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真紅の破壊者と黒の咎人  作者: 伊月ともや
偽りの婚約編
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痕跡


 自分の教室へと戻る途中、クロイドは訝しげな表情しつつ歩いていた。


 帰り際、とある女生徒が、先生がクロイドを呼んでいるから来て欲しいと言われたため、アイリスに一言、言い置いてから職員室へと向かったが、先生の誰もが自分を呼んではいないと言った。


 からかわれただけなら、それで構わないが何となく腑に落ちない。そう思いながら教室へ入ると、待っていたはずのアイリスの姿がなかった。


「……?」


 だが、自分の机の上にノートの切れ端が置かれているのが目に入り、それを手に取る。


 ――リンター孤児院の子ども達に何かあったみたいなので、裏口へ行ってきます。すぐに戻るので待っていてください。  アイリス

 

 それだけが書かれていたが、名前を見なくても分かる。丁寧で美しい字は間違いなくアイリスのものだ。

 周りをよく見ると、アイリスの鞄も置かれたままだ。


「……裏口か」


 待っていてほしいと書かれているが孤児院の子ども達に何かあったならば、自分も行っておいた方がいいだろう。

 しかし、ふっと鼻先に何かの残り香が匂う。


「……」


 そこで気付いた。この残り香は間違いなく、自分を先生が呼んでいると呼びに来た女生徒の匂いと同じものだ。


 少しきつめの香水でもしているのか、かなり印象的に鼻の奥に匂いの記憶が残っていたため、すぐに同じものだと分かった。


 自分が偽られて呼び出しを受けたのは二十分ほど前だ。残り香は普通、それほど長い時間、残りはしないし、学校という場所ならなおさらだ。


 一々、気にしていられないほど、様々なものが混ざり合うこの空間なら、別に怪しいことではない。

 ただ、気になっただけだ。


 もう校舎には少ない生徒しか残っていないというのに同じ人間が、同じ教室を訪ねて来たことが。


 ……まさか。


 クロイドははっと顔を上げる。そして、アイリスの書置きと二人分の鞄を肩に担いで、人から咎められるような速さで廊下を走り抜けた。


 ……もし、自分が呼び出されたことが、アイリスから離すための嘘だったら。


 それなら、アイリスが裏口に呼び出されたことにも何か関わりがあるように思えて仕方ないのだ。


 走り抜けた廊下を曲がり、階段を飛ぶように降りる。本当なら窓から外へ出た方が早いのだが、まだ時間は明るいし、ここは学校だ。目立つことは出来ない。


「……」


 そう目立つことは出来ないはずなのだ。ジーニスだって、目立つことをして非難のまとにされたくはないはずだ。

 渡り廊下を駆け抜け、裏口に一番近い場所へと繋がる扉を荒っぽく開ける。


「……アイリスっ」


 扉を開いて、分かる。一目瞭然なのは裏口の門には誰もいない、ということだった。それでも、クロイドは近くまで様子を見に走る。

 ふと、地面が何かに反射して光ったように見えた。


「……これは」


 金色のボタンだった。糸がほつれて、誰かが落とした感じではない。

 明らかに、わざと引きちぎったような跡が糸のほつれ具合から見て分かる。だが、周囲には誰もいない。


 周りをよく見てみると、校内の敷地内の地面には多くの足跡が残されていた。

 高等部に通っている生徒でも、これほど大きな足の形を持っているものは少ないのではと思えるほど、多くの足跡がそこに残されている。

 そして、それは何かを踏みしめるように荒っぽく残されているのが気になった。


 ……嫌な予感がする。


 これは子どもの足跡ではない。大人の男のものだ。それが何故、校内の敷地内に足跡が残っており、しかも裏口の門辺りにしか残っていないのか。

 セントリア学園に用があるなら、もっと校舎近くまで足跡が残っていてもいいはずだ。


 クロイドは意識を集中させる。

 自分の中には半分に近いほど、魔犬の力が働いている。魔犬は魔力が高いだけではない。犬としての嗅覚も兼ね備えてある。


 ふっと、鼻先にかすめた匂いにクロイドは顔を上げる。


「……アイリスはここにいた、のか?」


 風に吹かれて、消えかかってはいたがそれでも微かにアイリスの匂いがした。そして、ジーニス・ブルゴレッドの匂いも。あとは知らない匂いばかりだ。

 それでも自分は一度覚えた匂いは忘れたりはしない。


 ……アイリスはここに何らかの理由で呼び出されたということか。


 そこにアイリスの姿などない。ボタンが落ちていた場所にもう一度、目をやると地面には何か、足を擦ったように書かれているものがあった。


「……R?」


 そうしか見えない。何故、こんな所に文字が書いてあるのか。急に頭の中が冴えた気がして、クロイドは裏口の門の外へと飛び出た。


 誰一人として通らない路地に繋がる道路。それでも微かに残るっているアイリスの匂いはここで唐突に途切れた。


「っ……!」


 匂いは急に途切れたりなどしない。何かに突然、遮断されなければあとは自然消滅するだけだ。それなのに、アイリスの匂いの痕跡はこの道路のどこにも残ってはいない。


「アイリス……!」


 名前を呼んでも、返事はない。

 

 ひゅっと、喉の奥が引き攣ったような声が出る。震え以上のこの感情は、一体何だ。

 分かるのは一つ、アイリスの身に何かが起きた。それだけしか分からなかった。


   

 

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