思考
翌朝、普段なら一度魔具調査課の方へと出勤してから、学園へと登校するが今日はその前にネイビスの靴屋を訪ねることにした。
昨日、ヴィルから買い取った魔法靴に使えそうな魔具と材料を早いうちにネイビスへと渡したかったからである。
また、ブレアにはアイリスの誕生日への贈り物を作っている、ということはミレットによって伝わっているらしい。
ブレアは快く、暫くの任務は疾風の靴を使わなくてもいい仕事を回すと言ってくれたが、彼女の気遣いには大いに感謝しなければならないだろう。
そういうわけで、クロイドは今、ネイビスの靴屋にいるわけだが──。
「ほほう、これが……」
クロイドが持ってきたものを手に取って眺めつつ、ネイビスは何度も小さく唸っている。クロイドはネイビスが巡らせている思考の邪魔をしないように部屋の端の方に立って、黙っていた。
ネイビスは昨日の今日で、すでにアイリスの靴のための木型を作ってくれていた。
普通ならもっと時間をかけて靴は作られるものらしいが、クロイドの頼みを聞いてくれたネイビスは嫌な顔をせずに、一週間程で作り上げると承諾してくれた。
「これらを自由に使っていいのかね?」
「はい。……ただ、俺にはこれらをどのようにすれば靴の材料として扱えるのか、分からなくって……」
「構わんよ。そこはわしの出番じゃ。……ああ、そうだ。クロイド君の足の型も取りたいんだが今、やってもいいかね」
「分かりました」
了承するとネイビスはすぐに大き目の紙と鉛筆を用意し、この上で裸足になって、立つようにと言った。
……自分の足の型をとられるなんて、何年ぶりだろう。
ずっと昔のことだ。自分がまだ、イグノラント王国の第一王子だった頃に、オーダーメイドの靴を何足か作ってもらった覚えがある。
あの時は弟のアルティウスと色違いのお揃いの靴を作ってもらっていたと、ふと思い出し、小さく笑った。
「はい、終わり。靴を履いてくれて、構わんよ」
いつの間にか紙の上に型をとられ、足のサイズまでも測ってもらっていた。ふと我に返り、椅子を貸してもらいながら、靴下と靴をもう一度履き直す。
「それでは、クロイド君の木型も作ってから、試作品で調整しつつ、贈り物用の靴も作っていくことにするよ」
「はい……。よろしくお願いします」
「……ああ、そうじゃ。靴の革として使う材料は防御の魔法がかけられている特別製の革を使うことにしたのだが……。話に聞けば、教団では少し危ない仕事もしているのだろう? この革なら手入れをすれば、長い間、心地よく履くことが出来るのじゃよ」
取り出された革は一枚の大きな旗のようにさえ見えた。これが彼の手で靴になっていくのだ。
「試作品が完成したら、君に一度履いて貰いたい。昼間はさすがに無理だからのぅ……。夜にロディアート時計台がある公園で、上手く跳べるか試し履きをしてみたいが、構わんかね?」
「分かりました。あの……また、今日の授業が終わり次第、こちらに寄りますので」
「おお、そうだった。学生だったな。……では、あとはわしに任せてくれ」
胸を張りつつ、柔らかい笑顔を見せるネイビスにクロイドも小さく口元を緩めてから、頭を下げる。
この後、学園の教室でアイリスと会うことになるが今、自分が彼女に黙ってこっそりと動いていることを覚られはしないか不安だった。
自分は思っていることが顔に出ない人間だが、それでもアイリスは自分の表情の変化が小さくても読み取ってしまう。それはそれで、いつも自分のことを見ていてくれるようで嬉しいが、この件のことを気付かれるわけにはいかない。
贈り物をする前に気付かれてしまっては、きっとアイリスのことなのでこちらを気遣うに違いないからだ。
「では、いってらっしゃい」
「はい」
ネイビスの靴屋から出て、クロイドは深呼吸する。
道沿いにある店は少しずつ、営業を始める店が増えており、表の通りは先程よりも行き交う人の数が多くなっていた。新しい朝の始まりだ。
「さて、と。……俺も行くか」
今日は夕方以降に任務が入っている。もちろん、疾風の靴を使わなくても出来る任務だ。
だが、その前に一度だけ、靴屋に来るつもりだ。無理をしてもらっている以上、ネイビスの力になることはやりたい。
ネイビスは自分が作った靴をお客が履いて、嬉しそうな顔をしてくれるのが何よりもやりがいを感じる瞬間だと言っていた。
それなら、自分はどうだろうか。
自分はどんな時に嬉しいと思えるのか。
「……何のために一生懸命になれるか、だったな」
水宮堂のヴィルに言われた言葉がずっと胸に残っている。
何のために、それはアイリスのためだ。
彼女のために、自分は今──。
しかし、そこで一度、思考が停止する。
では何故、アイリスのために、なのだろうか。
「……意外と厄介な質問だな」
分かりそうで、分からない。
クロイドは頭を抱えつつ、だが頭の中では昨日のヴィルの言葉の意味を考えながら、歩き始めた。




