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正体

   

 村長の家から飛び出した三人は、暗闇に覆われた道の先を見ようと目を凝らす。


「……いるな」


 アイリスの隣でクロイドがぼそりと呟く。

 魔力を感じ取れないアイリスも何かを探ろうと気配を探した。生ぬるくも感じる風が、肌に纏わりつき、気持ち悪い。


「……出てきやがれ!」


 ルオンが暗闇の空に向かって叫ぶ。

 アイリスとルオンは剣を抜き、クロイドはいつでも魔法が使えるように腕まくりをした。


 瞬間、急に目の前の空間が歪んだように見えた。


 周りの木々がどこから吹いているのか分からない風によって、激しく揺れる。風は木の葉を纏い、小さな竜巻を作りつつ、アイリス達の前へとふっと姿を現した。


 ふわりとその場に降り立ったのはマティだ。

 いや、正確に言えば、マティの姿をした魔物と言うべきだろう。


 彼はその幼い容姿に似合わないほど、口元は不気味な弧を描いている。すっと、細められた瞳はこの場にいる誰よりも、冷たく光っていた。


「あーぁ。見つかっちゃったか」


 その声を聴いた時、アイリスは何となく思い当たるものがあった。

 夢の中で見た、暗闇で響いていた声。それはこの偽物のマティが発した声と同じように思えたのだ。


「人間は間抜けだから、もう少し騙せると思ったんだけどなぁ」


 まるで子どもが愉快な遊びを楽しんでいるかのように、彼は無邪気に笑う。だが今は、その無邪気さが恐ろしくも感じられた。


「……あなたは、何者なの? 村の人達に一体何をしたの?」


 剣先を向けつつ、アイリスは強めの口調で問いかける。


「ふふっ。……君達が思っている通り、僕は魔物さ。でも、そこらにいる弱い奴とは違うんだ」


 マティと同じ顔なのに、どうしてここまで不気味に見えるのだろうか。

 アイリスは魔物が愉快げに笑う表情を見ては、嫌悪感を表すように顔を顰めた。


「僕の名前は『幻影を分かつ者(ジュモリオン)』。でも、鏡としての名前は『二幻鏡(にげんきょう)』」


 ジュモリオンと名乗った魔物は身体をくるりと一回転させる。

 ふっと、気付いた時にはマティではなく、アイリスの姿をしていた。


「っ!」


 見た目も身長も服も、自分と何一つとして違いがなく、全て同じものだ。

 気味悪さを感じたアイリスは表情を引き攣らせる。


「名前の通り、幻を映すのが得意なんだ」


「それじゃあ、俺達が今見ているお前の姿も幻だって言うのか?」


 ルオンはぎゅっと剣の柄を握り直す。


「そうだよ。僕には固定された姿がないんだ。それでも鏡に封印を施されてしまうと、僕自身も動けないからね。マティが僕を外に連れ出してくれて、本当に助かっちゃった」


「……マティの魔力を利用したというの」


「うん。時間が経っているし、封印した人間も死んでいるみたいだったから、もう一押しで解けそうだったんだけど、さすがに自力では解けなくてね。ほら、鏡に呪文が書かれた紐が結ばれていただろう? やっぱり外側からじゃないと解けなくてさ。……まぁ、誰でも良かったんだけど、やっぱり子どもはいいね。素直で単純で、好奇心の塊だし、しかも魔力を持っている。……魔力の使い方が分かっていないみたいだったから、気付かれないように彼の力を上手く利用させてもらったよ」


