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真紅の破壊者と黒の咎人  作者: 伊月ともや
偽りの婚約編
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初登校


 授業を終えて、教団の寮へと帰ろうとしていた時だった。


「アイリスお姉ちゃん!」


 聞き覚えのある明るい声が後ろから聞こえ、アイリスとクロイドは同時に振り返る。

 初等部がある棟の昇降口から、駆けよって来たのは、ローラ達だった。


「ローラ? メドルにトルトも……!」


 リンター孤児院の中で年長である三人が小走りにこちらへやってくる。


「えへへっ! 驚いた? 多分、アイリスお姉ちゃん達がいると思って待っていたの」


 ローラは花が咲いたようににこやかに笑う。


「あぁ、今日から新しい政策が施行されたから、早速登校してきたんだな」


 クロイドは少し離れつつも、穏やかに言った。

 そういえば、女装していない姿で会うのはローラ以外では初めてなので、子ども達にとっては知らない人だからと気遣っているのだろう。


 だが、さすがはリンター孤児院の子ども達。興味があるものにはとことん、突き進む性格の子ばかりなので、トルトがすぐにクロイドの存在に気付く。


「あれ、こっちの兄ちゃんは何かロイ姉ちゃんとアル兄ちゃんに似てるね」


 さすがにどきり、としたのだろう。クロイドはアイリスの方に顔を向けて、助け船を求める。

 クロイドの正体を知っているローラだけは一人、首をすくめて笑っていた。


「そうね。クロイドって言う名前なの。ロイとアルの親戚で、凄くそっくりでしょう?」


「……はじめまして。よろしくな」


「よろしくー!」


 そっくりも何も、「ロイ」はクロイドなので本人に間違いないのだが、その説明でメドルもトルトも納得したようだ。


「ねぇ、アルお兄ちゃんはもう、来ないの? ロイお姉ちゃんも……」


「……二人は凄く忙しいの。その……あ、留学! 他の国に留学しているから、中々帰って来られなくって……」


 アイリスが咄嗟に思いついた言い訳に対して、クロイドが眉を寄せる。彼の瞳は、本当にその設定でいくのかと問うて来ているようだった。


「留学かぁ……。頭良さそうだもんなぁ」


「勉強教えるの、上手かったもんね」


 妙に納得しているようなので、とりあえずは安心だ。アイリスは話題を逸らすように別の話を振ることにした。


「皆、初めての学校はどうだった?」


「あのね、凄いの! 大きい黒板を使うのよ? 席だって、一人一席ずつあるし」


「授業も理科とか図工とか、初めてだったけど、面白かった!」


「孤児院でも勉強していたけれど、やっぱり学校の方が内容が深いし、進んでいるなぁって思ったわ」


 三人は捲くし立てるように今日、何が良かったかということを喋り始める。余程、満足しているらしい。


「……でも、やっぱり孤児院から学校に来ている人は圧倒的に少ないからねぇ……」


 ふっと、メドルの表情が曇る。


「まぁなー。今日、初めて会った奴に、貧乏人って笑われたし」


「そんな事、言われたの!?」


 トルトの言葉にアイリスが目を剝いて、声を荒げると三人は顔を見合わせて、小さく笑い合った。


「別に珍しいことじゃないよ。言われると気分は悪いけど、でも逆に、絶対に見返してやるって思えるもの」


 ローラが鼻を鳴らすように自慢げに言った。


「そうそう。ローラ、凄いんだぜ。他の奴が解けなかった問題、一人ですらすら解いちまったんだから」


「あれは、アイリスお姉ちゃん達に教わっていたから……」


 照れたように言っているが、それでもローラの表情は嬉しそうだ。


「でも、解けない問題の方が多いから、やりがいもあるの」


「あと、今日初めて宿題ってやつをするんだ」


「皆で一緒に考えながらするんだよー」


 三人は何でもないように笑っている。

 子どもは知らないところでいつの間にか成長するものだとよくブレアが言っていたがその通りだと思う。

 そして、この子ども達は逞しく、見ていて輝かしいとさえ思うほど眩しかった。


「そういえば、他の子達は? 学費が無償化されるなら、皆も来ていると思ったんだけれど……」


「今日、掃除当番になったんだって。あとは図書室に行くって言っていたよ」


「年少の子達はまだ、学校には来られないから孤児院にいるよ。羨ましがられちゃった」


「シスター達も凄く喜んでいたよねぇ。シスター・マルーは泣いていたし」


 マルーが嬉し泣きしている姿を安易に想像出来て、アイリスは小さく微笑む。シスター達も、念願だった学校に行かせることが出来て嬉しいのだろう。


 やはり、機会があればアルティウスにお礼を言いたいと思う。この笑顔を見せることが出来れば、彼もきっと自分が行ったことに対して自信を持ち、同じように喜びを実感してくれるはずだ。


「……分からないことや、大変なことがあったら、すぐに言ってね? 高等部と初等部は少し離れているけど、休み時間くらいなら、顔を見にいけるから」


「うん。ありがとう!」


 晴れやかに笑うローラ達を見て、アイリスはほっと胸を撫でおろす。


 だが、瞬間見られているような気配を感じて、ばっと顔を上げて、校舎の方へと視線を移した。

 校舎の窓にはまだ放課後に残っている生徒達が歩いていたり、お喋りをしている生徒達が見えるだけで、特に変なところは見られない。


「アイリス?」


「アイリスお姉ちゃん、どうしたの?」


 子ども達は首を傾げているが、クロイドは何か察したのか、同じように視線を校舎へと移した。


「……アイリス、今日はこの後、何か予定があるって言っていなかったか?」


「え? ……あぁ、そうね。そうだったわ」


 クロイドが咄嗟についた嘘に合わせるようにアイリスも頷く。


「ごめんなさい。他の皆にも会いたいけれど、この後、用事があるの」


「えぇ、そうなの?」


 残念そうにメドルとトルトは眉を下げて、口先を尖らせていたが、アイリス達の事情を知っているローラはすぐに大きく頷いた。


「また今度、孤児院にも遊びに行くから……」


「うん、分かった」


「またね、アイリスお姉ちゃん」


「クロイド兄ちゃんも遊びに来てくれよなー!」


 人に慣れるのが早いトルトがそう言うと、クロイドは苦笑しながら頷く。


「それじゃあ、またね」 

 

 手を振る三人に、手を振り返しつつ、アイリスは歩みを進め始める。少し、遠くまで歩いてから、周りに誰もいないことを確認したクロイドがこっそりと耳打ちしてきた。


「……さっき、どうかしたのか?」


「え? ……大したことじゃないけれど、少し視線を感じたの」


「……視線、か」


 クロイドが何となく周りを見渡す。だが、何も感じなかったのかすぐに視線を戻した。


 ウィリアムズ達の件を思い出し、身震いしそうになる身体を必死に抑え、クロイドに悟られないように平静を装う。

 心配をかければかけるほど、クロイドに迷惑をかけてしまう。


 ……どうすれば、終わるのかしら。


「早く、帰りましょう。明日の任務の準備をしないと」


「そうだったな」


 少し早足にアイリスは歩き始める。

 だが、平静を装っていても、ブルゴレッド家の魔の手から逃れる最善の策は、何度考えても浮かんでは来なかった。


  

 

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