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出張

  

 目が覚めたアイリスは、いつものように準備を始める。それでも、前に比べて心の中が浮足立っている気がするのは間違いないだろう。


 アイリスは机の引き出しから、封筒を一つ取り出し、そして中から一枚の手紙を抜き取って、開いた。


『誕生日、おめでとう。 クロイドより』


 一言しか書かれていないその言葉を見て、アイリスは思わず口元を緩ませてしまう。

 自分の誕生日から1週間程が過ぎたが毎日のようにこうやって、手紙に書かれた言葉を見るのが日課のようになってしまっていた。


 何度見ても嬉しいものだ。クロイドとここまで親しくなったことを二ヵ月前の自分が見たら驚くだろう。 

 今、自分とクロイドが恋仲だというだけでも十分に驚きなのに。


「って、もう、こんな時間っ……」


 はっと懐中時計を見ると魔具調査課に集合5分前になっていた。今日は任務だ。しかも、少し遠出となるので、朝早くに出発しなければならない。


 アイリスは慌てつつも丁寧に手紙を封筒へと入れて、机の引き出しの中へと戻した。

 目立たないように布で包んだ剣を背中に背負うように紐で固定して持ち、宿泊する上で必要なものが入った鞄を肩に掛ける。


 そして急ぐように部屋から飛び出し、扉に鍵をかけた後は魔法を使っているのではと思われるくらいの速さで走り出した。



・・・・・・・・・・・・・・・



 集合時間のぎりぎりにアイリスは魔具調査課に到着した。

 ユアンとレイクに挨拶をしつつ、急いで課長室へと入るとそこにはすでにソファに座っているミレットとクロイド、そして一番奥の椅子に座って笑っているブレアがいた。


「珍しく、時間ぎりぎりだな」


「す、すみません……」


 アイリスは頭を下げつつ、クロイドの隣へと腰掛ける。


「寝坊したのか?」


 いつもと変わらないクロイドの口調。

 そう、何も変わってはいないのだ。


 ただ、お互いがお互いを想っているということを確認することが出来ただけだ。恋人と言っても、それほど変わりはない。それに今は仕事をする上での相棒だ。


「久しぶりの外での任務だから、準備に手間取っちゃって。……ミレット、説明をお願い」


「了解。じゃあ、二人に資料を渡しておくね」


 ミレットから渡されたのは「ヴァイデ村」と項目が書かれたものだった。補足されるようにミニュイ地方、南西と書かれている。


「このヴァイデ村の村長から、魔具を引き取って欲しいって連絡が来たのよ」


「村長自ら?」


 一般人ではないのかと首を傾げるとミレットはアイリスの言いたいことが分かっているのか、軽く頷いて説明してくれた。


「このヴァイデ村っていうのは、多くの教団出身者を出しているところなのよね。つまりは、村のほとんどの人が魔力を持って生れてくるっていう、少し珍しい村なの。まぁ、田舎だから、あまり聞いたことはないと思うけど」


 確かに聞いたことはないがヴァイデ村があるミニュイ州ならよく知っている。教団の誰かが自分はミニュイ地方出身だと言っていたことを何度か聞いたことがあるからだ。


「ヴァイデ村は土地か、血筋の関係かよく分からないが先祖代々、魔力がある人間が多いんだよな。もちろん、魔力を持たない一般人もいるが。そのおかげなのか、教団側も魔力の認知を許可している村だ。もちろん魔力があることと、教団や魔法の存在については門外不出にされているがな」


 横からブレアが補足をしてくれたが、それにしても本当に珍しい村だ。つまり、教団側が村人達に魔力の有無関係なく、魔力の存在について認知させているということだろう。


「でも、魔力があるなら、魔具の管理も出来るんじゃないの?」


 魔具調査課では管理する主がいない魔具や、人やものに対して被害が及ぶ魔具、使用許可が出ていない魔具などを取り締まっている。

 だが、その村の人間ならば魔力がある人が使用許可を取って、管理すればいいのではないだろうかと思った。


「うーん。それがよく分からない魔具が村の倉庫から発見されたらしくてね。村の人達も教団に入団を目指さない人以外は魔法は使わないから、魔具も日常ではほとんど使わないらしいの」


「……何と言うか、珍しいというよりも奇妙な感じの村だな」


 クロイドが眉を中央に寄せつつ、唸るように言った。


「そうね。教団志望者以外の村人は主に農作業や観光の事業に力を入れているらしいし、魔力や魔法の認知が許可されているとはいえ、何と言うか……緩い感じの雰囲気の村よね」


