昔話
緊張感を持ちながら一日を過ごしたが、それでも毎日は変わらない。アイリスとクロイドは昨日と同じように食堂で朝食を食べた後、魔具調査課へと向かった。
扉を開けて、最初に目に入ったのは顰め面で机を枕にしながら寝ているレイクと、ソファに横になっているユアンだった。
「わっ……」
出来るだけ声を抑えたつもりだったが、思わず驚いてしまったアイリスは自分の口を手で塞ぐ。
「ん……? ……あぁ、もう朝か」
アイリス達の出勤に気付いたレイクが両手を伸ばしつつ、肩を回す。椅子に座ったまま寝ていれば、身体の節々が痛いだろうに、何故こんなところで寝ていたのだろう。
「お……おはようございます」
「おはよう。いやー、すまん。自室に戻るのが億劫でつい、ここで寝ていたみたいだ。……おい、ユアン! 朝だぞ! アイリス達が来ているから、そろそろ起きろ」
「ん~……? ……あと、十分……」
「あと十分、じゃねぇ! よだれ出ているぞ!」
レイクのその一言でユアンは跳び起きる。だが、跳び起きつつも自身の口元を袖で拭うことは忘れなかったようだ。
「はっ……。大きなチーズケーキはどこ……!?」
「そんなもん、ねぇよ! あと、髪が乱れているぞ! 整え直せ!」
レイクの言う通り、ユアンの髪はぐしゃぐしゃだ。だが、レイクの方も寝ぐせが変な方向に伸びるようについてしまっている。
「あっ、二人ともおはよう! って、もう朝?」
すっかり目が覚めたユアンは慌てたように身だしなみを整えていく。
「おはようございます。……昨日の任務、大変だったんですか?」
自分達の机に座りつつ、クロイドが何となく二人に訊ねた。
「そうなのよ~。町外れの廃屋に、違法魔法使い達が隠れていてね」
「そこを寝床にしつつ、貴族共に魔法使いの斡旋とかしていたらしい。任務対象の魔具は回収出来たんだが、魔的審査課で調査していた違法魔法使いが一人、捕まらなくてな」
レイクは自分の髪を手で櫛のようにしながら整えて、一つに括る。
「自分達の事前調査不足のせいなのに、俺達が悪いみたいな雰囲気になってさー。……全く、俺達の任務は魔具回収だけなのに」
「本当、最悪だったわ。まぁ、任務続行ってことで昨日は途中で打ち切られたんだけれど。もう、私達には関係ないし」
「夜明け間近まで手伝わされてさ。情報課にちゃんと調べてもらっておけよって、何度思ったことか……」
余程、疲労が溜まっているのだろう。二人の顔色はあまり良くないように見えるが、魔的審査課に対する文句が溢れ出てくるのか、こちらが思っているよりも元気そうだ。
アイリス達も何と返事して良いのか分からず、苦笑いするしかない。
「あの、ちなみにその違法魔法使いって、どんな奴なんですか?」
「んー……。人に対する魔法に規制がかかっているのは知っているよな?」
「はい」
例えで言うなら、相手の記憶を改ざんさせたり、消失させたりすることの出来る魔法は規制対象に入っているため、教団の魔法使いでも許可される案件は少ないほどだ。
「一人、逃げている奴はそう言った規制対象の魔法を使えるらしい。まぁ、これも奴の仲間が口にしていたことだけど」
「確か、名前は……。あ、そうそう。シザール・ハインズって言う名前だったわ」
「もし、この男に関することを耳に入れたら、情報課に教えてやるといい。魔的審査課の奴らが両手を上げて喜ぶぜ」
からかうような口調でレイクは口元の端を上げる。
「シザール・ハインズ……」
初めて聞く名前だ。ハインズという名前にも聞き覚えはない。名前が有名な家や古い血筋を持っている家の出身ではなさそうだ。
「さーて、授業もあるし、シャワーでもしてこようかな」
ユアンは立ち上がり、背伸びする。
「ふぁ……。出席はするが、寝るかもしれん。ユアン、その時は起こしてくれ」
