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同じ人

  

 仕事帰りの人々が少なくなった夕方よりも少し遅い時間に、アイリスとクロイドは魔具回収のため、今回の任務の依頼人であるマキュリー夫人の邸宅へと訪ねてきていた。

 白髪で青い瞳の60過ぎのこの女性は、遅い時間に訪ねて来たアイリス達を喜んで歓迎してくれた。


 家の中で魔具を探しているとマキュリー夫人は穏やかに目を細めながら、この家から引っ越した後のことを話してくれた。


 一般家庭の家にしては少々広いこの家を少し改築して、売りに出すのだという。

 息子夫婦も一緒に暮らす事を望んでいるが郊外に住んでおり、仕事もしていることから、その地を離れられないため、マキュリー夫人が呼ばれる形となったらしい。


 だが、この家を同時に管理していくにはお金も人も掛かるので、長年住んだこの家を出ることにしたと、惜しむ雰囲気を見せずに話してくれた。


「──あらあら、こんなにたくさんの魔具があったのねぇ」


 居間の大きな机の上に探し出した魔具を並べていたアイリスがマキュリー夫人の声に振り返ると、彼女は木製のトレイに紅茶とクッキーを三人分、載せてからこちらへと運んできていた。


「良かったら、食べて下さる? あなた達が来るからって少し張り切っちゃって、クッキーを多く作り過ぎちゃったの」


 そう言いつつも、マキュリー夫人はどこか楽しそうな表情でにこにこと笑っている。


「ありがとうございます、マキュリーさん」


 アイリスに次いで、クロイドも頭を軽く下げた。二人はマキュリー夫人に勧められて、近くにあったソファへと腰掛ける。


 大きな机の上に広々と置かれているのはアイリス達が魔力探知結晶で探し出した魔具達だ。

 剣や杖だけではなく、多くの魔法書も見つかったがどれも丁寧に保管されており、持ち主が余程、大切に手入れし、管理していたことが読み取れる。


「それにしても、本当に多いですね。確か旦那さんは教団に勤めていたと聞きましたが」


「そうなのよ。あの人、本当に仕事一筋でねぇ。……やっている仕事は危ないものもあるでしょう? だから私、毎日、あの人が無事に帰ってきますようにって、祈っていたのよ?」


 くすくすと笑っているがやはり夫の帰りを待つ身としては、心配だったのだろう。


「……私ね、実家は魔法使いの血筋の家だったの」


「え?」


 アイリスとクロイドは驚きつつ、思わずお互いに顔を見合わせる。


「でも、私だけが──魔力を持たずに生まれたの。……親兄弟は普通の道を進めばいいと言ってくれたけど、それでも悔しかったわ。皆は魔法が使えるのに、どうして私だけって」


「……」


 マキュリー夫人のその気持ちにアイリスも身に覚えがあった。

 彼女は自分と同じ魔力無し(ウィザウト)だったのだ。


「だけど、あの人が──。魔力がなくても、私は私だからって、お嫁さんに選んでくれたの」


 マキュリー夫人の柔らかそうな皺がさらに深くなる。


「だから、こんな私でも、いいわって思えるようになって……。それからはこの家を買って、二人で過ごして、子どもが生まれて……」


 ぽつり、とマキュリー夫人の瞳から雫が零れ落ちる。


「あら、やだわ。私ったら、また感傷的になっちゃって……。ごめんなさいね。お若い方にはこんな話しても、つまらないでしょうに」


「いえ、そんなこと、ないです。……私もマキュリーさんと同じですから」


 マキュリー夫人の手にアイリスは自分の手をそっと添える。


「私も魔力を持っていないんです。でも……どうしてもやりたいことがあって、今は教団にいます」


「……まぁ、そうなの……」


 マキュリー夫人は驚いたように口を開けて、空いている方の手でそれを押さえた。


「大変ではないの? うちはそうではなかったけれど……人によっては、魔力を持っていることに矜持を抱いている人もいるから……」


 心配そうに顔を窺ってくるマキュリー夫人に対して、アイリスは小さく苦笑を返した。

 恐らく自分のことを魔力無し(ウィザウト)と呼んで、蔑む態度を取ってくる人達の事を言っているのだろう。


「確かにそういう人はいます。でも、そのくらいで屈するわけにはいかないんです」


 クロイドの方はどこか複雑そうな表情でこちらを見ていたがアイリスは笑って、肩を竦んでみせた。


「そう……。強いのね……」


 感心するような呟きとともに、マキュリー夫人は溜息を吐く。


「でも、危険な仕事もあるらしいから、十分に気を付けるのよ? あなた達はまだ若いんだから……」


「ええ、気を付けます。……あ、マキュリーさん。こちらに署名を頂いてもいいですか?」


「何かしら」


 アイリスは肩掛け鞄から、折りたたまれた一枚の書類を取り出す。


「遺品となった魔具を回収する場合には、いつ、どこで、誰が、誰の魔具を回収したのか、という記録を取らなければいけないんです。それで魔具の持ち主の親族による署名が必要になるので……」