 緩い、の一言で片づけられるミレットは凄いなとクロイドが小さく呟きながら感心している。


「まぁ、そういうわけだから、特に手放しても惜しい魔具じゃないみたいだし、管理するのも使用許可の手続きをするのも面倒だから、引き取って欲しいんだって」


 ヴァイデ村までは汽車で最寄り駅まで行き、あとは馬車を使って移動すると資料の紙に書いてある。自分達が想像しているよりも田舎な村なのだろう。

 しかも、泊まる予定の宿までミレットは予約してくれているようだ。本当に準備が良すぎて助かる。


「一応、魔具回収日程としては二日設けてあるが時間がかからないようなら、早めに帰って来るといい」


 確かに今回の任務は魔具を受け取るだけなので、いつもの任務よりは気が楽かもしれない。


 だが、アイリスは念のために剣を二本、装備していくつもりである。何が起きるか分からないのが任務だ。しかも遠出となるなら、それなりに準備はしておいた方がいいだろう。


「でもまぁ……。念のために気を付けて、行って来いよ。何かあれば連絡を寄こすといい。向こうの村長とは知り合いだからな」


「ブレアさん、知り合いが多いですね……」


 交友関係が広い、というよりも仕事関係での知り合いが多い人なのだろう。


「ああ、それともう一つ。ヴァイデ村には教団の支部があってな。こっちから連絡は入れているが一応、挨拶くらいはしておいた方がいいかもしれないな」


「……支部、ですか」


 この国には教団の支部がそれぞれの地域に駐在していた。一つの町に一つと言っていい程、数が多い。それは教団が作った教会が町に一つは置かれており、小さな村などは隣接する町に置かれている支部の管轄内となるらしい。


 だが、そこに派遣されている人数はそれほど多くはなく、表向きは教会の人間として働いてはいるが、魔物などが出た場合に対処できるくらいの人数しかいないため、団員数は4、5人程だという。


 しかも、遠くに派遣されている団員ほど一人前としての力を認められているため、自尊心が高い人が多いのだ。

 そういう人間の中にはアイリスのような魔力無し(ウィザウト)を嫌う者がいるため、少々付き合いにくいところはあるだろう。


「分かりました」


 こくりと頷くアイリスにブレアは少し、肩を竦めているように見えた。彼女も自分と同じことを考えているのかもしれない。


 だが、魔具調査課の任務という責務を背負っている立場であるため、遠い地で揉め事を起こすわけにはいかないと心得てはいた。


「あとはお前達で状況に応じて判断し、上手くやってくれ。任せたぞ」


 改めて責任の重さを自覚するが、ブレアに認められているということは、嬉しくも思った。


 今回の任務も出来るだけ、物を壊さないように心がけていきたい。信頼はされていると思うが予算に対してこれ以上迷惑はかけたくはないからだ。


「二人とも、ヴァイデ村でのお土産、期待しているからね~」


「どうせ食べ物でしょ、期待しているの」


「いやぁ、出張がある課はこういうところが羨ましいわ。情報課は本部から出ないからねぇ」


「はいはい。それじゃあ、椅子にでも座って待っていて頂戴」


 アイリスは適当に答えつつ、立ち上がる。クロイドも同じようにすぐに立ち上がった。


「それじゃあ、早速行ってきます」


「うむ。気を付けて行ってこい」


「いってらっしゃーい」


 ブレアに頭を下げ、ミレットに軽く手を振りつつ、アイリス達は課長室を出た。

 報告書を書いているのか、ユアンとレイクが同時に顔を上げた。


「あ、二人とも今日から出張なのよね? 二人がいないとこいつと二人っきりだから、寂しいわ~」


 ユアンが残念がるように深い溜息を吐く。


「どこだって? ああ、ヴァイデ村か。辿り着くまでが遠いよな、あの村。一回だけ任務で行ったことあるけど、村に着くまで半日かかるし」


「え……。そんなに遠い所なんですか」


「まぁね。でも、景色は綺麗だし、食べ物は凄く美味しいわよ」


「そうそう。まぁ、村の人達は穏やかでいい人ばかりだから、そんなに気負わなくていいと思うぞ」


 ユアン達は心配ないと言わんばかりに頷いている。


「それじゃあ、行ってきます。お土産も楽しみにしていてください」


 クロイドの言葉にユアンとレイクは同時に目を輝かせた。どうやら、二人もお土産が楽しみらしい。

 いってきます、と先輩達に挨拶をしてから、荷物を背負ったアイリス達は魔具調査課を出発した。



「はぁー……。半日もかかるのね」


 今はまだ朝の8時くらいだ。それでも村に着くのは夕方前と言ったところだろう。


「まぁ、短い旅だと思えば、何てことないだろう」


「それもそうだけど、もう一つ心配事があるのよ」


「何だ?」


 クロイドがどうしたと言わんばかりに立ち止まって振り返る。


「……私、ロディアートに来る前に一度だけしか汽車に乗ったことがないの。……小さい頃だったし、乗った時はブレアさんがいたから、今も乗り方がよく分からなくって」


「……俺も以前、汽車に乗った時は付き添いがいたから乗れたが……。そういえば、自分で切符を買ったことはなかったな」


 つまり、お互いに自分の意思で汽車に乗るのは初めてに近い状態、ということだろうか。


 だが、二人とも子どもではない。今回の任務のように汽車を使うことが多くなる可能性だってあるのだ。慣れていないだけでは済まされない。今のうちから、慣れさせておかなければ。


「ま、まぁ、何とかなるわよ! 分からなかったら、駅員さんに聞けばいいし」


 切符を上手く買えるか、急に心配になってきた。乗る汽車にも間違えないようにしなければならない。もちろん、降りる場所も注意しなければならないため、旅のように心を休めることは出来ないだろう。


「とりあえず、汽車の発車時刻に間に合うようにしないとな」


「あっ、それもそうね」


 教団がある場所から駅まで少し遠い。急がなければ乗り遅れてしまうだろう。二人は頷き合って、少し小走りしながら、駅へと向かうことにした。

   

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