔法使いとして、王宮に入り、そして――」


 そこでエリオスが一度言葉を閉じる。何となく、シザールの悲しそうな表情が脳裏に浮かんだのは気のせいではない。


「そして、シザールの実父に会って、息子なのだと認められたかったらしい」


「……」


 思わず、息をのみ込んでしまった。


「彼は王宮魔法使いになりたかったんだ。力だけではなく、王宮魔法使いの子どもとして認められたかったから、そのために王宮に繋がりがあるこの計画が自分のもとへと舞い込んだ時に、迷わずに決めたと言っていた」


 アイリスは小さく俯いた。

 自分は彼に、誇りはないのかと言ってしまった。魔法使いとしての誇りは、ないのかと。思えば、何と酷いことを言ってしまったのだろう。息子なのだと認められたくても認めてもらえない。


 だから、もがいていた彼に自分は言ってはいけないことを言ってしまったのだ。どんなものでも犠牲にするとシザールは言っていた。それはたった一つの望みを叶えるためのものだったのだ。


「……気に病まなくてもいい。シザールはアイリスに従順魔法をかけたことを謝っていたぞ」


「え?」


「踏み台にしてすまない、と」


「……シザールは、この後どうなるの?」


「彼の処遇を決めるのは上だが……。暫くは牢の中で判決待ちだな。その後は……彼が決めていくしかないだろう」


 確かにエリオスの言う通りだ。自分の行く道は自分で決めていくものだからだ。誰かに強制されるべきものではない。


「とりあえず、今回の件はこれで終わりのはずだ。ブルゴレッド家もアイリスに手出しする暇がなくなるだろうし、これで縁が完全に切れたと言ってもいいだろう」


「兄さん……」


「俺もやっとお役御免だ」


 吹っ切れたような表情で、エリオスは久しぶりに笑顔を見せた。


「アイリスの隣には頼り甲斐のある騎士がいるようだからな。これから何かあれば彼に守ってもらうといい」


「なっ……」


 思わず絶句するとエリオスはアイリスを見ながら真顔に戻った表情で頷く。


「それとローラに式魔を飛ばして、アイリスは無事だと伝えてある。あとで顔を見せてやると喜ぶだろう」


「あ……。うん、そうね。そうするわ」

 

 そういえば、ローラは無事だと聞いているが、自分のせいだと思って、心配しているかもしれない。今日は早めに登校して、ローラに無事を伝えに行った方がいいだろう。


「……それと彼女に一週間に一度くらいの頻度で魔法の使い方についての指導をしたいんだが」


「え? どういうこと?」


「簡単に言うと、彼女を俺の弟子にとりたい。魔法の質が似ているからな。本格的に魔法使いを目指すなら、早い方から修行しておいたほうがいいだろう」


「っ……!」


 アイリスは時間がある時にはローラに魔法について教えていたが、それでもやはり魔力がない自分には実技を教えることは出来ないため、いつか限界が来るだろうと思っていた。


 だが、エリオスがローラに師事してくれるなら、魔力の使い方だってもっと上手くなるし、どんどん上達できるだろう。


「ありがとう、兄さん……!」


 エリオスは軽く頷いて、立ち上がる。


「それじゃあ、俺はまだ少しやることがあるから。まだブルゴレッド家のことで、世間が騒いでいる間は見張っておかないといけないからな。それと暫くは内勤だから、何かあれば言うといい。……ブレアさん、アイリスのこと、頼みます」


「ああ。今回の件、本当にご苦労だったな」


 ブレアの方に頭を下げて、今度はクロイドの方へと身体を向ける。


「クロイド、アイリスのこと、頼んだぞ」


「はい」


 クロイドも大きく頷き返した。やはり、自分がいない間に何か話していたのだろう。

 エリオスが小さく手を振って、課長室から出て行った。


「――アイリス」


 ブレアに呼ばれ、アイリスは振り返る。


「恐らく、これでブルゴレッド家のことは片付いたと思っていていい」


「……もう、私に関わって来ることはないということですか?」


「ああ。……やっと、終わったんだ」


 ブレアがすっと目を閉じた。

 思えば長い間、ブレアによって、ブルゴレッド家から守られていた。アイリスは立ち上がり、ブレアの目の前へと向かう。


「ブレアさん。……いつも守って下さってありがとうございました」


 深く、頭を下げた。まだ、自分がブレアに出会った頃は彼女もエリオスくらいの歳だった。それなのに、自分が保護したから責任があると言って、ずっと面倒を見てくれていた。


 子ども一人の面倒を見るだけでも十分大変だったはずなのに、それでも彼女は優しく、時には厳しく自分を育ててくれた。自分のもう一人の母親でもある彼女には感謝してもしきれない。


