発見
三人は息を潜めつつ、村長の家へと急いだ。
室内にはまだ、先程と変わらぬ姿の村長達が床の上に倒れている。それをルオンは悔しげに見つめていた。
「こっちがマティの部屋よ」
アイリスはマティの部屋の扉を数回、ノックする。
「マティ、私よ。アイリスだけれど。……少し確認したいことがあるの。部屋に入ってもいいかしら」
だが、マティの部屋から返事は返ってこない。不思議に思ったアイリス達は顔を見合わせる。
部屋から出てはいけないと伝えておいたが、マティの身に何かあったのだろうか。
アイリスはもう一度ノックしてから、部屋の中から返事が聞こえないのを確認して、扉を勢いよく開けた。
「……マティ?」
そこには誰もいない空間が広がっているだけだった。先程、マティが部屋の端で布団に包まって震えていたが、それは自分の勘違いだったのではと思える程、そこに彼がいたという痕跡はなかった。
「おかしいわ……布団がベッドに戻されている」
ベッドに乱れた様子は見られない。
「見間違いではないはずだ。俺も確かにマティが布団に包まっているのを見たぞ」
「マティがどこかに行ったということか?」
「それだけじゃないわ。……まるで、最初からこの部屋にはいなかったんじゃないかって思えるくらいよ」
確か先程マティと会った際には、彼はそれまで寝ていたと言っていた。寝ていたが、家の中に魔物が入ってきて、家族を襲ったのだと。
「あっ! 鏡は……」
マティは鏡を布で包んだものをクローゼットに入れていたはずだ。アイリスが急いでマティの衣服が入っているであろうクローゼットを思いっきり開く。
「っ!」
アイリス達はそこで固まった。クローゼットの中にいたのは、ぐったりと壁にもたれて目を閉じているマティだった。
「マティ!」
アイリスはすぐに彼に手を伸ばす。マティもまた、村長達のように身体が冷たく、反応がない状態になっていることに気付いた。
「な……。どういうことだよ、これ……」
ルオンも信じられないと言わんばかりに冷たくなったマティを見つめている。
アイリスは悔いるように、唇を噛み締めた。どうしてマティがこんな姿になっているのか。
「とりあえず、ベッドへ運んであげよう」
クロイドはアイリスに自分が代わるからと、マティを抱きかかえ、ベッドの上へとその小さな身体を横たえた。
それでもマティは目を覚まさない。
「マティ……」
呼びかけに応じることのない、マティの頭をアイリスはそっと撫でる。
「何で、こんな子どもまで……。何が起きているっていうんだ……?」
「分からない……。ただ、このマティの姿を見て、一つだけ確信したことがある」
クロイドの言葉にアイリスは頭をばっと上げた。
「先程、俺達が見た震えているマティは、このマティではなかったのかもしれない」
「どうして、そう思うの」
「マティが言っていただろう。……自分はこの部屋から、魔物が家族を襲うのを見た、と」
「ええ」
「じゃあ、どうして一度この家を襲った魔物が、俺達がここから去った後に再び、マティを襲いに来たんだ? わざわざ二度手間になるようなことはせずに、マティの存在に気付いた時に襲うはずだ」
「……」
クロイドはクローゼットの中を手探りで探っている。そして何かを見つけたのか、彼はそれを手に取って、アイリス達に見せた。
「……これはマティが鏡を包んでいた布だ。これだけ、ここにある」
マティはここにいるというのに鏡だけが見当たらないということは、何者かに持ち去られたことを意味している。
何か恐ろしいことを告げられたように感じたアイリスは、クロイドの言葉を心の中で思い出すように繰り返す。
「そして、マティは隠されるようにクローゼットの中にいた」
「……魔物から逃れるために隠れていたのかもしれないだろう」
少し首を傾げながらルオンは抗議する。
「その可能性はもちろんある。……だが、このクローゼットは……」
クロイドは身体を縮ませて、クローゼットの中に入り、戸を閉めようと試みてみる。
「……あっ!」
