接点
普段の服へと着替え終わったクロイドはローラを連れて、魔具調査課へと向かった。
もちろん、一般人は教団内に入ることが出来ない決まりだが、エリオスが一時的な特別許可を上司に申請しているので、今日だけ入ることが出来たのである。
初めて医務室以外の教団内部へと入ったローラは目に映る全てを焼き付けようと、きょろきょろと周りを見渡しながら歩いていた。
「ここが魔具調査課だ」
クロイドは扉をいつものように開けて中へと入る。
「お邪魔します……」
ローラを小さな身体をさらに縮めて、遠慮がちに部屋に入った。
「今、戻りました」
「あら、おかえり~」
何か調べものをしていたのか、ユアンとレイクが手持ちの資料から顔を上げる。
「服、着替えちゃったの? ローラちゃん、似合っていたのに」
ユアンが残念そうに頬に手を当てながらそう言うと、ローラは気恥ずかしそうな表情で小さく頷いた。
「それで、どうだった? 場所は見つかったか?」
「はい、今ミレットに場所の報告をしてきました。調べがつき次第、こちらに報告に来るそうです」
ミレットには今、あの屋敷が誰のものなのか、そして内部構造がどのようになっているのかを調べて貰っている。もちろん、アイリスを奪還するために必要な情報だ。
「アイリスちゃんの居場所が見つかったら、あとはこっちで手筈を整えるだけね」
「すいません、先輩達にも手伝っていただいて……」
「何、言ってるんだ。魔具調査課の仲間で、大事な後輩が大変な目に合っているなら、それを助けるのが先輩ってもんだろう」
「そうよ。それに嫌がるアイリスちゃんと無理矢理に結婚しようだなんて、許せないわ。本当はそのジーニスって奴をぶん殴りたいくらいだけれど、そこはクロイド君に譲るわ」
ユアンは憤慨しつつも、立ち上がり、ローラにお菓子と紅茶を用意した。
「はい、ローラちゃん。お疲れ様。魔力を使った後は甘いものに限るわよ」
「あ、ありがとうございます……」
ソファに座るように勧められたローラは少しはにかんでから、頂きますと言ってお菓子を手に取った。
「ほら、クロイド君も一休みしなさいよ。そんなに根詰めていると、いざという時に動けなくなるわ」
ユアンはクロイドの席に紅茶の入ったカップを置く。
「……そうですね」
確かに自分でも焦っているのは分かっている。ユアンにはそれがお見通しのようだ。
いや、恐らくユアンだけでなく、この件に関わる皆が、自分が焦っていることに気付いているのだろう。
「でも、凄いわねぇ。この歳で召喚魔法が使えるんでしょう? 大した才能だわ~」
ユアンに褒められたローラは頬を紅潮させて、恥ずかしそうに俯く。
「早めに弟子入りして、修行していった方がいいかもな」
レイクもエリオスと同じ考えなのか何度も頷いている。
その時、魔具調査課の扉がノックされ、エリオスとミレットが同時に入って来た。
「いやぁ~。やっと、調べがついたわ~。意外と穴があるものだわ」
ミレットが満足気な表情で大量の資料を腕に抱えながら入って来る。
「皆揃っているな。課長室でミレットの報告を聞くから、一緒に来てくれ」
エリオスはすっとローラの方へ振り返る。
「ローラも念のために来てくれないか」
「私もですか?」
「これからの作戦に、一般人の君を参加させるわけにはいかないが、一応聞いて置いて欲しい」
「分かりました」
ローラは素早く立ち上がり、エリオスに付いて行く。
「……クロイド」
ミレットに呼び止められて、クロイドは席から立ち上がったばかりの身体をそのまま止める。
「私はこの作戦を成功させるつもりだけれど、もし成功したら……。――その時は絶対にアイリスを離さないであげて」
いつもの調子とは違う、ミレットの真剣な表情にクロイドも表情を引き締める。
「アイリスをずっと守ってあげて。……お願い」
アイリスはミレットのことを親友だと言っていた。唯一無二の友だと。そして、それはまた、ミレットにとってもそうなのだろう。
「分かっているよ。……だから、今回の件の補佐、頼んだぞ」
「えぇ」
クロイドの意志を確認したミレットはまだ、不安の表情は消えていないが、満足そうに頷いた。
