マティ
村長であるハディの家へと招かれたアイリス達は、ハディの息子夫婦に挨拶をした。息子夫婦はアイリス達を大いに歓迎し、ヴァイデ村の郷土料理などでもてなしてくれた。
孫のマティはまだ緊張しているのか終始無言だったが、それでもアイリス達が話す世間話の内容に興味があるのか、耳を傾けているようだった。
食べた料理に使われている材料のほとんどを村内で作り、賄っているという。観光に力を入れていると言っても、名所と言える場所はないため、穏やかな風景や豊富な料理などで遠路はるばるやって来た旅行者達をもてなしているらしい。
料理を食べ終わり、雑談をしている時だった。隣接する部屋の扉の陰に隠れているマティがこっちにおいでと手招きしてきたのだ。
どうやら、自分達に合図を送っているらしい。
「すみません、ちょっとマティと話して来てもいいですか?」
アイリスはハディの方へと振り返る。
「おぉ? どうぞ、どうぞ……」
人見知りをする孫が客人と話したいというのだから、ハディも嬉しいのだろう。穏やかに笑みを浮かべて、どうぞと手で示した。
アイリスとクロイドは軽く頭を下げてから、マティの部屋の中へと入っていく。ぱたり、と扉を閉めるとマティは何か言いたそうな顔をしていた。
「どうしたの、マティ?」
「あの、あのね……」
「うん?」
アイリスは出来るだけマティの目線になろうと、背を屈めた。
「お姉ちゃん達にね、内緒の宝物を見せようと思って」
「内緒の宝物?」
アイリスとクロイドは何だろうかと顔を見合わる。
「すっごく、綺麗なんだ。きらきらしてて」
そう言って、彼はクローゼットの中から布の包みを取り出した。それを彼の机の上へと持ってくると、包みをそっと開いていく。そこにはさらに古い布が巻かれており、マティはそれを躊躇なく、開いた。
そこにあったのは両手に収まる程の大きさの、蔦の装飾が施された楕円形の鏡だった。年代物にも見えるそれは、縁の部分は金属で出来ているのか、少し錆びているようだ。
だが、ただの鏡ではない。鏡となって反射する部分は、自分達の顔を映しているにも関わらず、何故か七色に光っていたのだ。
「ほら、凄い綺麗でしょう?」
「まぁ……珍しい鏡ね」
クロイドもアイリスの感想に同意なのか、軽く頷いた。
本当に綺麗な鏡だ。磨き直せば、普段用に使えるだろう。でも、これはどちらかと言えば、観賞用や飾りとしての鏡なのではないだろうか。
「でも、どうしてこれを私達に見せたかったの?」
「えっと、あのね。僕、村の外のお話を聞くのが好きなんだ。それでね、お姉ちゃん達の話がすごーく面白かったの。だから、そのお礼」
アイリス達と話すことに慣れたらしく、マティは先程よりも緊張が解けたのか、自然と笑っていた。
「あ、だけどお爺ちゃん達には秘密にしておいてくれる?」
「あら、どうしてかしら?」
「実はね……これ、村の倉庫からこっそりと持って来たの」
その言葉にアイリスとクロイドは再び顔を見合わせる。
「なぁ、マティ。村の倉庫は誰でも入れるものなのか?」
クロイドが何かを疑問に思ったのか、出来るだけ穏やかに問いかける。
「え? 入れるよ。昼間はずっと開いているし、中は凄く広いんだ。だから、友達と一緒にかくれんぼとかして遊んでいるよ。あ、でも、大人に見つかるとすごーく、怒られるんだ」
村の共同の倉庫というくらいなら、色んな物が保管され、凄く広い場所なのだと思う。そんな場所が昼間は開けっ放しだというのならば、好奇心旺盛な子ども達にとっては、遊ぶには打って付けの場所だろう。
「この鏡、村のものじゃないの? 勝手に持ってきて、良かったの?」
「……うん、だから秘密。あ、もちろん後で元の場所にちゃんと戻すよ! でも……もうちょっとだけ、こうやって見ていたいんだ」
七色に反射する鏡は吸い込まれそうにさえ見える。人を魅了する物は魔具の可能性が高い。クロイドの方に視線を向けたが、彼はどっちつかずと言った表情で眉を寄せているだけだ。
