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「──おい、二人とも! 大丈夫か!? 大丈夫なら、こっちに来てくれ。俺の結界よりも精神の方がそろそろ限界なんだけど! 俺の母親がすごい勢いで殴ってきているように見えるんだけど!」


 ばっと視線を向ければ、ルオンが剣の柄を掴みながら、結界が壊れないように魔力を注ぎ続けていた。


 自分達の目には魔犬が結界を破ろうと殴っているようにしか見えないが、ルオンが見ている幻に置き換えると何とも複雑な光景だなと思えてきてしまう。


「待たせてごめんなさい。もう、平気よ。戦えるわ」


 アイリスはすぐにルオンの元へと寄った。


「攻撃は私がするわ。クロイドは私の援護を。ルオンは状況に応じて結界を張ってくれる?」


「了解」


「お前ら……攻撃できるのか? この魔物が親の仇に見えるなら、怖いんじゃないか?」


 ルオンが心配そうにアイリス達の方を振り返る。アイリスとクロイドは顔を見合わせて、それから少し強張った表情で苦笑した。


「ええ、でも……。魔犬よりも怖いと思えるものの方が大きいから」


「……ふーん。まぁ、さっきよりは良い表情しているように見えるぞ」


 ルアンは視線をジュモリオンへと戻す。


「でもまぁ、俺もそうだな。あいつらを簡単に死なせるわけにはいかないからな」


 すっとルオンの表情が厳しいものへと変わった。どうやら、彼も自分達と同じ気持ちのようだ。


「行動パターンを見ていたが、幻を作りだす以外に攻撃の種類が多いわけじゃない」


「つまりは、少々手が出しづらい魔物ということか?」


「多分な。……だが、心が負けるというジュモリオン独自の契約が、どの範囲まで効いているものなのかが気になる。一発、攻撃を食らっただけなのか、それとも気絶するまでか……」


 ジュモリオンに聞こえないように三人は目配せしつつ、早口で話す。


「とりあえず、あいつを倒せばいいんでしょう? あ、でも、倒しちゃったら、魔具の方に影響あるかしら……。回収できずに魔具破壊になったら、ブレアさんに怒られるかも……」


 別の心配が出て来たアイリスに対して、クロイドは軽く苦笑する。


「確かに封印できるに越したことはないが、ブレアさんも言っていただろう。……あとは、俺達の判断で動けって」


「ブレアさんが言っていた自己判断で動けって命令は、破壊してもいいという許可じゃないわ……」


「あーぁ、もう! そんなのどうでもいいから! 俺の結界、一度解くからな! 攻撃、来るから準備しておけよ!」


 ルオンが呆れたように叫び、地面に突き刺していた剣を抜く。瞬間、ジュモリオンとの間を隔てていた結界が消え、彼の攻撃が一番近くにいたルオンへと伸びてくる。


「このっ……」


 ルオンが剣を握り返すよりも早かったのはアイリスの剣だった。ぎりぎりのところでジュモリオンからの攻撃をアイリスは剣一本で受け止める。

 ジュモリオンは魔犬の姿のまま、大きな腕を振り下ろそうとしていた。


「おやぁ? 君の力はこれが精一杯なのかい?」


 姿と軽い口調が一致していないが、それでも声色は変わらない。

 アイリスは剣を両手でしっかりと握りしめ、両足で踏ん張るようにしながら、ルオンの体勢が立て直されるのを待つ。


「甘く、……見ないで頂戴」


 ルオンが後方に下がったのを確認してから、アイリスは交わっていた剣を振り払った。


曇りなき氷刃クリスタ・グラッフィロ!!」


 アイリスのすぐ真横を氷で作られた鋭い剣が弾丸のように通り過ぎ、ジュモリオンの頭目掛けて突き刺さる。


「っ……。冷たいなぁ……」


 不満そうな声を上げつつ、ジュモリオンはアイリス達を見下ろしていた。

 クロイドの攻撃をぎりぎりの所で、腕を盾にして防いだのか、彼の顔どころか頭には傷一つ付いてはいなかった。


「中々、頑丈な身体だな……」


 面倒そうにルオンが舌打ちする。


「それにしても、奇妙な光景だぜ……。自分の母親が、腕一本で攻撃を防いでいるんだからよ……」


「私達より、あなたの方が攻撃しにくいんじゃない?」


「そりゃあ、しにくいってもんじゃないけどさ……。でも、こいつを倒さないと、俺の仲間は助からないからな。……アイリス、クロイド。俺がジュモリオンを囲うように結界を張って、それで奴を直接、封印をすることは出来るか?」


「……出来ないことはないが……ある程度弱らせないと、対抗してくる力によって、封印の呪文が跳ね返されるかもしれないな」


「そうね……」


 以前、悪魔メフィストフェレスを封じた際も、アイリスの攻撃である程度、弱らせてからクロイドによって封印してもらった。


「やっぱり、立ち上がれなくなるまで、攻撃するしかないわね」


 アイリスはすっと剣を構えてから、踵を三回鳴らし、弓矢のようにジュモリオンへと突っ込む。

 剣先が胸に刺さったと思った瞬間、目の前の彼はにやりと笑った。


「っ、と……! 凄い速度だね。でも……それは残像なんだ」


「っ!」


 確かに剣が相手に刺さったという感触はなかった。目の前にいたはずのジュモリオンはすっと姿を消して、1メートル程隣へといつの間にか移動してしまっている。


 不気味な笑みを浮かべたジュモリオンの空いている右手が、アイリスの身体を叩きつけようと振り下ろされていた。それを寸での所で剣を盾にして、すぐさま力の分散を図った。


「っく、はっ……!」


 しかし、それでもアイリスの身体はそのまま勢いよく横へと吹っ飛んでしまう。


 だが、ただで倒れるわけにはいかないと気力で持ち直し、地面を一度、強く蹴ってから、太い木の幹へと軽く着地する。

 そのまま一回転してから、地面の上へと何事もなかったかのように足を着けた。


「わぁ、すごいね! 軽業師みたい!」


 何が面白いのか分からないが、ジュモリオンが愉快そうに笑う。


「……でも、何度殴ったら、跳べなくなるかなぁ?」


 その一言がひどく不気味に聞こえ、身体中に悪寒が走り、アイリスはすぐに後方へと逃げるように跳び下がった。


「アイリス、平気か!?」


 クロイドがすぐに駆け寄ってこようとしたので、それを空いている左手で制す。


「平気。どうってことないわ。でも、少し厄介ね……」


 前方にいるジュモリオンはゆらゆらと動きつつ、こちらの反応を楽しむように歩いてきている。


「攻撃しても、上手く避けられてしまうわ。作られた幻相手に無意味な攻撃をしているのと一緒だもの。これじゃあ、何度試しても逃げられるばかりね」


 相手を確かに攻撃したと思っても、いつのまにか作られた幻によって、攻撃対象が換わってしまっており、これでは何もない空間に攻撃しているのと同じだ。


 傍から見れば、間抜けな奴だと思われる光景が目に浮かぶ。


「……だから、一つだけ策を思いついたの」


「何?」


 ジュモリオンの動きを監視しつつ、アイリスは早口でクロイドとルオンへと告げる。しっかりと決意したアイリスの瞳は月の光によって、淡く光っていた。


「ルオン、私をジュモリオンと同じ結界の中に閉じ込めて欲しいの」


 

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