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真紅の破壊者と黒の咎人  作者: 伊月ともや
偽りの婚約編
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早急


 夜がすっかり更けた時間。魔具調査課の課長室に漂う静けさは異常なものだった。

 いつもなら、魔具調査課に出勤している時間だが、それでもアイリスは姿を見せなかった。もちろん、あの後、教室にも寮にも教団の敷地内にさえもいなかったことは確認済みだ。


 先にクロイドからの推測を聞いていたブレアは椅子に深くもたれるように座りつつ、腕を組んでいる。


 ブルゴレッド家がアイリスの失踪に関係があるのではとのことなので、アイリスの従兄弟でもあり、魔的審査課のエリオスも呼んでいた。さらには、今日は任務がないとの事で、ユアンとレイクも話に同席してくれている。


「……やはり、アイリスが何も言わずに突然、姿を消すわけがありません。ブルゴレッド家が関わっていると思います」


 重い空気の中、エリオスが口を開く。


「あれから何度も式魔をブルゴレッド家に送っているのですが、送るたびに消されています。まるで、鼠捕りの猫でもいるかのように、敷地に入った途端に消されてしまう。……もしかすると、雇われた魔法使いがいるのかもしれない」


 その言葉にユアンとレイクははっとしたように顔を上げる。


「それって、もしかして魔的審査課で調査している、違法魔法使いの……」


「そういえば、まだ残り一人を捕まえられていないって言っていたな」


 二人の言葉にエリオスは頷いた。


「その可能性はあるだろう。もし、そうならば、魔的審査課も動かせる」


「……」


 クロイドは扉の横の壁にもたれながら、じっと耐えるように黙っていた。


 ……一番近くにいたのは自分だったのに、守れなかった。


 その後悔だけが身体中を巡っている。あの後、試しにアイリスの匂いを辿ってみたが、それでもやはり自動車か馬車に乗せられたのか、匂いは途切れていた。


 今はただ、ミレットの捜索結果を待つだけだ。そこに慌てるような駆け足の音が聞こえ始め、扉を数回ノックしてから、勢いよく扉が開く。

 額に汗をかきながら現れたのはミレットだった。腕の中には書類と、魔具である「千里眼」を持っている。


「ミレット、どうだった」


 ブレアが前のめりになりつつ、ミレットの返事を待つ。


「すいません、アイリスの行方を捜したんですが……駄目、でした」


 ミレットは唇を噛み締めつつ、瞳を少し潤ませながら息を吐くように答える。


「アイリスに関することも、ブルゴレッド家に関することも、噂の違法魔法使いのことも調べようとしたんですが、情報を検索されないように関するものに防御魔法か結界魔法でもかけているのか、調べるたびに、千里眼の魔法が跳ね返されてしまって……」


 クロイドの額に青筋がすっと浮かぶ。


「……ミレット、ブルゴレッド家の住所を教えてくれ」


 最初に出た言葉はそれだった。ブレアとエリオスがすっと目を細める。


「教えてくれって……。殴り込みにでも行くつもり?」


 息を整えながらミレットはクロイドの方を仰ぎ見る。


「それ以外に何がある。強引な手段を取ったのは向こうが先だ」


「それは……そう、だけど……」


 ミレットも大切な友人が攫われるのは二回目であることから、前に比べれば落ち着きがあるようだが、それでも心配なものは心配なのだろう。しきりに、唇を噛んでいる。


「待ってくれ、クロイド。……今回、早急にあの家が動いたと思っていたが、そうではない可能性がある」


「……どういうことですか、エリオスさん」


「言っただろう、俺の式魔が消されたと。あれは教団に俺が帰って来るよりも前だった」


 それはつまり自分がジーニスに対して、アイリスの婚約者は自分だと言った日よりも前に遡ることになる。


 ……結婚の話を急に早めたのは、俺が婚約者だと言ったことが原因ではないということか?


