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真紅の破壊者と黒の咎人  作者: 伊月ともや
偽りの婚約編
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牙が小さきもの


 空白のページを見つけたローラは、万年筆を手にとり、震えそうになる手を我慢させながら、円を描く。少し歪な円になってしまったが、それでもこれが精いっぱいだった。

 後ろ手に縛られていないだけ、ましだろう。そこだけは、自分をこんな風に縛り上げた奴に感謝したいくらいだ。


 円の中に次は五芒星を描いていく。前に一度だけ、廃墟になった教会で魔法陣は描いたことがあったが、まさかこんな形で再び描くことになるとは思っていなかった。


「……」


 教わった魔法は全部、頭の中に入っている。その中で現状の自分に使えそうな魔法は恐らく、これしかないだろう。


 ……召喚、魔法。


 今の自分に使えて、魔法陣で出来る魔法。と言っても、魔物や悪魔を呼び出すことは出来ない。せいぜい、動物の使い魔を呼び出すことくらいしか出来ないはずだ。

 それでも、この縄を噛み切ってくれるならば十分だ。歯が強そうな動物と言えば何だろう。出来るなら、小さい方がいい。


 ローラはアイリスに教えてもらった動物の召喚魔法の呪文を魔法陣に付け足していく。大事なのは想像だと言っていた。召喚すると言っても、この魔法は別の場所から動物を召喚するわけではない。自分の想像によって創られた動物が一時的な契約魔として召喚されるらしい。


 つまり、どんな動物が召喚されるかは自分次第だ。想像力次第で、想像通りの動物にもなるし、見たこともない動物に変化して召喚されてしまうことだってあるだろう。


「……よし」


 呪文を書き終えたローラは万年筆を置いて、魔法陣に縛られたまま手をかざす。

 耳を傾けるがこの部屋の扉の向こう側から話し声はしない。扉の外に見張りは今、いないのだろう。自分が眠っていると勘違いして、油断しているに違いない。


 深く呼吸をして、息を整える。あの時は自分の魔力を上手く扱えずに倒れてしまったが、今は倒れるわけにはいかない。

 大事なのは想像と集中、そして呼吸を合わせること。


「……我が名はローラ・ボルダン。創造するは、我が使い」


 出来るだけ、声量を抑えつつ、はっきりと呪文を詠唱する。


「求めるは影の契り。与えるはこの魔力と真の名」


 身体全体がすっと熱がこもったように熱くなる。自分はまだ、上手く魔力を扱えない。だが、どこまでが限界なのかは以前、魔法を使った時に体験しているのでそれは分かる。


 呪文を唱えつつ、呼びかけに応じて欲しい動物の姿を頭の中で想像し始める。出来るだけ、正確に。そして、どの機能が一番欲しいのかを意識して。


「呼びかけに応じよ。契りを交わせ、汝が名は――」


 魔法陣がローラの呪文の詠唱と魔力に反応したように光り始める。

 熱い。何か、身体の内側から出てきそうだ。


 それでも、意識を魔法陣の真ん中へと集中させる。想像するのは、自分の言葉を理解し、縄を噛み切ってくれるもの。小さいもの。小さく、そして――。


「――『牙が小さきもの(クルクライン)』」


 召喚獣の真名を与えた瞬間、魔法陣から光が柱のように一直線に空へと消えるように飛び出たが、次に瞬きをした時にはどこにも光は見えない。薄い煙のようなものがふわりとその場に流れていく。


 失敗だろうかと魔法陣に視線を移すとそこには両手に乗りそうなほどに小さく、細長いものがいた。

 見た目は黒っぽく、耳と手足は短い。尾は長く、そして毛並みよりも黒い瞳は綺麗な石のように輝いていた。


「キィー……」


 小さく鳴いたその動物はローラの顔を見て、首を傾げている。


「成功、した……?」


 自分でも信じられないというようにローラは口をぽっかりと開けたまま、小さな生き物を見つめる。


「えっと、クルクライン……。クルクって呼んでもいい?」


 いたちのような姿の召喚獣はローラの言葉が理解できるのか、小さく鳴いた。

 初めての召喚魔法だったが、上手くいったのだ。ほっと腰を抜かしたように、木箱に背をもたれているとクルクと呼んだ、いたち姿の召喚獣はローラの膝の上へとよじ登って来る。


