丸投げ
「なるほど。書籍化されていないファニス・サランが作った魔法陣を探している、と」
「はい。……どうにか閲覧することはできませんかね」
すぐに教団へと戻ってきていたクロイドは色々と教団内の事情を知っているブレアに直接、相談していた。
もしアイリスが魔具調査課にいたら、動きを怪しまれていたかもしれないが、今日はミレットと一緒にヴィルの店に寄り道してから、魔具調査課に戻って来るらしい。
そのためクロイドは慌てることなく、ブレアに秘密の相談が出来ているのであった。
「確かに一度、魔法課の地下に収められた魔具などは余程の事情がない限り、外には持ち出せないようになっている。もし、都合により外へと出す場合は色々と面倒な書類を作成しなければならないからな」
「そうですか……」
任せろとネイビスには言ったが、やはり無理なものは無理なのだろうか。
クロイドが少し諦めたように溜息を吐くと、目の前のブレアは何故か苦笑していた。
「外に出す場合は確かに面倒だ。だが──閲覧することなら出来るんだ」
「え?」
「お前が直接、魔法課の地下に行けばいい」
「……そんな事、出来るのですか?」
「もちろんだ。ちなみに今、現在進行形でうちの奴らが地下で仕事しているんだ」
「うちの奴らというと……魔具調査課の先輩ですか?」
「そうだ。収められている魔具の総合目録を作っているんだ。……確か地下に籠って、もう二ヵ月は経っているかな。お前やアイリスとはまだ顔を会わせてないから、二人のことは知らないだろうけど」
魔具調査課には自分達、暁とユアン達の他にも数人、所属しているらしい。ただ、お互いに受け持っている任務が忙しい上に、長期出張の関係で顔を合わせていないのだ。
「そいつらにも連絡を入れておくよ。あの二人なら、どこの場所にどの魔具が保存されているか完璧に頭に入っているからな。手伝ってもらうといい」
「え……。いいんですか? 任務ではなく、私的な用事なのに……」
「いいとも。規則には魔具を見てはいけない、などないからな。……『ファニス・サランの作成した魔法陣』で、いいな? 今から連絡しておくから、魔法課に向かうといい。ああ、もちろん魔法課にも地下に行く許可を私が出していると連絡を入れておくよ」
「……ありがとうございます」
何とも言えない手際の良さにクロイドは思わず、お礼を告げることを忘れそうになっていた。
「実のところ、私も楽しみなんだ。……アイリスへの魔法靴」
ふっと細められた瞳の奥には何かを秘めているように見えた。もしかすると、ブレアもアイリスの靴が命を削っていることを快く思っていなかったのかもしれない。
「完成したら、お見せしますよ。……ただ、いつになるか分かりませんが、夜中に靴が上手く跳べるか試験するらしいので、その日の任務を別の日に変更してもらうことになるかもしれません」
「分かった。いいだろう。今日の任務以降、アイリスの誕生日までの期間、夜の任務はしばらく、延期にするよ」
「すみません、ありがとうございます」
お礼を言いつつ、クロイドは頭を下げる。
「──ああ、そうだった。今日の夜の任務について、あとでミレットが話すことがあるから、魔具調査課に来て欲しいと言っていたぞ。しばらくしたら、アイリス達も戻って来るだろうから、そのつもりで」
「はい」
ブレアが今日の任務はアイリスのことを考えて、疾風の靴を使わなくてもいい任務にしてくれている。そのことについてミレットが助言してくれるのかもしれない。
「では、行ってきますので」
「おう、行ってこい」
何故か楽しそうに笑っているブレアにもう一度、頭を下げてからクロイドは課長室を出た。
魔具調査課の部屋にはユアンとレイクが二人でお茶を飲んでいるところだった。
「あ、ブレア課長との話は終わったの、クロイド君」
「はい。今から、ちょっと魔法課の地下に行ってきます。何でもここの先輩がいるそうで、手伝って貰えと言われました」
「ああ、ナシル先輩達か。もう地下に籠って二ヵ月だろう? しばらく、顔合わせていないよなー」
カップに入っているお茶を息で吹き冷ましているレイクがふと、顔を上げた。
「まだクロイド君達は会ったことないわよね。もうすぐ、こっちに戻ってきてくれると思うんだけれどねぇ」
「……魔具の目録を作るのって、そんなに大変なんですか?」
「私はやったことはないけれど多分、大変だと思うわ。……作業するのが二人しかいないもの」
「……どういうことですか」
「えっとね、私達の先輩で今、魔具の目録を作成しているのが、ナシルさんとミカさんという先輩達なんだけれど……。簡単に言えば、その仕事を魔法課に丸投げされている状態なのよね」
「あー、あれはひどいよな。──自分達は忙しい。魔具を集めたのは魔具調査課だから、お前達がやるべきだって、ぜーんぶ押し付けてさ」
ユアンに同意するようにレイクも何度も頷いている。
「まぁ、先輩達は納得してやっているみたいだけれどね。何せ、魔具が好きな人達だから」
「でも、そろそろ戻ってきて欲しいよな。クロイド達が入ってきてくれたとはいえ、まだセルディ先輩達は長期出張から帰ってきてないし」
レイクの言葉に今度はユアンが何度も頷く。
「まぁ、ナシル先輩達は凄く良い人だから、クロイド君もきっと気さくに話せるはずよ」
「あれ、良い人って言えるのか……? 確かに気さくだけどさ」
レイクが何か気になることを言った気がしたが、聞き返す勇気はなかった。それに人から話を聞くよりも直接本人と接した方が、相手がどのような人物なのかよく分かるだろう。
「それでは、行ってきますので」
「気を付けてね~」
手をひらひらさせながら見送ってくれるユアン達に軽く会釈してから、クロイドは魔法課へと向かった。