「……」


 以前、ローラがメフィストフェレスに魔力を使われ、封印が解かれた状況と同じように、ジュモリオンの封印も解かれたらしい。


「……鏡が本体か」


「そうだね。だから、鏡が割れたら、僕は死ぬ。でも、せっかくマティが封印を解いてくれたからね。……ここで簡単に大人しく封印され直す気は更々ないんだ」


 そう言って、ジュモリオンは口の端から端までを尖らせるように笑った。

 だが、彼の身体のどこに鏡が隠されているのかまでは分からない。


「ちょっと! 私の顔で遊ばないで頂戴!」


 自分の顔が不気味に笑うところなど見たくないし、クロイドに見せたくはない。


「えぇ? ……仕方ないなぁ」


 彼の身体にふっと風が纏い、次の瞬間、再びマティの姿へと戻る。


「……お前の望みは何なんだ? 村人を……俺の仲間に何しやがった!?」


「ふふっ。良い顔をしているね。……僕はね、ずーっと外に出ることを望んでいたんだ。昔、ほんのちょっと悪戯しただけで、封印されたんだよ? もう、毎日、暇で暇で……。だから、いつか外に出られたらお返しに、絶対に村人と遊ぶって決めていたんだ」


 彼は魔物のはずだが、どこか悪魔メフィストフェレスを彷彿とさせる雰囲気を持っていた。


 魔物の中には悪魔へと身を移すものもいると聞く。この魔物も、悪魔の一歩手前なのかもしれない。


「遊ぶだと……? 村人達をあんな姿にしておきながら、よくそんな事が言えるな」


 冷静にも見えるが、怒りに満ちている語気でクロイドは言い放つ。

 それでも、ジュモリオンにはクロイドの睨みは全く効いてはいないようだ。


「長年、閉じ込められたんだ。村人全員に……いや、この村に関わる人間、全員に復讐しないと気が済まないね。……それと一つだけ教えてあげるけど、もう遊びは始まっているんだよ?」


 小さく首を傾げながら、ジュモリオンはにやりと笑う。


「何……?」


「さっき見たと思うけど、みーんな、冷たくなって、動かなくなっていたでしょう? あれ、僕と仮契約している状態なの」


「……どういうことよ」


「僕はその人の瞳に、相手にとって最も恐ろしいと思えるものに変化、というよりも幻を見せることが出来るんだ」


「……!」


 やはり先程の魔犬は彼によって、作り上げられた幻だったということだ。


 ……最も恐ろしいと思えるもの、か。


 つまり、自分もクロイドも魔犬のことを恐ろしいと思っていたことで、同じ幻が見えていたということだろう。


「この遊びにはね、僕が作った魔法が組み込まれているのさ。相手の心が僕の幻に負けたら、僕に魂を捧げるという契約魔法なんだよ。……でも、遊びはまだ終わっていないからね。だから、冷たくなった村人達はまだ生きている状態なのさ。僕を倒せばその契約はもちろん解けて、元に戻るけどね」


「なっ……! そんな勝手なことを……! お前を封印した人間とは関係ない人間相手にか!?」


「そうだよ。だって、その方が面白いだろう? これは僕と村人達の命を懸けた遊びだもの。──あぁ、もちろん、逃げられないように村には結界を張っているよ。だから、他の魔法使いの助けなんて来ないし、どちらかが勝つまでこの遊びは終わらない。僕を殺して、人間を守るか。それとも恐怖に負けて、魂を捧げるか」


 村の掟はこのジュモリオンを外に出さずに封印し続けるためのものだったのだ。だが月日が経って、正しい言い伝えが伝わらなくなってしまったのだろう。


 彼を封印していた鏡は倉庫の奥底に眠っていたはずなのに、偶然にも見つけられ、そして封印が解かれてしまった。


「ちなみに朝日が昇るまでに僕を殺せなかったら、君達の負けだ。仮契約している人間の分の魂をもらうし、君達の心が僕の幻に負ければ、村人全員の魂を持って行く」


 ジュモリオンは両手を広げて、アイリス達を見下すように思いっきりに笑った。


「さぁ、恐怖に満ちたあの表情を僕に見せてくれ! 何とも言えないくらいに美しい表情を! 僕の孤独を埋めるほどの、絶望を! そして──」


 彼はうっとりとした表情で、不気味な笑みを浮かべる。



「──死んでくれ」



 囁くような声が静かにその場に響き渡った。

  

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