万能型
早朝、教団側の通路を通って、教会の扉から出て来たのはクロイド、エリオス、ローラの三人だ。ただし、ブルゴレッド家の人間に気付かれないようにと三人とも変装している。
ローラはユアンが大喜びで調達してきた、どこぞのお嬢様に見えるような上品な服を少し気恥ずかしそうに着ている。
エリオスは魔法監察官として自分を隠しつつ、各地の赴いているためか、変装は得意らしく、前髪を後ろの方に流すようにかきあげて、眼鏡をかけている。服もどこかに勤めている仕事人のようだ。
「……」
その中でも、クロイドは暗い顔で二人の後ろを歩いていた。
「あの……。クロイドお兄ちゃん」
ローラが気遣うように声をかけてくれる。
「……いいんだ。変装するって聞いた時から、何となくこうなる予想は出来ていたから」
「案外、似合っているぞ」
こちらをちらりと見つつ、エリオスは何が不満なんだと言いたげな表情でそう言った。
「……それは喜んでいいのか、いけないのか分からない誉め言葉ですね」
クロイドは深く、溜息を吐く。
変装して、ローラが捕まっていたとされるブルゴレッド家に関わりがある家を探しに行くとなった時、さすがに三人ともブルゴレッド家の関係者それぞれに面識があることから、違う人物だと思われるように変装した方がいいだろうということになった。
変装することは別に反対ではない。用心はするべきだと思うが、何故、自分だけ女装しなければならないのだろうか。
黒髪の長いかつらを被り、服はアイリスが普段着ているようなブラウスにスカート、そして手には日傘を持たされている。
どこかの令嬢みたいだとブレアは言っていたし、この変装を手伝ってくれたユアンは何度も満足げに頷いていた。ミレットに至っては、女装が似合うと言って大笑いしていたし、同じく女装で任務をさせられたことがあるらしいレイクは同情的な瞳をこちらに向けて、軽く肩を叩かれた。
「別に女装くらい、平気です。アイリスを助けられるなら、何度だってしてやりますよ」
やけくそのように思われるかもしれないが、嘘ではない。いっその事、自分がブルゴレッド家のメイドに変装してアイリスを助けに行ってもいいとさえ思っている。
まだ、人がまばらな時間。道を通る人は特にクロイド達に目を留めることはない。
「……何か、礼儀作法でも習っていたのか?」
エリオスが小さく首を傾げながら、クロイドの方を向く。
「え?」
「いや、随分と歩き方が綺麗だからな。背筋がぴんと伸びているし、本当にどこかの令嬢のように見える」
「……昔、少し習っただけですよ」
本当に昔だ。今は人目を気にせずに生活していたため、歩き方など気を付けることの方が少ないが、やはり着慣れないものを着ているせいで、背筋が自然と伸びてしまうのだろう。
「ローラ、召喚獣は昨日、君が捕まっていた屋敷を見つけられそうか?」
エリオスから訊ねられたローラは自分の胸にそっと手を当てて、何かを感じ取るように目を閉じる。
教団を出る前に、屋上からローラの召喚獣「翼が大ききもの」を空へと放っていた。もしかすると、昨日通った道を覚えている可能性があり、上手く道を辿れば屋敷を見つけることが出来るかもしれないとエリオスが言ったからである。
ローラも魔力が回復していたので、すぐにその案を了承し、翼が大ききものを使って、今、屋敷の位置を捜索させていた。
「……まだ、探しているみたいです」
ローラはエリオスのおかげで一日だけだが、エリオス監視下の元、魔法の使用を許可されていた。
どのように使用許可を取っているのかは知らないが、魔的審査課の魔法監察官であるエリオスにはそれなりの特権があるらしい。
「分かるのか?」
クロイドがローラの方へと振り返ると彼女は小さくはにかんだ。
「何となくだけど、分かるの」
「別次元の獣や魔物を呼び出す契約獣と違い、召喚獣や式魔は自分の手で作ったものだからな。式魔はこちらから一方的にしか命令は出せないが、召喚獣の場合はお互いに通じ合っているため、意思疎通がしやすいんだ」
「そうなんですね……」
自分はまだ使ったことのない魔法のため、クロイドは感心するような瞳でローラを見る。自分がこのくらいの年頃は、魔力はあっても、使おうと思うことも制御しようとする意志もなかった。
昨日初めて召喚魔法を使ったばかりだというのに、ローラは手馴れたように魔法陣を使って召喚獣を呼び出していた。これもアイリスに習ったのだと言う。
「今は、王宮の向こう側まで飛んでいるみたい……」
翼が大ききものの通った道が分かるのか、ローラはどんどん前へと進んでいく。
「……小さいのに、才能がある子だな」
ぼそりとエリオスが小さく呟く。
