映写
自分の思い通りにいかない王子よりも、密接な関係を持っているオルティス公爵の息子との婚約を結ぼうとしているということは、その後がどうなるのかは簡単に想像出来た。
「上手くいけば、自分達の思い通りに動く王様の出来上がりということか」
ブレアが嫌いなものを食べたように顔を顰める。簡単に言えば、摂政となって政治を動かすことが出来るということだ。それはこの国を動かすことを意味している。
昔はよく、幼い王が即位した際には議会で選ばれた者や身内などが摂政となって政治を動かす手助けをしていたが、現代へと移行するにつれて、そのような政治はなくなったはずだ。
「そもそも、そんなことすれば他の貴族達が黙っていないはずだ。下院の者だってそうだろう」
「上手くいかないと分かっていても、大きく賭けるのがブルゴレッドですから。……ただ、そこに違法魔法使いが関与しているならば、こっちだって手は打てる」
「この仮定が事実なら、世間どころか国を揺るがす話だ。この件が表沙汰になって、警察による捜査の手が伸びてくると、こちらとしても手が出しにくいからな」
エリオスの言葉にブレアは苦い表情をする。
「あの……」
そこで、ミレットがすっと手をあげた。
「アイリスを無事に救出することが出来たら、その後にこの仮定の話を国王様の耳に入れるのはどうでしょうか」
「何?」
皆が一斉にミレットの方へと視線を集中させた。
「この話を世間にわざと流すんです。そうすれば国王様の耳にも入るし、さらにブルゴレッド家やこの件を企てようとしている家々にも打撃を与えることが出来ると思うんです。……政治の世界っていうのは信頼が必要ですからね。上手くいけばこの先、ブルゴレッド家がアイリスに手を出し辛い状況に陥れることも出来ると思います」
そこには無に近い表情があった。ミレットにしては珍しく、何の色も出していない表情だ。
「……だが、それだと失脚する可能性もないか?」
レイクが唸るように言った。
「……大事を企てていて、失脚しない方がおかしいだろう。あいつは今まで、後ろめたいことを散々してきたんだ。そのくらいの罰は受けてもいいはずだ」
吐き捨てるようにそう言ったエリオスは顔を顰める。自分の父親が失脚してもいいと思える程、嫌っているのだ。余程、ブルゴレッドに対して嫌悪感を抱いているらしい。
「とりあえず、今はアイリスの救出に集中しよう。ミレット、屋敷の内部構造の図面は出来ているか?」
「はい。こちらです」
ミレットは魔法を使って増刷した図面をそれぞれに渡していく。
「持ち主は先程、言った通りリベスブルク家です。おかげで、細部まで調べ上げる事が出来ました」
クロイドも配られた資料に目を落とす。屋敷は三階建てで、どの部屋も広々と造られているようだ。
一階は大きな玄関口に、食堂、浴場と言った、生活に関する部屋が多く、二階は個人的な部屋や客間のようだ。
そして、ローラが監禁されていた三階には他の部屋に比べて狭い、物置のような部屋と三階の大部分を占めている広間があった。
「追加情報ですけど、リベスブルク家はこの屋敷を使って、たまに賭け事を楽しんでいるそうですよ。もちろん、ブルゴレッドも一緒だったとか。まぁ、これだけで充分に法に反しているんですけどね」
目を落とした資料の部屋のどこかにアイリスがいる。彼女の身を捕えているなら、恐らく二階以上の部屋にいるだろう。その方が物理的に逃げにくいからだ。
「作戦としては、アイリスが婚姻の署名をする前にその身柄を奪還することを前提として動きます。違法魔法使いの確保はその次として下さい」
ミレットの言葉に賛同するように周りの皆は大きく頷く。
「実働人数は四人です。エリオスさん、レイク先輩、ユアン先輩、そしてクロイドの四名でアイリスの救出、及び違法魔法使いの確保にあたって下さい。あと、潜入する際は魔法を使って、屋上から入るのがいいでしょう。そちらの方が広間に近いですし」
「広間?」
「大人数が集まる場所は三階の広間の確率がもっとも高いですからね。恐らく、この場所で婚姻の署名をすると思います。リベスブルク家で調べていたら、この家の者が多くの食材を買い込んでいたとの情報があったので、晩餐会でもするんじゃないですかね」
アイリスはいつもミレットの情報収集力と前提を推測する能力が高いと評価して、いつも敵に回りたくはないと言っていたが、これは確かになるほどだ。
