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戯れ

   

 ミレットから指定された宿屋に着いたはいいが、アイリスは衝撃的な話を宿屋の店主から聞かされることとなった。

 ミレットによる部屋の予約は二人用の一室しかされていないという。もちろん予算を考えたなら、二人で一室の方が格段に安い。


 別にクロイドと一緒の部屋ということに文句は言わない。以前、孤児院に潜入した時も、王宮に潜入した時も、同じ部屋で寝ている。

 だが、問題はそれではないのだ。


 今は、前とは違う。

 だから、妙に意識してしまうのだ。


 アイリスは部屋の扉近くの壁の端に枕を持って座り込んでいた。


 部屋の内装はというと少し年代が経っているようだが、隅々まで綺麗に掃除されているようだ。ベッドが壁際に二台並べられており、真ん中に小さなテーブルと椅子が置かれている。


「……そんなに部屋の端に行かなくても、何もしないぞ」


 からかうような口調でクロイドがこっちに来ればいいのにと笑っている。


「……絶対、わざとに決まっているわ。あとで、ミレットに問い詰めてやるっ……」


 頬を膨らませて、アイリスは出来るだけクロイドと視線が合わないようにしていた。


 電灯の灯りが薄暗いがそれでもクロイドの顔を見るには十分だった。ちらりと視線だけを向けると、彼は困ったように微笑んでいた。


「……クロイドは嫌じゃないの?」


「むしろ、どうして嫌だと思うところがあるのかが分からないな」


「……」


 この天然たらしめ、とアイリスは小さく睨む。

 駄目だ。余計に意識してしまう。


 別にクロイドが自分に許可なく何かするとは思っていないが、それでも一緒の部屋に二人きりで寝るということにどのような意味があるのか彼は分かっているのだろうか。 


 いや、二人きりと言ってもベッドは別々だ。正確には部屋が一緒ということだけだ。

 そうだ、特に問題はないはずだと自分に言い聞かせてみる。


 ……それに一人で悶々と考えている方が逆に恥ずかしいわ。もっと、クロイドみたいに平静でいられるようにならないと。


 心の中で何とか自分を説得していると、ふっと視界の端でクロイドがわずかに動いたように見えた。

 彼は右手で口元と鼻を押さえるように覆っている。


「……?」


 よく見ると、彼の顔も赤いように見える。いや、顔だけではなく、耳まで赤い。それはつまり──。

 その表情を見たアイリスは更に林檎のように顔を真っ赤にさせる。


「どうして、あなたまで照れているのよ!」


 持っていた枕をクロイド目掛けて、思いっきり放ったが彼はそれを右手でいとも簡単に受け取ってみせる。

 表情から察するに、彼も自分を意識しているらしい。


 アイリスはそのまま顔を隠すようにベッドの上へと飛び込んだ。突っ伏しつつ、ちらりとクロイドの方を見ると、彼の頬はまだ赤いがそれでも恥ずかしがっているアイリスを見て、穏やかに笑っているように見えた。


「仕方ないだろう。普通、好きだと思っている相手と一緒の部屋で寝るとなれば、誰でも恥ずかしい気持ちと嬉しい気持ちが混ざり合うと思うが?」


「わっ、分かっているわよ! だから、意識させるようなことを言わないで頂戴!」


「意識してくれているんだな」


「そりゃあ、そうよ! しない方が無理だわ! 以前と今では全く、関係性が違うもの!」


 顔をベッドに押し付けつつ唸っていると、背後に気配を感じ、そのまま仰向けになるように咄嗟に身を翻した。


 自分の顔の横にクロイドの右手がいつのまにか置かれており、彼の片足が膝を折る様にベッドの上へと上がっている。顔は近い。


 彼は不敵な笑みを浮かべながら、自分の身体に触れないように覆いかぶさっていた。


「っ!」


 思わず引き攣ったような、驚いたような、言葉にならない声がアイリスから漏れる。


「……何か期待しているのか?」


 低い声で、そっと囁かれる。まるで魔法をかけられたかのように身体は動かなくなり、全身に熱が一気に伝わっていく。


「……にっ、任務中でしょうがっ!」


 自分の口から何とか絞り出すように出たのはその言葉だった。


「それじゃあ、任務中でなければいいんだな?」


 クロイドの不敵な笑みはかなり余裕ありげに見える。その表情が年頃の少年ではないように見えて、アイリスはそれ以上意識しないように目を瞑った。


「そういうことじゃなくて……。……もうっ、クロイドっ!」


 叱るように声を上げると、頭上からは小さな笑い声が突然聞こえたのだ。


「……クロイド?」


 突然、笑ってどうしたのかと、アイリスは薄っすらと目を開けていくと、そこにはベッドの上に腰を下ろし、口を手で押さえながら笑っているクロイドの姿があった。


 余程、楽しいのかもしくは面白いのか分からないが、クロイドは少し涙目になりながら笑っている。


 ぽかんと口を開けてそれを暫く見ていたアイリスだったが、クロイドが自分をからかっていたのだとすぐに気付き、飛び上がるように身体を起こす。


「もうっ、クロイドったら、酷いわ! また、私をからかって遊んだわね!」


 拳を作り、彼の胸辺りを軽く叩く。


「……ふっ……。すまない。つい、やり過ぎてしまった」


 アイリスが頬を膨らませて小さく睨むと、彼は右手をぽんっとアイリスの頭の上に乗せてくる。


「アイリスの反応が可愛くてな」


 でも、と彼は付け加えるようにこっそりと呟く。


「意識してもらえるのは嬉しいが、これ以上の続きは大人になってからだな」


「っ!」


 そう言って、どこか意味ありげな笑みを浮かべるクロイドの表情はいっぱしの大人のように見えてくる。


「クロイドのばかっ!」


 アイリスは渾身の力を込めた拳をクロイドに向かって放つが、それさえも軽く躱されてしまう。普段から一緒にいるだけあって、動きが読まれているようだ。


「さて、そろそろ寝ないとな」


 クロイドはそう言って立ち上がると、アイリスがクロイドの方へと投げていた枕を手に取り、アイリスのベッドの上へと戻してくれる。


「ああ、それともう一つ。アイリスの許可なく、何かしたりはしないから、安心して寝ていいぞ」


「クロイドっ!」


「ははっ……。おやすみ、アイリス」


「……おやすみなさい」


 クロイドの手によって、電灯が消される。窓から零れる光は月によるものだ。アイリスは身体を横にしつつ、布団を被る。


 ……まだ、心臓の音が激しいままで鳴りやまないわ。


 多分、すぐには寝付けないだろう。自分ばかり恥ずかしい思いをしていることに不満なアイリスは、明日はクロイドよりも早く起きて、寝顔をたっぷり見てやろうと密かに心に誓うのであった。

   

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