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真紅の破壊者と黒の咎人  作者: 伊月ともや
偽りの婚約編
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暗い部屋


 最初に鼻先をかすめたのは、古いものと新しいものが混ざり合った、そんな不思議な匂いだった。


「ん……」


 少しだけローラは身じろぎして、そして、自分の動かしたい方に身体が上手く動かないことを次第に認識し始めると同時に、ぱっと目が覚めた。

 窮屈にさえ思えた自分の身体の違和感に思わず声を上げてしまう。


「えっ……?」


 だが、身体を起こそうとしても少しだけ仰け反っただけで、自分の身体は再び湿っぽい床の上へと投げ出される。


 悲鳴などは出なかった。

 ただ、心の中に浮かんでいるのは困惑と小さな不安。


 状況が判断出来ないまま、口をぽっかりと開けて、ローラは周りを見渡す。幸いなことに、窓があったので、外から零れる光によって、自分の現状とこの場所を改めて見てみる。


 物置部屋なのか、色んな物が乱雑に置いてある。木箱だけでなく、衣装がはみ出ている箱もあるようだ。自分の場所から少しだけ遠いが扉もある。

 だが、部屋の状況よりも自分のこの状態をどうにかしなければならないだろう。何故か手と足に縄が縛られており、動けないようになっている。


 孤児院で少し失敗や悪さをしても、こんなことはされない。せいぜい、掃除当番が多くなるだけだ。


「……ここ、どこ……」


 それなら、一体ここはどこなのだろうか。足元に何か触れた気がして、ローラは少しずつ身体をずらすようにその方向へと動かしていく。

 目を凝らしてよく見てみると、そこには自分の学校用の鞄が放り出されるように置かれていた。


「……」


 そこで、何となく自分の身に何かが起きたことを思い出し始める。


 夕方頃、授業を終えて、帰りの支度をし始めていた時だった。見知らぬ年上の女生徒が、自分を呼んだのだ。


 ……確か、女の人が言ってた。高等部の知り合いが私を呼んでいるって。

 

 だから、他の孤児院の子達には、呼ばれているから先に遊んでいてと言い置いてから、自分は指定された場所へと向かった。

 アイリスかクロイド、もしくはこの前、孤児院に来てくれたアイリス達の先輩くらいしか高等部には知り合いがいない。そのうちの誰かだろうと思ったが何故、指定した場所が裏口なのかが気になっていた。


 案の定、裏口に行ってもそこにはアイリス達どころか、人の姿さえない。不審に思いつつも、暫く待っていた時だった。

 突然、何かの言葉が聞こえたかと思って振り返ったら、そこには見知らぬ男がいて、自分は自然と意識を手放していたのだ。

 

 ……魔法をかけられた?


 だが何故、自分にわざわざ魔法をかけたのだろうかという疑問が残る。


 ただの人攫いが孤児院の貧乏な子どもを攫って一体何をしようというのか。人身売買はこの国どころか他国でも禁じられていると授業で習った。

 もし、いまだに人身売買が残っているなら何故、目立つ学校で自分を攫って行ったのだろう。普通は人気がなく、目立たないような場所で攫うものではないだろうか、と冷静に考えてしまう。


 それよりも、怪しいのは魔法を自分にかけた男だ。それに何故自分が高等部に知り合いがいると知っていたのか。


「――じゃあ、明日までこいつをここで見張っていればいいんだろう?」


 突然、若い男の声が聞こえて、ローラは慌てながら、再び床の上に横になって目を閉じる。

 扉には鍵がかけられているのか、金属が重なり合う音が聞こえ、そして、瞼の裏側が急に明るくなった。部屋の向こう側は灯りが点いている場所らしい。


「……まだ、眠っているみたいだな」


「それにしても変な技だったよなー。何だっけ、催眠術って奴?」


「ここの旦那様の知り合いだってさ。まぁ、おかげで楽して見張りが出来るわけだ」


 男が二人いるのか、談笑しながらこの部屋へと入って来る。


 ……怖い。


 力を抜けば震えてしまいそうだった。知らない男がすぐそこまで来ている。何かされたらどうしよう。

 自分は非力な子どもだ。一発、殴られただけで死んでしまうような、弱い子ども。


 泣き叫んで事が済むなら、そうしたい。

 だが、自分はそんなことをしても意味がないと分かっている。


「ここに置いておけば、勝手に食うだろ」


「なぁ、こいつ、明日の後、どうするんだ?」


「さぁ……。何でも、ローレンス嬢がこいつの事を可愛がっているらしいからな。こいつがここにいる限り、あのお嬢様もこの屋敷から勝手に逃げたりしないだろうってことらしいぜ。正式に結婚が済むまで見張るんじゃないか」


「そりゃあ、律儀なお方だ」


 渇いた笑いをしつつ、男達は何か持ってきたのか、それを床の上に置いた音がした。


 ……ローレンス嬢?


 聞き覚えのある名前だ。


「ちらっと見たけど、結構美人だったよな」


「お前、年下が好きなのかよ」


 男達の足音が次第に自分から遠ざかっていく。


「そういうわけじゃないけど、あと5年くらいしたら、すっごい美人に化けそうだなって思ってさ。そしたらお相手してもらいたいぜ」


 男の下品な笑い声にローラは歯を立てるように噛んだ。


「まぁ、確かに美人だけどさ。……でも、かなりお転婆らしいぜ。あのヴァレットを回し蹴りで蹴り倒したらしいからな」


「うっわ、怖っ……」


 引き攣ったような男達の笑い声は扉が閉められたことで、遠ざかっていく。

 再び、部屋に鍵をかけられた音を聞いてから、ローラは目を開けた。


      

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