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真紅の破壊者と黒の咎人  作者: 伊月ともや
偽りの婚約編
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絶縁


 ――エリオス・ヴィオストル。

 ブルゴレッド家の長男として生まれた自分が、自ら違う名前を名乗っているのには、たった一つの明確な理由があった。


 自分は気が付いた頃から、このジョゼフ・ブルゴレッドという男が嫌いだった。嫌いだと意識したのはいつだったか、それすらも思い出せないくらいに昔から、彼に対しては良い印象は持って居なかった。


 まだ母が生きている頃に、自分にとある金持ちの実業家の娘との結婚話を持ってきたことがあった。

 7歳くらいの自分はブルゴレッドが話すことがあまりよく理解出来ていなかったが、母がその結婚話を強く反対していたことは覚えている。


 その時、母はこう言ったのだ。


 ――自分の息子さえ、金で売る気なのか。


 あとから知った話だが、その実業家は政界に繋がりを持ちたいがために、ブルゴレッドに多額の金を渡す代わりに、子ども同士の結婚を持ちかけてきたらしい。

 彼は喜々として、その話を受け入れようとしたが、怒った母によって無事に食い止められたという。


 こつこつと倹約しながら生活すればいいのに、この男はそうしない。いつも見栄を張ろうと高値のものを身に着け、流行しているものにすぐ手を出す。

 そして浪費癖ははこの男だけでなく、彼の家族も同様だった。


 だが、消費していけば、もちろん金だって底は見えてくる。それなのに、ブルゴレッド家は贅沢をやめることなく、つねに虚偽の繁栄を見せようとしていた。



 自分は早いうちから、この家とは縁を切るために除籍したが、それでも動向はずっと探っていた。

 だが、まさか従兄妹のローレンス家の娘であるアイリスに遺された遺産に目をつけるとは思っていなかった。


 アイリスとブルゴレッドの関係は、自分の母とアイリスの父が兄妹であるため、叔父と姪といった関係だった。だが、それも自分の母が死んだことで、崩れたと思っていたのだ。


 ブルゴレッドは元々、囲っていたジーニスの母とジーニスを自分の家へと招き入れたため、叔父と姪の関係はもうそこにはないはずなのに、彼は出しゃばって、アイリスに自分の養子になれと言い寄ったのだ。


 それまでは数年に一度、会うかどうかくらいで、しかも挨拶くらいしかしたことがないであろう、良く知らない「叔父」に突然金の話をされたのだから、アイリスも相当な衝撃を受けたに違いない。


 アイリスはそれでも養子の話を断り続けた。そして、いつの日だったか、今度はブルゴレッドの息子であるジーニスとの婚約を結ばせようとしてきたのだ。


 金にがめついあの男のことだから、断られてもそう簡単には諦めないだろうと思っていたが、まさかこれほど強行してくる時期が早まるとは思っていなかった。





 煙幕を張った白い煙の中、エリオスはすっと目を細めていると、アイリスを抱えたクロイドが小さく声をかけてくる。


「――先に行きます。後は頼みました」


 クロイドに対人魔法を解く、魔法をいくつか教えておいたのだが、それが効いたのだろうか。アイリスの表情は先日、見た際よりも少しぐったりとしているが、意識ははっきりとしているようだ。