「え、ちょっと、待って……。それじゃあ、どうしてこんなにも突然にアイリスは結婚の話を進められているの?」


 ミレットが動揺を隠しきれないままエリオスに訊ねる。エリオスは答えることを迷っているのか小さく唸った。


「……まだ、確定ではないが、アイリスの遺産が早急に必要だった、とは考えられないだろうか」


「エリオス……」


 ブレアが何か言いたげな表情をする。


「俺が聞いていたのは、アイリスはずっとブルゴレッド家と無理矢理の婚約状態にされていて、成人してから管理されていた遺産がアイリスの手元にきてから結婚する、という話だった」


「……」


 本当は今すぐにでもこの場から駆け出し、アイリスを助けに行きたかった。だが、一人で突っ走って、失敗しては意味がない。

 だからこうやって、皆の意見を聞いて今後、どう動くべきなのかを考えなければいけないのに。


 ……俺はいつも独りよがりだ。


 冷静さを失っていることは理解している。だが、それよりも自分の中にあるアイリスに対する感情が、大きく揺れ動いているのだ。


「その話が、今となって……。アイリスが結婚出来る歳になった途端に、急に動き出した。だが、それはアイリスとの結婚を早く進めたいのではなく、アイリスの遺産を早く手に入れたいと考えれば、この現状に納得が出来る」


「お金持ちの貴族様がさらに金が欲しいって……。俺達、庶民には何考えているのか全く、理解できないな……」


 絞り出すような声でレイクが言葉を吐く。


「大きなお金、ねぇ……。株とかなら、考えられるけれど……」


 ユアンも何か他に考えられないか、彼女が持っている、膨大な金が必要なものを次々と並べていく。


「……ブルゴレッド家に関する情報、もう一回調べ直してみます。裏で膨大なお金が動くなら、一部の情報を検索外にされても、違う情報から、目当ての情報を引き出せるかもしれません」


 ミレットは目元に浮かぶ涙を手の甲で拭って顔を上げる。


「宜しく頼む。俺は情報収集の魔法は持っていなくてな」


 その時、課長室の扉が叩かれ、全員が同じ方向へと顔を上げる。


「入っていいぞ」


 ブレアの声に従うように開く扉の向こう側にいたのは、クラリスだった。


「あら、皆お揃いだったのね。こっちの部屋には誰もいないから、もう休んでいるのかと思ったわ」


「珍しいわね、クラリス。あなたがこっちに来るなんて」


 本当に珍しいのだろうユアンが驚いたように目を丸くしている。だが、クラリスは少し、困ったような難しい表情をしていた。


「今日の用事はあなた達じゃないの。……ねぇ、アイリスは知らない?」


 クラリスの言葉にその場の全員が固まる。


「クラリスさん、アイリスに何か用があったんですか?」


「うん、少し……。あ、でもクロイド君でもいいわ。最近、一緒に遊んでいるって聞いているし。……あのね、リンター孤児院のシスター長から教会に連絡があったそうなのよ」


「え?」


「何でも、ローラが孤児院に帰ってきていないらしいの」


 ピタリ、とクロイドが石のように固まる。


「夕方くらいに、いつも一緒に帰っている孤児院の子ども達が言うには、高等部の知り合いがローラを呼んでいるからって、呼び出されてそのまま……」


 その話を聞いたクロイドは凄い勢いでブレアの方へと身体を向ける。

 ブレアも何かに気付いたのか、眉を深く寄せながら、頷いた。


「高等部の知り合いって言ったら、あなた達しかいないと思うし……。ねぇ、何か知らないかしら?」


「あの、クラリスさん」


 クロイドが一歩、前に出て、アイリスが書き残していたメモをクラリスへと見せる。


「アイリスも同じように誰かに呼び出されたまま、帰ってきていないんです」


「え?」


 メモを読んでいたクラリスの表情は分かりやすいほど、すっと青くなる。

 クロイドはそのまま、アイリスの身に何か起きていると簡潔にクラリスに説明した。元々、心優しいクラリスはその話を聞いて、自らの口を手で押さえながら、顔色を更に青くした。


