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挑戦

  

 頭の中で描くのはアイリスの姿。いつも、どのような感じで彼女が跳んでいたのかを思い出す。

 ふわりとまるで羽が生えたかのように彼女は宙へ浮いては、軽やかに着地している。


 だが、自分とアイリスは違う。体格もだが、均衡感覚や身体の柔らかさはアイリスの方が上だ。つまり、自分の身体をしっかりと理解した上でこの靴を操らなければならない。


 クロイドは靴に力を込めて、思い切り地面を蹴り上げる。身体は持ち上げられるように宙へと浮かんだ。

 ここまではこの靴に仕組まれている魔法が成功していると分かる。あとは自分次第だ。


 着地する時、そのまま左右の足を同時に地面に着けば身体の体勢を崩すのは明らかだ。それならば──。


 身体が少しずつ、空中から地面へと近付き始める。クロイドは猫が高い所から着地する光景を想像してみた。

 そう、自分は動物だ。だから、無理に焦って着地するのではなく、順番に衝撃を和らげるように着地すればいい。


 そう思うと、右足が自然に先に地面へと着いて、続くように左足も着地した。今度は、しりもちはついていない。


「……」


 目の前のネイビスは少し驚いたように目を丸くしていた。だが、驚いたのは自分も同じだ。二人は顔を見合わせて、そして同時に小さく噴き出した。


「……君も中々、筋が良いようじゃな」


「……何となくですが、跳び方と着地の仕方の感覚は掴めました。次は横壁を蹴ってからの着地を試してみます」


 アイリスがいつもやっている跳び方だ。壁となるものを蹴っては空中にいる時間を長くしている。

 だが、ここには壁になりそうなものと言ったら、ロディアート時計台くらいだ。


 クロイドは時計台の壁の目の前までやってくると踵を三回鳴らし、煉瓦造りになっていない、石壁に向かって、跳んでみせる。


 ……これを、こうすれば……


 まるで横壁の上に立っているように一度、着地し、そこから更に蹴り上げて空中に向けて跳び上がる。


 ……アイリスはこれを何度も練習して、あの技術を身に着けたんだろうな。


 アイリスは人には優しいが自分自身には厳しく、そして常に努力し続けている。

 それは全て、いつか来る日のための準備なのだろう。


 空中へと浮いた身体を一度、前かがみに捻るようにしながら、一回転して見せる。着地は先程と同じで右足から地面へと着いた。


「おぉ……! 上手いじゃないか」


 ネイビスが嬉しそうに手を叩く。やはり、自分の手で作ったものが上手くいっていると嬉しいものなのだろう。


「これで跳び方と着地については問題ないことが分かったな」


「そうですね。……ですが、これだけでは安心は出来ないんです」


「なに?」


 訝しげにネイビスは首を傾げる。


「……あそこから、飛び降りて無事に着地することが出来れば、この靴は成功です」


 クロイドは真剣な表情でそう言って、上を指さす。


「なっ……! 時計台から飛び降りるつもりか!?」


 目を見開き、ネイビスは口をぽっかりと開ける。


「はい。……任務の際にそのような状況が多くあるので。ですが、これが成功すれば、この靴は本当の意味で完成と言えるはずです」


「だが……あまりにも危険すぎる。ましてや君は今、感覚を掴んだばかりの初心者だ」


 ネイビスはクロイドの肩を両手で掴み、強く首を振る。


「……ネイビスさん、そんなに心配しないで下さい。いざとなれば、魔法で自分を助けることが出来ますから」


 心配されるのは嬉しいが、これは試さなければならないことだ。


 任務中はよく二階や三階の場所から飛び降りて、外へと脱出しなければならない状況が多数ある。そうなると、必然的に高い場所から飛び降りて、着地が成功する靴でなければならなくなるのだ。


「……どんな魔法も魔具も、まずは最初に自分が試すと思うんです。自分で試して、何度も失敗して、そして成功したから──。そうやって、真っすぐ突き進んできた人達がいたからこそ、世にはたくさんの魔法と魔具が溢れていると思うんです」


 これは誰が言わせた言葉なのだろうかと思った。自分が言葉にしたのに、まるでアイリスが言いそうな言葉だったからだ。


「どうか、俺に試させてくれませんか。……お願いします」


 最初に会った時のようにクロイドはネイビスに対して深く頭を下げた。無言の空気がその場を包み込む。


「……怪我をしてはならない。それが……条件じゃ」


 絞り出すような声にクロイドははっと顔を上げる。


「君が必要だというならばそれを試す必要がある。……だが、怪我をしてしまっては元も子もない。この靴を贈る相手も悲しむはずじゃ」


「ネイビスさん……」


「わしはそれほど多くの種類の魔法は知らん。高度な魔法ももちろん、扱えぬ。だが、君なら……」


 そこでネイビスは口を閉じる。


「……十分に気を付けてやるのじゃぞ」


「……はい」


 返事をして、クロイドは時計台の入口へと向かう。


 いけないことだと分かりつつも、閉められた扉に開錠の魔法をかけて中へと滑り込んだ。そして、扉についている鍵を内側からかけ直す。


 一階には時計台の管理をしている人が寝ているかもしれないので、出来るだけ音を立てないように気を付けながら前へと進む。

 幸い、前に一度アイリスと最上階に上ったことがあるので、迷わずに進むことが出来た。


 年代が古いのか時々、階段の板が軋む。夜目が利くとは言え、上まで長く続いている階段を静かに上るのは、かなり集中しなければならなかった。


 急ぎ足で上ったこともあり、階段は10分程で上り切ることが出来た。最上階へ続く扉にも鍵がかかっており、クロイドは再び開錠の魔法をかける。

 かちゃり、と金属音が響き、クロイドは扉の取っ手を捻らせながら開いていく。


「っ……」


 ぶわりと自分の前髪を風が大きく揺らした。ここは地表よりも風が強いことを忘れていた。扉をすぐに閉めて、鍵をかけ直す。


 欄干から下を覗き込むと、自分に気付いたネイビスがこちらに向けて手を振ってくれた。

 それを見てクロイドはほっと溜息を吐く。


 あとはここから魔法を発動させて、飛び降りるだけだ。


「……」


 以前、聞いた話だとこの時計台は9階分の高さがあるらしい。高所恐怖症ではないが、思わず目にした高さに唾を飲み込んだ。


 ……いつか、こういう状況が訪れるかもしれない。


 自分の身体は人よりも少し丈夫だ。それは魔物である魔犬の呪いを受けているため、身体能力が上がっているからだろう。


「──身に覆うは霧の鎧。纏うのは鉄より重きもの。吹き抜ける風はその身を守り、我が盾となる」


 念のために防御魔法を自身にかけてみる。もしもの時は瞬時に犬化して、着地するしかないだろう。


「よし、行くか」


 何度目か分からない深呼吸を終えて、クロイドは欄干へと足を掛けた。

    

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