「まだ、魔力の使い方が安定していないみたいだが、訓練していけば立派な魔法使いになれるだろう」
「……教団に入ることが出来たら、魔具調査課に所属したいそうですよ」
「有望な新人を獲得出来て何よりだ。それなら、彼女は早いうちから、自分の魔力の性質が似ている魔法使いに師事を受けた方がいいだろうな」
「魔力の性質が似ている人、ですか?」
「人はそれぞれ、得意とする魔法があるだろう。自分の魔力の性質にあった魔法を使えば、その威力は大きくなるのは分かるな?」
「えぇ」
「魔法を使った時の感覚で、使いやすいものと使いにくいものを判断して、自分にはこれが合っていると思った魔法と似た魔法を扱える者に師事を乞い、特化させていった方が入団試験の実技の場合、受かりやすいんだ」
「……そうだったんですね」
自分は監視の名目の元、秘密裏に入団したようなものなので、その試験を受けてはいない。
「クロイドはどんな魔法が得意なんだ?」
「俺ですか? ……あまり、これが使いやすいとか使いにくいとか思ったことは無いですね」
「ほう」
「アイリスから教えてもらったり、借りた本から独学で学んでいるせいかもしれないですけど、特に気にしたことはないです」
「なるほど、そういう場合もあるんだな」
エリオスは感心するように大きく頷いている。
「君の魔力を見たところ、大きいだけじゃなくて安定もしているように見える。君は万能型だな」
「万能型?」
初めて聞いた言葉に首を傾げる。
「どんな魔法も多才に扱える者のことだ。例えで言うなら……魔物討伐を特化としている魔法を持つ者は祓魔課のように悪魔などを祓う魔法は苦手としているとでも言おうか。だが、この万能型の場合は魔物も倒す魔法も使えるし、悪魔を祓う魔法だって使える」
「……」
「そういう者は極めて貴重だからな。どの課に行っても重宝されるだろうな」
「……俺は魔具調査課から異動する気はないですよ。アイリスがいる限りは」
「ふっ……。そうか」
エリオスは真顔だが、それでも表情の奥では笑っているように見えた。
「アイリスに、君のような者が傍に居てくれて、俺は嬉しく思うよ」
ふっと、顔を上げてエリオスは穏やかに言った。
「あの子は、頑固だ。だが、触れれば壊れそうな繊細な心を持っている。……ずっと、思っていたんだ。いつか、アイリスに心が通える奴が現れてくれればいいと」
「……」
「俺やブレアさんじゃ、駄目なんだ。友人でも駄目だ。……同じ気持ちを理解して、お互いに支え合えるような、そんな存在の奴があの子には必要だと、ずっと思っていた」
こちらを向いたエリオスを目が合う。
「ありがとう、クロイド。アイリスの傍にいてくれて。あの子を理解してくれて、本当にありがとう」
「……いえ、そんな……」
お礼を言われるようなことなど、していない。自分はただ、本当に心の底からアイリスを想っているだけだ。
「アイリスは俺にとっては妹みたいなものだからな。幸せにしてやってくれよ」
「……もちろんですよ」
冗談なのか、本音なのか分からないがエリオスが真顔でそう言ったので、思わずクロイドも本音で答えてしまった。
……何だか、この人の調子には狂わされてばかりだ。
もらす溜息を気付かれないようにもらしていると、少し前方を歩いていたローラがぴたりと足を止めて、空を見上げる。
「どうしたんだ、ローラ?」
「エルが……見つけたって言っているの」
クロイドとエリオスは顔を見合わせる。
「道順は分かるか?」
「うん、こっち……。でも、結構歩くことになるよ」
昼間なので魔法を使って、空を飛ぶことも家の屋根を飛んで一直線に行くことは出来ない。
「姿を見られないようにして、近くの場所まで飛んで行くか」
「飛んで行くって、何を使って……」
姿を隠す魔法があるのは自分も知っているが、飛ぶ方法は知らない。一人で行く分なら、「青嵐の靴」があればひとっ飛びだっただろう。
「大きめの鳥型の式魔を用意する。そいつが飛べるように魔法をかけるんだ」
「三人も乗れるんですか?」
ローラが目を瞬かせながら、エリオスを見上げる。
「何度かやったことがあるから、出来るだろう。ただし、道案内は君に頼むよ、ローラ」
「はいっ!」
「俺に何か出来ることはありますか?」
「いや、君にはこのあと頼みがある。何でも、匂いを辿るのが得意なんだろう? あとで屋敷周辺からアイリスの痕跡が残っていないか探ってくれ」
「分かりました」
姿を隠す魔法をかけるために三人はエリオスが指定した路地裏へと向かう。
……もうすぐ、アイリスを見つけられる。
焦る不安を抑えながら、クロイドはアイリスのもとへと続いた空の方向へ視線を移していた。