「……学園の裏口には大勢の足跡が残っていました。アイリスと同様にローラも連れ去られた可能性があると思うんです」


「でも、ローラちゃんは別にその……ブルゴレッド家とは関わりが全くないんでしょう?」


 ユアンが首を捻っているが、まさにその通りだろう。


「……裏口に落ちていたこの金色のボタン……。これは微かにアイリスの匂いがしたので、間違いはないでしょう。それと、地面に残されていた『R』の文字の意味が、クラリスさんの話でやっと分かりました」


「あっ……」


 ミレットも気付いたようだ。


「Rはローラを指していた。そして……それをアイリスが残していたということは、その場にローラもいたんでしょう」


 少しずつ、話が繋がっていく気がする。


「……アイリスは自分を簡単に犠牲にして他人を助けようとする傾向がある」


 ブレアが低く、その場に響くような声色で呟く。


「その孤児院の子が、ブルゴレッド家に捕まったと知れば、アイリスはもちろん助けるだろう」


「アイリス、ローラと特に仲が良さそうだったもんな」


 ブレアの言葉に同意するようにレイクが深く頷いた。


「……クラリス、とりあえずローラちゃんのことは孤児院の人達に上手い具合に話をしておいてくれる?」


「上手い具合って……」


「例えば、誰かの家に泊めてもらっているとか」


「……やれるだけ、やってみるわ。でも……」


「大丈夫よ。アイリスちゃんと一緒にローラちゃんも絶対に助けて見せるわ。ね、そうですよね、ブレア課長」


「そうだな。……違法魔法使いが関わる件に、一般人を巻き込んでしまっている以上、これはただの誘拐として警察に捜索させるのは難しいだろう。やはり、こちらが動かすしかないが……」


 そこで、ブレアは押し黙る。


「……これは本来なら魔的審査課の案件に入る。うちの……管轄には入れない部類だ」


「ブレアさんっ!」


 クロイドは思わず叫んでいた。


「分かっている。だが……出来ないことではない」


 何か考えがまとまったのか、ブレアはすっと顔を上げた。


「アイリス自身はこの問題をあまり大事にしたくはないはずだ。あの子がブルゴレッド家と関わりがあることは隠しているからな」


「……」


 それに賛同するようにエリオスも頷く。


「だから、任務として、これを言い渡す。一時的な魔的審査課と魔具調査課の極秘合同任務だ。……人選はもちろん、エリオスと魔具調査課の人間、そして情報提供者としてミレットだけをこの任務に参加させて、内密に動かそうと思う」


 ほっとしたようにミレットが胸に手を置きつつ、溜息を吐く。


「魔的審査課からはエリオスのみだ。お前のところの上司には私が話をつけておく。優先すべきはアイリスと孤児院の子どもの救出。うちの大事な部下だからな。きっちりと返してもらう。……だが、魔的審査から人選が一人だと人数不足だと言われかねない。違法魔法使いをどうするかはお前にかかっているからな、エリオス」


「……えぇ」


「とにかく、今は情報を収集することが先だ。ミレット、頼むぞ」


「はいっ!」


「私も孤児院の人に電話してきます。何かあれば、知らせて下さい」


 ミレットとクラリスは少し慌てるように小走りで課長室から出て行く。



「……クロイド、俺がブルゴレッド家を案内するから、一緒に来てくれないか。俺は、あの家の場所を俺が知っていると分かっている上で、あの家にアイリスを隠しているとは思えないんだ」


 何か考えがあるのか、エリオスは真顔でクロイドの方を振り向く。


「……分かりました。連れて行って下さい」


 今すぐにでもブルゴレッド家の様子を見に行くつもりなのだろう。エリオスも立ち上がり、クロイドとともに部屋から出ようとした時だった。

 再び慌てた足音が聞こえ、転がり込むようにクラリスが戻って来たのだ。


「く……クロイド君、ちょっと来てっ! 医務室に急いできて欲しいの!」


 クロイドの腕をクラリスが掴み、引っ張る。


「今、医務室の人が私の所まで走ってきて……。あの子が……ローラが……!」


「っ!」


 クラリスが言い終わらないうちに、クロイドはクラリスの手から離れ、廊下を駆け抜けるように走った。


   


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