「……私はね、アイリス。お前が大人になることが嫌だったんだ」


 眼鏡の下の瞳は閉じられたまま、彼女は静かに語る。


「子どもならば、いつまでも守っていられる。大人になれば……そこにブルゴレッド家が関わってきて、いつか自分で何かの決断をしなければならない時が来てしまう。どんな選択肢を選ぼうとも、それを尊重するべきだと分かっているのに、やはり私はお前もいつまでも子ども扱いしていたいと思ってしまうんだ」


「それは……ブレアさんの、心遣いなのでしょう?」


「言い方を変えればそうかもしれない。だが、私は……大人になって、私のもとから離れてしまうお前を見たくなかっただけなんだ」


 瞳は開けられ、ブレアは自嘲するような笑みを浮かべていた。


「最初は保護するつもりでお前の面倒を見ていたのに、いつの間にか、情が移ってしまった。お前がいなくなってしまったら、寂しくなると思えるようになってしまった。……保護者だったはずなのに、親の気持ちになっていたんだ」


「ブレアさん……」


「でも、今はむしろ、離れて見守るべきだと思えるんだ。自分の知らない所で、お前が何かの決断をして、進んでいく。その姿を見るのが、何だか面白くなってしまった」


 ちらりと、ブレアはクロイドの方を見た。


「そこにクロイドも加わって、お互いがお互いで補って……知らない間にどんどん成長していった。……やはり、大人というものは、子どもの成長を見るのが好きだったらしい」


 アイリスはクロイドと顔を見合わせる。クロイドは意外だと思うような表情をしていた。


「それに早く成人してくれないと、一緒に酒飲みにもいけないからな。今はむしろ、お前達が大人になるのが待ち遠しいよ」


 そう言ったブレアの表情はいつもと同じ明るいものだった。


「さて、そろそろ時間だ。お前達も朝食を摂って、学校に行ってこい。私も、昨夜のことで色々処理があるからな。そっちをやらないと」


「……はい。あの、ブレアさん」


 アイリスは姿勢を正す。


「ありがとうございました」


 もう一度、頭を下げた。そこにどれほどの気持ちを込めればいいのか、分からない。それでも、きっと彼女なら感じてくれるだろう。長年、自分の親代わりをしてくれた、ブレアなら。


「……気を付けて、登校してこい。また、今日の夕方には仕事があるからな」


「はい」


 クロイドも立ち上がり、ブレアに頭を下げてから、二人で課長室から出る。

 そこには朝食を摂りに行ったのか、もうユアン達の姿はなかった。


「……クロイド」


「何だ」


 昨夜の事が思い出されて、上手く顔を見ることが出来ないが、それでもちゃんと伝えようとアイリスは彼の手をそっと握った。


「昨日は、助けてくれてありがとう。……これからも、宜しくね」


 手はぎゅっと握り返される。


「それはこっちの台詞だ」


 思わず顔を上げるとクロイドははにかむように笑っていた。だから、つられてアイリスも笑みを浮かべる。


 本当は自分も大人になることは怖かった。子どもだったなら、守られているだけの存在でいい。だが、それでも選択肢は時折、迫って来る。どんな選択を選ぶか、それは自分次第だ。


 そして、自分は選んだ。自分の意志に従って、その選択肢を選んだ。

 逃げずに、生きるということを選んだのだ。捨て身になって、生きていくのではない。自分のためだけではなく、この生は自分の大事な人のものでもあると学んだからだ。


「さ、朝食を食べに行きましょうか」


「食べる元気があるのはいいが、食べ過ぎるなよ?」


 苦笑するクロイドにアイリスは頬を膨らませて、そして噴き出すように笑った。久しぶりにクロイドと食べる朝食だ。きっと美味しいに違いないと思ったが、それは口にはしなかった。


   

     

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