・・・・・・・・・・・
「あぁ、この子がローラだね」
課長室に入ると、ブレアが面白いものを見るような瞳でローラを見ていた。
「あっ……。初めまして……」
「私は魔具調査課の課長、ブレアだ。今回の件、巻き込んでしまってすまないね。ほら、遠慮しないでそこに座るといい」
「失礼します……」
初対面のブレアに緊張しているのか、ローラはぎこちなく、席に座った。
クロイドとミレットは座る席がないので、そこは先輩達にソファに座ってもらい、自分達は壁際に立つことにする。
「では、報告を」
ブレアの一言に、ミレットが大きく頷く。
「はい。……三人が見つけた屋敷を調べてみたところ、リベスブルク伯爵家の持ち物でした」
「何? リベスブルク家だと?」
エリオスが怪訝な表情でミレットの方を振り返る。まさかの家主の名前に、驚いているようだ。
「持ち主なのは間違いないです。別荘として使っているようですが、今は貸し出されていると……」
「貴族に関心がない俺達でも、その名前は知っているな……」
「えっと……確か、今の国王様の義弟のオルティス公爵のお母さんがその家の出身なんだっけ?」
ユアンがローラにも分かるようにも丁寧に説明してくれる。
……リベスブルク家か。
その名はもちろん、クロイドは知っていた。自分の父親の義弟、つまり腹違いの弟だが、クロイドにとっては叔父だ。
その叔父の母親の出身が名門と言われているリベスブルク家なのだ。あまり、叔父にいい印象がなかったが、確か彼には同い年くらいの息子がいたはずだ。
「そのリベスブルク家が、実はブルゴレッド家の本家筋なんです」
「え、ブルゴレッド家って分家の家だったのか。何か、色々と複雑な家だなー」
面倒そうな表情をしたレイクの言葉にエリオスは大きく頷いた。
「それで、このリベスブルク家のことを色々と調べてみたんです。こっちは検索避けの防御魔法がかかっていなかったので、調べ放題でしたよ」
にやりと笑うミレットの表情は久しぶりに見た気がする。アイリス曰く、この悪巧みを考えていそうな表情をしている時は、自分の思い通りに情報収集が出来ている時らしい。
「どうやら、今日の23時に先程調べた、アイリスが隠されているかもしれない屋敷にリベスブルク家の当主とその妻などがお呼ばれしているようです」
「……ブルゴレッド家には本家の目の前で結婚の署名をしなければならない決まりがあるからな。恐らく、そのために呼ばれているのだろう」
ミレットの報告にエリオスが付け足す。
「あと、関係あるかどうか分からないんですが、何故かブルゴレッド家の令嬢がリベスブルク家に養女として入る話が出ているようです」
「養女?」
「あの家で令嬢と言えば、義妹のレミシアしかいないが……。あいつは確か14歳くらいだぞ」
訝しがるエリオスの言葉にクロイドも首を捻る。
「何でも、このレミシア嬢に関する婚約の話が進められているみたいですね。……えーっと、確か……」
ミレットは資料の中から、目当てのものを探し出す。
「あ、あった。……えっと、その婚約の相手がラティアスって言う人です。年は彼女と同い年くらいですね」
「っ!」
その名前に聞き覚えがあったクロイドは思わず息を引き攣ったように吸い込んだ。
「どうしたんだ、クロイド」
「……知っている名前です。確か……オルティス公爵の子息の……」
「何……?」
「え、嘘……? あ、本当だわ……。確かにオルティス公爵の息子の名前がラティアスです」
ミレットは慌てながら資料を見直す。どうやら気付いていなかったらしい。
――ラティアス・アブ・ダンケルト。
それはクロイドの従兄弟でもあり、遠いながらも王位継承権が与えられる位置にいる人物だ。
現国王から王子であるアルティウスに王位が継承されても、その身に何かあった場合や、政務が正常にこなすことが出来ない状態にある際には、義弟であるオルティス公爵に王位が継承されることもあると聞いたことがある。
もちろん、現国王もアルティウスも元気で過ごしているので、そのような心配はもちろん無用なのだが。
だが、それでも聞いたことのあった名前にクロイドは妙な違和感を覚えていた。




