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恵まれたこと

   

「とりあえず、ケーキの予約は済んだわ。そっちはどう?」


 昼食を終えて、教室へと戻る途中でクロイドはユアンとレイクにこっそりと呼び出しを受けていた。

 廊下の端にある階段の踊り場で三人は輪になりながら、声量を抑えつつ話していた。


「まぁ、どうせなら派手にやりたいからな。余興の材料は買い揃えてあるぜ」


「あら、やっぱり鳩出しでもするの?」


「もう、しねぇよ! 前にやった時、片付けが大変過ぎて、先輩達に凄く怒られただろうが……」


 恐ろしいことを思い出しているのかレイクは小さく震えながら頭を抱え始める。


「それでクロイド君の方はどうなの? アイリスちゃんに秘密で魔法靴を作ってもらっているって聞いたけれど」


「今朝、登校する前に魔法靴に使えそうな材料や魔具を靴屋に持っていきました。この後も任務前に靴屋に寄る予定です」


「そうなの。……学園生活と任務を掛け持ちしているだけでも大変だもの。私達も出来ることは手伝うから、無理をしては駄目よ?」


「そうだな。アイリスが心配するだろうし」


「……気を付けます」


 真面目な顔でクロイドが答えるとユアンとレイクはお互いに顔を見合わせて、同時に小さく噴き出したのである。


「ほら、だからそういうところだって」


「え?」


「クロイド君は真面目で気遣いが出来る人だから、そういう性格だっていうのは分かるけれど……。まぁ、もっと他の人に頼れるところは頼ってもいいんじゃないかしら」


「……いえ、十分過ぎる程に先輩達には助けられています。多分、一人だったら、アイリスに贈り物を渡すどころか、誕生日も知らないままだったし……。それに仕事面でも、色々と頂いた助言が凄く参考になるんです」


 かつての自分がそのまま今の歳まで成長していたなら、考えられなかっただろう。


 誰かに頼り、誰かに相談する。

 ここではそれが当たり前に出来るのだ。


「なので、これからも宜しくお願いします」


 出来るだけ、笑っているように見えるよう、口元を緩めて笑みを浮かべる。


「……まぁ、それならいいんだけどな」


 ぽんっとレイクに肩を軽く叩かれる。身長的にはレイクの方が低いが、それでも彼の表情は「先輩」らしく、どこか頼りになる顔をしていた。


「俺らは魔法靴なんて、使ったことがないからよく分からない。だから、そっちの方に助言は出来ないがそれ以外のことだったら、任せてくれ」


「そうね。……私達も出来るだけ、手助けしていくから、他に何か頼みたいことがあったら遠慮せずに言ってね?」


 念を押すようにユアンも肩に手を置いてくる。面倒見のいい姉のような表情で、ユアンは花が咲いたようにふわりと笑った。


「それじゃあ、また課の方で」


 この後、お互いに授業が控えているため、そろそろ教室に戻るつもりなのだろう。ユアンの言葉にクロイドは軽く頷き返した。


「さーて、寝に行くか」


「また寝るつもりなの!?」


 呆れた口調でユアンはレイクに対して、深く溜息を吐く。


「今日、任務が遅い時間にあるからな。夜にしっかりと活動出来るように、昼寝するに決まっているだろう?」


「だからって、寝すぎよ。あんた、本当に卒業出来なくなるわよ」


「大丈夫だって。成績だけは良いからな」


 またなと言ってレイクがこちらに背を向けつつ手を振り、歩き出す。ユアンは盛大に溜息を吐きながら肩を下ろし、クロイドに軽く手を上げて、レイクの後を付いて行った。


 その場に一人、クロイドだけが残される。


 ……頼ってもいい、か。


 そんな言葉が自然に出てくるところも含めて自分はユアン達を尊敬していた。この二人の先輩が自分達の先輩で本当に良かったと思う。


 この人達は自分のこともアイリスのことも、軽視または特別扱いなどはせずに、魔具調査課の一員として接してくれる。

 その自然体がクロイドにとっては心地よかった。


 まだ、他にも先輩達が数人いるらしいが、その人達は海外への出張だったり、別の課の手伝いにずっと行っているらしく、まだ会ったことはない。


 それでもブレアの話によれば、魔具調査課に所属している先輩達それぞれに味があって、変人だっているのにお互いがお互いを認め合っている、そんな人たちばかりだと言っていた。


 アイリスもまだ会ったことがないため、会うのをずっと楽しみにしているようだった。


 ……俺は恵まれているな。


 詳しい内容は出回っていないようだが、それでも自分がとある呪いを受けていることが周囲に知られているため、たまに軽蔑するような目で見てくる輩もいる。そんな時はほとんどの場合、アイリスが睨み返しているのだが。


 だが、そんな事も含めて、恵まれていると思うのだ。


 自分を魔具調査課へと連れてきてくれたブレアに、自分の相談を受けてくれるミレット、頼れる先輩達。

 そして、初めて自分を理解して、支えると言ってくれたアイリス。


「……」


 どこか遠くで誰かが笑っているのか、生徒達の声が聞こえた。もうすぐ昼休みが終わる。

 終わったら、授業を一つ受けて、靴屋へ行く。そして、その後はアイリスと任務だ。


 昔の自分だったなら、信じられないほどに毎日が充実している。いや、正確に言えば、充実していると感じられるようになったと言った方が良い。


 ……それも全部、アイリスのおかげだったんだな。


 彼女に出会ったからこそ、初めて理解し、感じることが出来るものが多くなった。


 初めて叶えたいと思える願いが出来た。一緒に立って、戦いたいと思えるようになった。

 そして、初めて誰か、ではなくアイリスを──自分で守りたいと、強く思ったのだ。


 ……出てきそうで、出てこない。理解出来るまで、あと一歩のような手応えがするのに。


 この言葉に出来ないもどかしさのようなものは何だろうか。


 ふっと、耳を澄ますと予鈴の鐘が鳴り響いていた。もうすぐ授業だ。教室にそろそろ戻らなければアイリスが心配するだろう。

 まだ、まとまり切らない自分の中のアイリスに対する気持ちを思案しつつ、クロイドはその場を去った。

   

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