「嫌よ」
レイクも自室に戻るのだろう。まだ眠そうな瞼をこすりながら、立ち上がった。
「あ、そうだ。もし、ブレアさんが出勤してきたら、報告書は夕方に提出しますって言って置いてくれないか」
「分かりました」
「それじゃあ二人とも、またお昼休みに~」
ユアンに続いてレイクも魔具調査課から出て行ったため、その場に二人取り残される。
朝、出勤してやることと言えば、今日の任務の確認や書類整理くらいしかやることはない。
「それにしても、先輩達、凄く大変だったみたいね」
やはり、他の課と協力して任務をしなければならないのは、相手の息にも合わせなければならないので色々と気を遣うのだろう。
「なぁ、さっき先輩達が違法魔法使いって言っていたけど、以前、相手した魔具を売りさばいていた奴らみたいなのと同じなのか?」
「分類的にはね。でも、正確に言えば、自分の使える魔法を売りにしていると言った方がいいかも」
「魔法に自信があるってことか」
「そういうこと。……教団に名前を置いているだけで属していない魔法使いがいるのは知っているかしら。教団からちゃんと許可を取って、魔法を使っている魔法使いの事よ。例えば……水宮堂のヴィルさんみたいな」
アイリスの例えにクロイドは同意するように頷く。
「でも多分、先輩達が昨日の夜に関わった任務には許可を取っていない魔法使いがいたと同時に、許可を取り上げられる魔法使いもいたんじゃない?」
「どういうことだ?」
「魔法を教団側が許可する時に書かされる誓約書にね、魔法を悪用しないって約束させる項目があるの。あと人的被害を出さない、とか。そういう決まりを無視すれば、許可が取り下げられるってわけ」
「なるほど……」
「魔的審査課に兄さんも所属しているって言っていたでしょう? 外国へ逃亡した、違法を犯した魔法使いを指導したり捕まえたりするのが仕事なのよ。外勤の人は凄く忙しいみたい」
「あまり会えなかったのか?」
「まぁね。……そういえば昔、兄さんが入団したばかりの頃に言われたことがあるわ。私が家族を失った時、本当は私を引き取りたかったけど、自分もまだ子どもで力がなかったら、出来なかったって。ごめんなって何度も謝られたわ。……謝る必要なんかないのに」
「……」
アイリスとエリオスは3つ程、歳が離れている。自分が家族を失った時、彼はまだ15にも満たない子どもだったはずだ。
その頃、すでに父親との間に確執が生まれていた彼はすでにブルゴレッド家から出ていた。
母親の実家であるヴィオストル家に籍は置いていたがあまり頼らずに、ブレアの助力を少し得ながら、自らの意思と力で教団に入ったと聞いている。
「でも、私はたまに会えるだけで嬉しかったわ。本当の妹みたいに色々と心配してくれて……」
当時、頼れるのはブレアしかいなかった。
父方と言ってもヴィオストル家は一応、貴族の家で自分の父はほとんど実家とは絶縁状態だったため、頼り難かった。
だが、エリオスはブレアのもとに世話になっている自分の様子をたまに見に来てくれては冗談を言ったり、魔法で楽しませてくれた。
……その時から、真顔で冗談言ったりしていたわね。
昔を思い出して、つい笑うとそれを見たクロイドが穏やかに笑った。
「……今度、エリオスさんにアイリスが小さい頃の話でも聞いてみようかな」
「えぇっ!? ちょ……やめてよ、恥ずかしいじゃない!」
軽くクロイドの肩を叩きつつ、アイリスは頬を赤らめる。
たまにアイリス本人の目の前でブレアとエリオスが自分についての昔話をしているのを思い出し、恥ずかしい思いを何度もした。
「兄さんとブレアさんに言っておかなきゃ。絶対に、クロイドの耳には入れないでって」
アイリスが拳を作ってそう言うと、クロイドは声を上げてしばらく笑っていた。