「分かったわ。……ここでいいかしら?」


 万年筆を手に取ったマキュリー夫人は空白の部分を指さす。


「ええ、その空白にお名前をお願いします」


 マキュリー夫人によって書類上にはすらすらと美しい字が浮かび上がるように、流れていく。署名が書き終わった書類をアイリスは頷きながら、手に取って眺める。


「……はい、確認できました。ありがとうございます」


「ふふっ……。でも、良かった……。教団に預かって貰えればあの人が頑張ったことも、思い出も全部残るもの。これで……安心だわ」


 安堵したように胸元に手を置くマキュリー夫人はこれで、心残りはないというような表情を浮かべていた。


「でも、本当に良かったんですか。手続きや準備は大変ですが遺品としてあなたの手元に置いておくことも出来たはずですが……」


 それまで黙って聞いていたクロイドがふっと声を上げる。


「いいのよ。あの人と過ごした思い出もあの人に対する想いも……全部、私の中にしまってあるもの。それだけで十分だわ」


 そう言って笑う、マキュリー夫人の顔が一瞬、妙齢の女性のように見える錯覚に陥る。だが、目を瞬かせると、何も変化のないマキュリー夫人のままだった。


「あ、そうそう。今度ねぇ、息子夫婦に子どもが生まれるのよ! 初孫よ、初孫。私、もう嬉しくてねぇ。聞いた時は、家の中を走り回りたい気分だったわ」


「それは……おめでとうございます」


 アイリスとクロイドは合わせて頭を軽く下げる。


「ふふっ。ありがとう。それでねぇ、息子達とどんな名前にしようか考えているのだけれど……。良かったら、あなた達の意見も聞かせてくれないかしら」


「私達がですか?」


 赤の他人だというのに、彼女は本当に気さくな人だ。


「あまり参考になるか分からないですけれど……」


 名付けをしたことも、関わったこともない。

 そもそも、自分の身近に夫婦や小さな子どもがいない環境にいるため、そのような機会が無いのは当たり前だろう。


「いいの、いいの。名前の候補が多いと、考えるのが楽しいもの。……あら、まだ、時間は大丈夫? それなら、紅茶のおかわりも淹れるから、どうか一緒に考えていって頂戴な」


 強制ではないのに断れない笑顔にアイリス達は苦笑しながら、頷くしかなかった。



・・・・・・・・・・・・



 もう時間も夜の9時を過ぎた頃だろうか。マキュリー夫人の要望に応えていたため、思っていたよりも遅い時間までお邪魔してしまった。


 大きな扉を通り過ぎ去りながら、すっかり夜へと変わった空から、温かい家の光の方へとふっと視線を戻す。


「今日は本当にありがとうねぇ。助かったわ」


「いえ、こちらこそ、協力して頂きありがとうございました。預かった魔具はこちらでしっかりと保管させて頂きますので」


 アイリスとクロイドの鞄の中には先程、回収した魔具が丁寧に布に包まれて入っている。あとはいつもと同じ作業をすればいいだけだ。


「でも、本当に楽しかったわ。若い人達と話すと若返るっていうけど、本当にそうなのねぇ」


 にこにこと笑い続けるマキュリー夫人にアイリスも思わず笑みを返した。


「私達も楽しかったです。お孫さんに早く会えるといいですね」


「ええ! ……遅くなってしまって、ごめんなさいね。夜道、どうかお気をつけて」


「はい。ありがとうございました」


「失礼します」


 クロイドと同時に頭を下げつつ、アイリス達は並んだままマキュリー夫人に背を向けて歩き始める。

 マキュリー夫人の家から零れる温かい光が自分達の影を作っていた。




「……何というか……。前向きというか、明るい人だったな」


 小さな声でクロイドが穏やかに言った。


「そうね……」


 もしかすると、家族が魔犬に殺されていなければ自分も彼女と同じような人生を歩んでいたかもしれない。

 何となく、そう思ったのだ。だが──。


「……私は自分に魔力があっても、なくても……たとえ、家族が魔犬に殺されていなかったとしても……。あなたとはいつか、どこかで会っていたかもしれないと思うの」


「……それは勘か?」


「どうかしら……。もしかすると私がクロイドにどんな状況であれ、巡り会いたいと思っているから、かも?」


 どこか歯切れの悪い言い方にクロイドは苦笑した。


「まぁ、それは分かる気がする」


 人はそれを何と呼ぶのだろうか。運命なんていう言葉で一括りに出来ない、その感情をアイリスは上手く言葉には出来なかった。


 それでも、どんな自分だったとしても、きっと進みたいように進んで、そしていつかクロイドに巡り合っているかもしれないと、アイリスは密かに笑っていた。

  

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