「……お友達は、マティがこの鏡を持ってきたことを知っているの?」
「え? ううん。知らないと思うよ。だって、こっそりと持ってきたもん。あ、でも……」
そこでマティは初めて不思議なものを見たような顔をする。
「最初、倉庫でこの鏡を見つけた時、同じようなのがもう一枚あった気がするんだ。……だけど、どこかにいっちゃって」
「えぇ!? 駄目じゃない……」
「う、うん。だから、ちょっと困っているんだ。多分、倉庫の中にあるのかもしれないけど、探しても見つからなくって。それでね、お姉ちゃん達は魔法が使えるんでしょう? ……もし、良かったら、明日倉庫に入る時に、ついでに魔法でもう一枚、鏡がどこかにないか探してもらいたいんだ」
なるほど、それをお願いするためにこっそりと自分達を呼んだらしい。確かに村の物を勝手に持ち出した上に失くしてしまっては、怒られるのは確実だ。
それを魔法が使える村の者に探して欲しいと頼めば、祖父である村長の耳に入ることもあるだろう。それなら、村の人間ではない自分達ならと希望を持たれたのかもしれない。
だから、自分の悪事が知られる前に元に戻したいが、あったはずのもう一枚の鏡がないため、戻すに戻せないと言った所だろうか。
アイリスは困ったものだと小さく苦笑した。
「じゃあ、一つだけ、私と約束してくれる?」
「約束?」
「ええ。……今度はこっそりと持ち出したら、駄目よ? 村の物だといっても、あなたの物ではないもの。大切にされているものもあるはずよ。壊してしまったりしたら、大変なことになるでしょう? ……今後は村の物を勝手に持ち出したりしないって、私と約束してくれるなら、その鏡を探してもいいわ」
「本当っ? ……分かった。僕、ちゃんと約束守るよ。もう、勝手なことしないって、約束するっ」
マティの目はきらきらと輝き、大きく頷き返した。やはり、彼にも後ろめたさはあったようだ。
アイリスは穏やかに苦笑して、彼の頭を軽く撫でた。
「さて、それなら明日は朝一番で、倉庫の中で鏡を探さないとね。マティも手伝ってくれる?」
「うん!」
「ありがとう。それじゃあ、早めに休んで、明日に備えてね」
マティは余程、鏡を探してもらえることが嬉しかったのか、何度も頷いている。アイリスは小さく笑い、お休みと言ってからマティの部屋を出た。
ハディ達に明日は早く起きるからと、夕食のお礼を言って、今日はもうお邪魔することにした。
・・・・・・・・・・・・・
宿へと向かう途中の帰り道、すっかり日が暮れていたが、家々から漏れる灯りのおかげで道はそれほど暗くはなかった。
「……クロイド、さっきの鏡、どう思う?」
「いや、それが……魔力は感じられなかった、と思う」
「思う?」
「妙な感じはしたんだが、力を探ろうとしても探れない感じだったんだ」
「そう……」
口元に手を当てつつ、考える。そういえば、ハディに受け取る魔具がどのようなものかを聞いていなかった。
もし、あの鏡だったとすれば、もう一枚の鏡を失くしてしまっていることが知られてしまうだろう。
だが、魔具だと分かっている時点で魔力は感じられたはずだ。そうでなければ、これは魔具だと分かりようがない。
……つまり、あの鏡は魔具ではない、ということ?
一人で考え込み始めるアイリスの背中をクロイドがぽんっと軽く叩く。
「気負わなくても、明日になれば分かることだ」
顔を見ると、ほんのりと目元が優しく笑っていた。
「……そうね。探すと言っても、魔具じゃないなら、難しそうねぇ。あなたの嗅覚でどうにか探せない?」
「人の匂いなら区別が付くが、物に対してやったことはないからな……。まぁ、一応やってみるよ」
「ふふっ、ありがとう」
そこでアイリスは何となく視線を感じて、立ち止まる。
「どうした?」
「え? ううん、何でもないわ」
「そうか?」
後方から、誰かに見られている気がしたのだ。だが、それも勘違いだろう。今日は久しぶりに汽車に乗ったから疲れているだけだと言い聞かせるようにアイリスは首を振った。