「分かった。気をつけろよ」


 アイリスが無事で本当に良かったと、密かに胸を撫でおろす。


 あの子には幸せになって欲しい。

 辛い思いも、悲しいことも、全部捨てないまま、背負って生きて来たアイリスには、これ以上の負担とそして地獄を味わわせたくはない。


 ……でも、それもきっと大丈夫だ。


 今、彼女の隣にはあのクロイドという少年がいる。アイリスに恋人が出来たと聞いた時は本当に驚いたが、それでもやはり嬉しかった。


 無自覚にだが、アイリスは親しい人にも壁を作ってしまう時がある。だから、壁が必要ない、アイリスの気持ちを心から理解してくれる誰かが必要だと思っていた。


 クロイドを見た時、これでアイリスは大丈夫だとすぐに確信が持てた。彼ならアイリスをちゃんと幸せにしてくれると自分の勘がそう告げていたからだ。

 それでも、アイリス達の意志に関係なくブルゴレッド家は不幸を押し付けようとしてきた。もう、自分は力がなかったあの頃の自分ではない。



 エリオスはすぐに、廊下側で雇われ者達の足止めをしているユアンとレイク達に無事にアイリスを救出したという旨を伝えるために、袖の中から式魔を飛ばした。


「……眠れ」


 ふっと、息を吐くように呪文を唱えつつ、エリオスは右足の踵を思いっ切り、床を叩くように鳴らす。

 鈍い音がその場に響き渡り、次々と重たいものが床に倒れる音が響いた。


「な……何だ、何が……」


 震える声でブルゴレッドが呟く。彼以外に対して眠りの魔法をかけたので、この状況を上手く判断出来ないでいるのだろう。


 エリオスは右手で一直線に横に薙いだ。瞬間、白い煙は突風に吹かれたかのように吹き晴れて、隠していた自分の姿をそこに晒した。


「――久しぶりだな、ブルゴレッド」


 エリオスはテーブルの上へとひょいっと上り、床に座り込んでいるブルゴレッドを見下ろす。彼は先程、自分がかけた束縛の魔法によって動けないでいた。


「なっ……。その声……。お前、まさかエリオスか!?」


「そうだ。お前の方は相変わらずのようだな」


 ちらりとブルゴレッドの後ろを見ると、何とか意識を保ちながら立っているシザールがいた。それでも束縛の魔法が少しは効いているのか、表情が歪んでいるように見える。


「……シザール。お前は対人魔法が得意だそうだが、それでも特別魔法監察官ほどまでじゃない」


 エリオスが吐き捨てるように言うとシザールの目はかっと開いた。


「……何で、特別魔法監察官がここにいるんだ」


「もちろん、任務だ。お前一人くらいなら、普通の監察官でも事足りるだろうが、良からぬ陰謀がこの婚約には潜んでいると睨んでいたからな」


 魔法監察官とは違い、特別魔法監察官は強めの対人魔法を相手にかけることが許されている。

 通常は禁止されている、忘却魔法などを用途によって、使用可能な権限を持っているのだ。もちろん、使用する際には上に申請や報告をしなければならないので、少々面倒ではあるが。


「お前からはあとで詳しく、教団の方で取り調べさせてもらう。――ブルゴレッド、お前に聞きたいことがある」


「この愚息が……。自分の父親のことも上手く呼べぬのか!? それにこの状況は何だ!? アイリスは……あの娘を一体どこへやった!?」


 力を振り絞るようにブルゴレッドが吠えた。


「もちろん、返してもらった。アイリスはこの結婚に賛成していないからな。強引な手段をとったのはそっちが先だ。こちらもそれなりの方法で対処させてもらう。……あと、言っておくが、俺はお前の事を父親だと思ったことはない。正直に言えば、お前の血がこの身体に一滴でも流れていることに嫌悪感を抱くほど、お前のことは嫌いだ」


 夜目が利くため、ブルゴレッドがどんな表情をしているのかよく見えた。

 彼がこういう表情をしている時、それは大体が自分の母に叱られるか、詰め寄られている時にこんな顔をしていたのをよく覚えている。


「お前がアイリスとジーニスの婚約を早急に進め始めたのは、現国王の退位を求めるために、議会にいる連中に金をばら撒くためか?」


「なっ……!」


 目を大きく開き、唇を震わせている。これは図星の時の表情だ。母に勝手に使い込んだ金の用途をぴたり、と当てられた時によくこんな顔をしていた。


「なるほど。それならやはり、こちらではなく、司法によって裁かれた方がいいだろう」


「……お前の言っている意味が分からぬな。そのような出まかせ、誰が信じると思うか」


 ブルゴレッドは馬鹿なものを見るような瞳でエリオスを見ながら鼻を鳴らす。


「よく、そんな事が言えるな。……今までお前が違法してきたこと、忘れたとは言わせない。状況証拠は全てこちらで揃えてある。あとは、世間に公表するだけだが?」


「ふん……。やってみろ。そんなもの、すぐに揉み消して……」


 エリオスは右足をテーブルに叩きつけるように、地響きさせる。


「……これは脅しなどではない。いいか、よく聞け。お前は……お前達は今から、地獄に落ちる」


 目を細めて、鋭い牙を喉元に立てるような瞳でブルゴレッドを真っすぐ見る。


「今夜のことはアイリスをこちらが奪取したこと、そして俺達が関与したことだけ部分的に忘れてもらう」


「何だと……?」


 エリオスの言った言葉が忘却魔法を使うのだとすぐに気付いたシザールが眉に深く皺を寄せた。


「そして、世間にはお前達、ブルゴレッド家とリベスブルク家が深く関与して、現国王を廃する動きをしていると広まるだろう」


「そんなもの、信じる奴などいるものか」


 どこにそんな自信があるのか、ブルゴレッドはにやりと笑う。


「口約束だけのただの話ではないか。たとえ、国王の耳に届いたとしても、気に障るくらいで……」


「何なら、オルティス公爵の話を出してもいい」


 そう言うとブルゴレッドは口を開けたまま、呆けた表情をした。


「確か、オルティス公爵は現国王のことをよく思っていないんだったな。そんな時に、オルティス公爵を担いで、国王の座に就かせようとしている動きの連中がいる。俺が国王の立場なら、そんな奴らの言葉を聞けば気に障るだけでは済まない。事実関係を確認して、処罰するかもしくは――流罪だな」