ミレットを敵に回したら、一瞬で丸裸にされてしまいそうなほど、彼女の情報収集の力はかなり大きい。
「ただ、ここには一般人の傭兵が多く雇われているようです。彼らに姿を見られた場合は即効で気絶させてください。ブルゴレッド家とリベスブルク家の方は……そこはエリオスさんに処理を任せます」
「分かった」
やはり、魔法に関する監察官ならば、そういった事態の対応は手馴れたものなのだろう。
「……あと、こちらで勝手に調べていたことを一つ、言っておいてもいいだろうか」
エリオスは袖口から一枚の紙を取り出す。それは先程、式魔に使っていた紙と同じようなものだった。
「傭兵の一人に式魔を張り付けて、忍ばせてみた」
その紙を筒状に丸めて、テーブルの上に立てるように置いた。
「映し出してくれ」
エリオスの言葉に従うように、筒状の紙は光だし、やがてその光は頭上の天井に向けて何かを映し出し始めた。
「遠距離映写魔法……!」
ぼそり、とミレットが驚いたように呟く。クロイドはその魔法の名前は聞いたことがなかったので、よほど上級魔法に近いものなのかもしれない。
式魔を通して映し出されている光景は揺れるように動いている。エリオスが放った式魔が張り付いている人間の視線と同じように動いているということだろう。
「運良く、この傭兵は内部の警備を任されていたみたいだ」
映し出された光景には、ブルゴレッド家に仕えている給仕をする人間の他に、風貌がいかにも荒事をしているような人間ばかりを映している。
「この式魔は見たものを記録できるようになっているんだ。……少し、進めてくれ」
ふっと、映し出されているものが急激に動き、別の場面を映し出す。
「そこだ。……この男を見てくれ」
「え?」
止まった光景に映し出されているのは、灰色のローブを纏っている黒に近い茶髪の陰気そうな男だった。この屋敷に身を置いているには不釣り合いなその男は、口の端を微かに上げて笑っているように見えた。
だが、自分には見覚えがない。
……いや、見覚えがない?
「ん? あれ……? こいつって、誰かに似ているな……」
クロイドが思っていたことをレイクが口に出した。
「え? レイクも? 何か、私も見覚えがあるのよねぇ。知らないはずなのに」
どうやらユアンも同じようだ。ミレットやローラの方を振り返っても彼女達は知らないと首を横に振る。
「この男はシザール・ハインズだ」
「えっ!? 今、魔的審査課が探している奴か!」
先日の魔的審査課との合同任務の際にはこのシザールという男はすでにその場から逃げており、確保出来なかったため、今、魔的審査課が必死に探しているというのはこの前聞いた話だ。
「こいつは以前、逮捕歴があるんだが、すぐに教団の牢から出ている。それほど大きな罪じゃなかったからな。だが、問題はそこじゃない。……こいつは人に対する魔法に長けているんだ」
魔的審査課に逮捕した際の情報を調書していたんだろう。エリオスは何かを思い出すように頭上に映し出されている男に目をやった。
「それって……」
「例えば、相手を眠らせたり、言う事を聞かせたりする魔法が得意らしい。上級魔法も扱えるため、監視対象だったんだが、最近はかなり大人しかったと聞いている」
エリオスの言葉にその情報を知っているのかミレットは大きく頷いた。
「これは……監察官の中でも特別監察官と上層部しか知らない情報だが、この男は元々、王宮魔法使いの一族の出なんだ」
「えぇっ?」
ユアンが嘘だと言わんばかりに口を開く。
「あっ! だから、何となく見覚えがあったのねぇ。だって、この人、私達をよく追いかけまわしていた王宮魔法使いのブラストに似ているもの」
「そういえば……」
クロイドも記憶の端に置いていた王宮魔法使いのブラストの姿を思い出してみる。確かに彼も茶髪だったし、何より鼻の形がよく似ている。
「シザール・ハインズの母親はとある妻子持ちの王宮魔法使いの妾をしていたらしい。だが、規律が厳しい王宮魔法使いとはやがて疎遠になり、母親は病で死んだ。シザールは父親に引き取られることもなく、母方の親戚に引き取られたらしい」
「じゃあ、彼は……」
王宮魔法使いの血も入っているということだ。それならば、難しい魔法も簡単にこなせるくらいの技量を持っているかもしれない。




