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思い出の地

   

 流れゆく景色を何となく眺めながら椅子に背もたれていると、目の前にクロイドが腰掛けてくる。


「そこで車内販売していたから、買ってきた」


 はい、と言って渡されたのはサンドウィッチが入った紙製の包みだった。


「ありがとう」


 そういえば、もうお昼時かとアイリスは笑顔をほころばせて、それを受け取った。


 何とか汽車の発車時刻にも間に合い、切符も駅員から買い方を聞いて、乗る汽車にも間違えることがなかったアイリス達は目的地の最寄り駅に到着するまでの間、ゆっくりと過ごしていた。


 と言っても、車内で何か出来るわけでもない。ただ、じっと外の景色を眺めるくらいしかやることがないのが現状だ。

 しかも、乗り過ごさないように気を張って起きていなければならないため、うたた寝をすることも出来なかった。


「それにしても、こっちの地方まで来ると山か農地しかないんだな。首都に人も物も、全てが集中しているって感じだ」


「そうね。私が昔、住んでいた場所もかなりの田舎だったわ。周りには農地か、放牧地しかないの。でも、空気も景色も綺麗な所だったのよ」


 少し遠くの景色へと目をやり、思い出してしまった生まれた場所を忘れるように、サンドウィッチの袋を開け始める。


「どこに住んでいたんだ?」


「話していなかったかしら? アマンセル地方のローザ村に住んでいたの」


「ああ、アマンセルか。それなら俺と同じ地方に住んでいたんだな」


「え? ……教団に来る前に?」


「田舎の教会に入れられていたって、前に話しただろう。その教会があったのが、アマンセル地方のペスコ村だったんだ」


「その村って確か、3つくらい隣の村だわ」


 過去のこととは言え、驚きの事実にアイリスはサンドウィッチを食べていた手を止める。


 自分が幼少期に住んでいた村の近くの村にクロイドは住んでいたのだ。偶然にしてはあまりにも出来過ぎているような話に二人は同時に噴き出して笑い合った。


「……ふふっ。そんなことってあるのね」


「そうだな」


 確か彼も自分と同じくらいの歳の頃に、魔犬の被害に遭っている。

 重なり合う時期があったかどうかは分からないが、もし自分がそのまま村にいたなら、偶然にどこかで会えていたかもしれない。


 アイリスの父は教会関係の仕事をしていたため、近くの教会などに足を運ぶことがあり、その際には自分も付いていったこともあった。


 だが、思い出も感情も、それら全てをあの場所に置いてきてしまった。


「……でも、いつか、また行けたらいいわ」


「え?」


「私ね、いまだに家族が眠っている場所に、会いに行けていないの」


「……」


「もちろん魔犬を倒すまで、合わせる顔がないっていうのもあるんだけれど……。でも、それ以前に、あの場所に戻るのが怖いのよ。……あの瞬間を全て、思い出してしまって、きっと動けなくなると思うわ」


 車窓の外の景色は放牧地なのか、数えきれないくらいの牛が牧草を食べていた。


 この普通の景色はどこにでもあるはずなのに、懐かしいと思ってしまうのはきっと少しだけ昔のことを思い出してしまったからだろう。


 いつも、楽しかった。弟と一緒にまだ小さい妹の遊び相手をしたりしていた。

 小さな学校だったが友達もいた。学校から帰れば、母がおやつのクッキーを焼いてくれて、それを弟と仲良く食べながら、今日、どんなことがあったのかを母に話していた。


 たまに父の仕事場に弁当を持って行き、父の仕事を眺めていた。

 母が作る料理はどれも美味しくて、父がかけてくれる言葉はどれも優しかった。弟も妹も可愛くて、毎日が幸せだったのだ。


 それが幸せだと気付かないまま、日々を過ごしていた。


 だから、唐突に終わったその「普通」の日常を赤く、そして黒く塗り潰した一夜の惨劇をどうしても拭う事が出来ないのだ。


「いつか、いつか行かなきゃと思ってはいるの。でも……やっぱり勇気が出なくて」


 そういって、どこか自嘲じみた笑みを浮かべてしまうアイリスの表情をクロイドはじっと見ていた。


「おかしいわよね。クロイドが王宮に行く時、散々、支えるからって言ったのに、自分の時だとこうだもの。……本当、説得力がないわね」


「そんなことない」


 すっと自分の手に添えられたのは少しだけ大きく、細い手だった。目線を手元から上へと上げると、反論するような真面目な顔で、彼は自分のことを真っすぐと見ていた。


「王宮に行った時、アイリスがいてくれたから、俺はやっと一歩を踏み出すことが出来たんだ。それは間違いない。だから……自分を否定しないでくれ」


「クロイド……」


「それにいつか、君が住んでいた場所に行く機会があるなら、その時は俺が必ず一緒に行くから」


 だから、今度は自分が支えるのだと言うように、彼の瞳は穏やかに語っていた。


「……うん。ありがとう、クロイド」


 いつになるかは分からない。だが、その時、自分一人じゃないならば、少しだけ乗り越えられるような気がした。


 アイリスはそっと、クロイドの手に更に自分の手を重ねる。

 この温かさを覚えておけば、きっと大丈夫だ。クロイドに返すようにアイリスも微笑み返していた。


     

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