すぐに気付いたアイリスは声を上げた。クローゼットの戸は片方だけなら閉めることは出来るが、もう一枚の戸は開いたままだ。
つまり、内側から両方の戸を閉めることは出来ず、誰かの手によってでなければ、閉まらない仕様となっているらしい。
アイリスがこのクローゼットを開けた時、両方の戸はぴったりと閉まっていた。
それはマティが一人でクローゼットの中に入ったのではないということを示していた。
「このクローゼットと同じ製品のものを知っている。それは内側からだと戸が閉められないようになっているんだ。恐らく子ども用だから、子どもが中に入って、出られなくなったりすることを防ぐために、そういう仕掛けになっているんだろう」
「……クロイドも昔、クローゼットに入ったことがあるの?」
「……昔、かくれんぼをしたりして遊んでいたんだ」
少し気まずそうにクロイドは呟いたため、アイリスはなるほどと軽く頷き返した。きっと、彼が小さい頃に王城で、弟のアルティウスと一緒に遊んだ際のことを思い出したのかもしれない。
「もし、マティも村長達と同じように魔物から何かしら攻撃を受けているのであれば、床に倒れていてもおかしくはない。それなのに、わざわざクローゼットの中にマティを隠したのには理由があるんじゃないか?」
そこでルオンも何かに気付いたのか、眉に深く皺を寄せる。
「まさか……。マティを知っている人間に見つかったら面倒だから、か?」
こくりとクロイドは頷く。
「これはあくまで推測だ。……だが、俺達がさっき会ったマティが別人だったとしたら……。マティが二人いたら、もう一人は偽物だってすぐに分かってしまう。だから、このマティをクローゼットへ隠して……」
「マティのふりをしていたって言うの!?」
思わず声を荒げてしまうアイリスに対し、クロイドは冷静に頷いた。
「……そいつにどういう目的があって、マティのふりをしていたのかまでは分からないが……。次に会った時はそいつが間違いなく偽物だということは分かるだろう。……そして、あの鏡も関係していたってこともな」
「はぁー……。これだけの証拠でよくそこまで推測出来るな」
感心したようにルオンは溜息を吐いてクロイドを見ている。
「……状況証拠から推測したに過ぎない。あくまで、推測の範囲からは出ないからな」
「でも、次にこの場所以外でマティに会った時はそいつが偽物で、さらには魔具の鏡が関係していて、魔物の可能性だってあると分かったんだから十分にお手柄だと思うわ」
ルオンから感心されても表情を動かさなかったクロイドだが、アイリスから褒められると少し嬉しそうに頬を指で掻いていた。
「……敵は人の姿に変えられる力を持っているかもしれない」
「それなら、魔犬にも姿を変えることが出来る可能性もあるってことね」
「姿だけならいいんだけれどなぁ。厄介な魔物に変身とかされて、さらにその魔物の力も操れる、なんてことがないと良いんだけど」
ルオンの言葉にアイリス達は気まずそうに顔を見合わせる。確かにそれもそうだ。
「どちらにしても、あの鏡に関係している魔物がどのような力を持っていて、村人達に対して何をしたいのかが分からない以上、慎重にいったほうが良いだろう」
「……知り合いにでも変身されたら、戦い辛くて仕方がないでしょうね」
同意するアイリスに対して、ルオンは曖昧に苦笑する。
「そうだよな。自分の家族や恋人なんかに変身されると、戦意が削がれそうだし」
アイリスは冷たくなったマティの身体の上に布団をそっとかける。
夕方に見せてくれた笑顔はそこにはない。
「……すぐに魔物を倒して、助けてあげるからね」
人形のように冷たい手にそっと自分のものを重ねて、祈るように呟いた。
瞬間、クロイドとルオンは何かを感じ取ったのか、険しい表情をする。
「どうしたの」
「魔力を感じた。すぐ、近くだ」
アイリスは素早く、腰に差している剣に手をかける。
「行くぞ!」
ルオンの後ろに続くようにアイリス達は村長の家から飛び出た。




