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試作品

   

「──あら、クロイド。どこか行くの?」


 軽めの夕食を摂ってから、今日のやるべき事を終えたクロイドが魔具調査課から退出しようとした時、アイリスに声をかけられた。


「……今日は任務がないからな。早めに休もうと思って」


「ああ、そうなの。……何だか、最近、忙しそうに見えたから……。今日も夕食の時、見かけなかったし」


「……」


 確かにアイリスとは相棒であることもあってか、朝食から夕食まで一緒に食事を摂ることが多かった。だが、アイリスに内緒で靴を作っているため、その事を覚られないようにここ最近は別々の時間に食事を摂っていた。

 今日だってアイリスがいつも夕食を摂る時間よりも少し早めにずらして食べていた。


 普段は一緒に行動しているだけあって、さすがにいつもとは違うと勘付かれているようだ。


「あ、別に大した意味はないのよ。ただ何となく、そう思っただけだから」


 自分がどんな顔をしていたのかは分からないが、アイリスは手をひらひらさせながら苦笑する。


「それじゃあ、私も早めに休ませてもらおうかしら」


「そうするといい。……それじゃあ、おやすみ」


「ええ、おやすみなさい」


 魔具調査課の扉を閉めつつ、クロイドは我慢していた溜息を深く吐いた。怪しまれずに済んで良かったと心底安堵してしまう。


 せっかく、あと少しで靴が完成するかもしれないのに、贈り相手本人知られるわけにはいかない。


「……行くか」


 そろそろ、ネイビスとの約束の時間だ。動きやすい服に着替えてから、ロディアート時計台に行こう。

 一度、自室に戻るために、クロイドは寮へと向かった。



・・・・・・・・・・・・・



 夜の空気はそこまで冷たくはない。むしろ、過ごしやすいくらいだ。

 しかし、人がいない夜の公園はこれほど寂しいものかと、ふと思う。


 ロディアート時計台の下辺りに向かって歩いていると前方に人影が見えた。

 夜目が利くのでじっとその方向を見ていると、その影から軽く手を振られる。


「やぁ、クロイド君。こんばんは」


 ネイビスが紙袋を手に持ちつつ、こちらに向けて手を振っていた。


「こんばんは。お早いですね」


「見てくれ、試作品が完成したのじゃよ。早く試し履きがしたくて、ついつい早めの時間に来てしまったのじゃ。ふぉっふぉっふぉ」


 紙袋から取り出されたのは試作品として、自分の足のサイズを測って作られたものだ。


 手渡された革靴はとても軽いように思えた。磨き上げられた茶色の革に、黒い靴紐。揃った縫い目は文字が並ぶように綺麗で、見た目はどこにでもあるような靴なのに、今まで履いた靴の中で一番軽かった。


「さぁ、履いてみてくれ」


 クロイドは自分が履いていた靴を脱ぎ、試作品の靴を履いてみる。靴紐をきゅっと結ぶと靴本体から何かを感じ取れた気がした。


「……」


 思っていたよりも自分の足にぴったり過ぎて、驚いてしまう程にその履き心地は良かった。少し歩いても靴底がずれることはない。


「どうかね」


「今まで履いた靴の中で一番、良い履き心地ですね」


「ふぉっふぉっふぉ。それはどうもありがとう。……では、周囲から見えないように結界を張り、始めるとしようか。準備している間、身体を少し、ほぐしておくといい」


 こくりとクロイドが頷くと、ネイビスは手に持っていた小袋から砂のようなものを取り出し、その場にばっと振りまいた。


 呪文を唱え始めるネイビスから少し離れた場所でクロイドは軽く身体をほぐし始める。少し緊張はしているが、不安はもうなかった。


「……よし、出来たぞ」


 ネイビスがこちらへと振り返る。


「良いかね。この靴は三回、踵を叩くことによって魔法が発動する。だが、浮力と跳躍力の魔法が発動するだけでそれを上手く操れるかは本人次第じゃ。まだ、初めてだから、軽く跳ぶくらいにしておくといい」


「分かりました」


 クロイドはすぐにネイビスの傍から離れて、意識を靴へと集中させる。静かに深呼吸して、心を落ち着かせてから、右足の踵を三回、叩いた。


 瞬間、身体の重力がなくなってしまったかのように軽くなる。


「っ……」


「跳ぶのじゃ!」


 ネイビスの声に従うようにクロイドは足で思いっきり地面を蹴り上げた。

 クロイドの身体はふわりと身体の重さを忘れてしまったかのように、2メートル程、宙に浮いたのだ。


「わっ……」


 だが、初めての魔法靴、アイリスのように上手く操れるはずもなく、そのまま着地すればいいだけのことを、身体の体勢を崩してクロイドは地面にしりもちを大きくついてしまった。


「っ……」


「おぉ、大丈夫か?」


 すぐにネイビスが駆け寄ってきて、クロイドに手を伸ばす。それに甘えてクロイドは自分の手を重ねつつ、立ち上がった。


「すみません、初めてだったもので。驚いてしまいました」


「いやいや、結構。あとは体勢を保つ感覚を忘れずに着地出来るようになれば、十分じゃな」


「……そうですね」


 クロイドは苦笑しつつ、服に付いた土を叩き落とす。


「でも、この靴を使いこなすのは時間がかかりそうですね」


「うむ……。軽く跳ぶことは出来ても、空中で体勢の均衡を失うため、どう着地するのか……それはやはり本人次第だ。君の知り合いは余程、努力して、自由自在に操れるようになったと思われる」


「……」


 以前、ブレアが零していたことがあった。

 アイリスは『真紅の破壊者クリムゾン・クラッシャー』という通り名の如く、色んなものを任務ちゅうに破壊していたが、それと同様に自身の身体も傷だらけなのだと。


 今までアイリスは色んなものと戦ってきている。その上で付いた傷は治せるものもあれば、治せないものもあるらしい。


 一生、傷跡は身体に残ってしまうのだと、どこか悲しそうにブレアが嘆いていたのだ。

 年頃の娘だというのに傷が付いてもアイリスは平気な顔をしているのだと、そう話してくれた。


 その傷はアイリスが今まで一生懸命に前を向いて生きた証だ。傷の中にきっと、魔法靴を自在に操れるように練習した痕もあるのだろう。


 クロイドは気付かれないように唇を噛み締め、そして足に力を入れる。


「もう一度やります。何か、気付いた点や直した方がいい点があれば言って下さい」


「分かった。……気を付けてやるのじゃぞ」


「はい」


 クロイドは再び集中し、そして、もう一度踵を三回叩いた。

    

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