「お前っ……! なぜ、オルティス公爵の話を……!」


「情報が見られないように魔法で結界を張っていたみたいだが、爪が甘かったな。こっちには、情報収集に関する専門家がいるんだ。――自分の力を過信しすぎて、抜け道があるのを忘れていたようだな、シザール」 


 憎いものを見るような瞳でシザールがエリオスを睨んだ。だが、それさえを軽く流して、エリオスは再びブルゴレッドに顔を向ける。

 


 ブルゴレッドのさらに後ろにあった扉が開き、廊下からユアンとレイクが入って来た。


「屋敷内は全部、片付きましたよ、エリオスさん」


「いやぁ、思ったより人数多かったな。使用人の人達には悪いけど、煙幕で軽く眠ってもらいました」


 二人も夜目が利いているらしく床に転がっている、深い眠りに入っていたブルゴレッド家の面々の身体を踏まないように気をつけながら部屋の中へと入って来る。


「なっ……。誰だ、貴様らは……!?」


「あ、こいつがブルゴレッド男爵か?」


「うーん。あまり、エリオスさんには似てないわね。あら、こっちがジーニスね。これがアイリスちゃんの自称婚約者? 笑えちゃうわ~」


 アイリスと無理矢理に結婚しようとしているジーニスに対して良い印象がないのか、ユアンは見下すような瞳で気絶しているジーニスを見ている。


「二人とも、手伝ってくれてありがとう。助かった」


「いえ。……あの二人は?」


 レイクはあえて名前を出さず、アイリス達の安否を訊ねて来る。


「無事だ。あとは俺に任せて二人は戻るといい」


「いいんですか? 他に手伝うことは……」


「あとはこの屋敷にいる人間、全員に忘却魔法をかけて、シザールを教団まで移送するだけだ」


「それなら、楽になるように見張りだけでも寝かせておきますねー」


 ユアンは窓のふちに足をかけて、そこからひょいっと外へと身を投げるように飛び降りた。


「それじゃあ、屋敷の外の奴らを片付けてくるので、後はお願いします」


「あぁ、気をつけろよ」


 レイクはエリオスの言葉に頷き、ユアン同様に窓から飛び降りた。どうやら、魔具調査課の人間は窓から飛び降りるのが得意なようだ。



 ブルゴレッドの方を振り返ると彼は何も理解出来ていないという表情で窓と、エリオスの方を交互に見ていた。


「……今後、アイリスに近づくな」


 地を這うような声でエリオスはきっぱりと告げる。


「アイリスに近づいたら、不幸になるよう呪いをかける。……いいな?」


 本当なら、今すぐにでも呪いをかけてやりたいくらいだ。それを司法の裁きに任せるのだから、昔の自分と比べて少しは寛容になった方だと思う。


「随分と大きな口を叩くなぁ? それで、お前は勝ったつもりか?」


「勝負などしていない。俺は仕事をしているだけだ。そして――」


 エリオスはテーブルの上からひょいっとブルゴレッドの前へと降り立つ。


「これは、私的な用事だ」


 ブルゴレッドの両肩を掴んだエリオスはそのまま、勢いをつけてブルゴレッドの額に向かって頭突きした。


「っ――!」


 鈍い音がその場に響き、ブルゴレッドは白目を向けながら真っすぐと後ろに倒れる。



「積年の恨み、一発分にしただけでもありがたいと思え、このくそ親父が」



 手出しできないものをいたぶるのは好きではないので、一発に全ての思いを込めたがやはり、これは頭突きする方も中々痛いものだ。

 シザールの方を振り返ると意外だったのか、彼は目を丸くしていた。


「あとは、お前だけだ。シザール」


「……教団に連れて行って、またあの狭い牢に入れるのか?」


 自嘲気味に笑うシザールにエリオスは溜息を吐きながら答えた。


「そうだ。それにお前には聞かなければならないことがたくさんある。……例えば、何故こんな男と手を組んだのか、とかな」


「……お前に、いや……お前達には分かるものか」


 そこで初めてシザールの表情が大きく崩れた。


「これは俺の問題だ。誰にも分からない……。分かってたまるか」


 吐き捨てた言葉と表情は反比例しているようにも思えた。


「その話も、教団で詳しく聞かせてもらう。――眠れ」


 先程よりも強めに、眠りの魔法をかけるとシザールは片膝を立てながら、その場に倒れ込む。対人魔法に特化しているだけあって、中々効きにくかったようだ。


「……あとは忘却魔法だけだな」


 繊細な魔法なのでそれなりに時間がかかるが、この場合は仕方がない。エリオスは深い溜息を吐きつつ、手袋をはめ直した。

 そして、もう二度と見る事はないであろう親の顔を睨みつつ、ブルゴレッドに対してすっと手をかざした。


      

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