 思っていたよりも可愛らしいが、これはいたちではなく、姿をいたちと化している召喚獣だ。自分が動物図鑑で見たそのままの姿となっている。


「初めまして。私、ローラ」


「キィ」


 応えてくれる鳴き声に、こんな状況下にあるにも関わらず、つい笑みが浮かんでしまう。緊張していた糸がやっと、緩やかになった気分だ。


「あのね、あなたにお願いがあるの。……私を縛っている、この縄を噛み切って欲しいの」


 そう言って、ローラはクルクの前に縛られた腕を差し出す。クルクは首をさらに傾げたので、ローラはさすがに分からないかと小さく溜息を吐いていると、何を思ったのか、その腕へとよじ登って来たのだ。


「わっ……。ふふっ、くすぐったいよ……」


 だが、ただよじ登っただけではなかった。

 クルクは自分が差し出した縄が縛られたところに向けて、がっしりと爪を立てて、縄を齧り始めたのだ。小さな歯が外から漏れる光できらりと光った。


「……切ってくれるの?」


 どうやら、本当に自分の言葉を理解して、言う事を聞いてくれるらしい。

 クルクはがじがじと無我夢中でその縄を噛み続け、そしてとうとうローラの腕を強く縛っていた縄はぷつり、と糸がほつれるように切れたのだ。


 急に腕の部分が緩まったことにも驚いたが、それよりも驚いたのはクルクの噛む力だ。人間の歯ではこうはいかないだろう。

 床に上にはらりと落ちた縄を見て、クルクは自慢げにこちらを振り向く。


「……ありがとう、クルク」


 自由になった腕で、ローラはクルクをぎゅっとぬいぐるみを抱く時よりも優しく抱きしめる。温かい体温が布越しに伝わり、緊張していた心が少しだけ、緩やかなものになった。


「すごいね、クルク。……でも、歯とか痛くないの?」


 小さく柔らかな頭をそっと撫でながら訊ねるとクルクは首を横に振った。よほど、丈夫な歯らしい。


「あとは、一人で出来るから大丈夫だよ」


 クルクを自分の頭の上へとひょいっと乗せて、今度は自分の手で足を縛っている縄へと手を伸ばす。


 ……思ったよりも固い結び目だけど……。


 自分の手は細かい作業が得意だ。力によって縛られている縄でも、解き方に注意すれば簡単に解けることは知っている。


「……っ、よし」


 少し時間がかかったが自力で縄を解くことに成功したローラは、強く縛られていたことで痛んだ足首をそっとさすった。これが痕になったら、見てしまったシスター達が驚くか悲しむかもしれない。


 ……うーん。この2本の縄を繋げても、さすがに地上には降りられないだろうなぁ。


 自由になった身体を少しほぐしてから、何か周りに使えそうなものがないか探してみる。

 音を立てないように箱の蓋をそっと開けては、年代が少し前の衣装や錆びた鉄製の食器が出てくるばかりだ。

 物置なので、ほんの少しだけ使えそうなものがあるかもしれないと期待していたが、どうやら期待外れのようだ。


「あっ……」


 それよりも、窓はちゃんと開くのか調べておいた方がいいだろうと、ローラはクルクを腕に抱いて、窓際へと近付く。


「……」


 月はすっかり高くなっていた。前に月の位置から時間が分かる方法を教えてもらったが、あれはどのようにやっていただろうか。


 手をそっと窓枠へと隅々に手を伸ばすが、どうやらこの窓は開閉できるものではないらしい。試しに大きな音を立てないように気をつけながら、窓を叩いてみる。音の響き具合から、これなら重いものを投げれば、簡単に割れそうな素材だ。


 周りを見渡せば、木箱ばかりが散乱している。自分に持てそうな大きさもあるので、それを投げて割ればいいだろうが問題はその後だ。


 ……縄があったとしても、降りる前に窓が割れた音で見張りの人の方が早く来ちゃうかも。外に逃げても、外の見張りの人に捕まったら意味がないし……。


 ローラが窓を見ながら小さく唸っているとクルクがもがくように動いて、突然その腕から放れた。軽々と床の上へと音を立てずに着地したクルクは短く鳴いた。


「どうしたの、クルク」


 クルクはそのまま短い足でとことこと歩き、その身がさっき召喚されたノートの所まで戻ると、今度はそのノートを前足で何度も叩く。

 小さく鳴いては何かを訴えてくるその様子にローラははっと思いついた。


「あ、そうか」


 すぐにノートを置いていた場所へと足を戻して、万年筆を再び手にとった。


     


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