買い物
「──まぁ、私が知っている中で最も色んな種類の魔法材料を仕入れているのはこの店だけれどね」
ネイビス・サランの靴屋から出たクロイドはすぐにミレットのもとへと向かい、何か魔法靴に使えそうな材料を売っている店はないかと訊ねたところ、そのまま連れてこられたのは「水宮堂」だった。
細い路地の壁の中に店を構えているが、変わっているのは店の場所だけではない。取り扱っている品も普段、手に入らないようなものばかりを取り揃えているらしい。
アイリスと何度か訪れたことがあるが、いつもは彼女の用事に付き添うだけで自分が欲しいものを買いに来ることは今までなかった。
だが、多くの魔具を取り扱っているためか、自分の中に宿る魔力と反応して、何だか不思議な感覚にいつも陥ってしまう。
気分が悪いわけではないため身体に不調が出ることはないが、この水宮堂が現実の世界から一歩離れたような雰囲気を持っている店だからだろうか。
「……一応、灯りは点いているみたいだが」
店の外はすでに暗く、夕方とは言えない時間帯だ。だが、そんな時間でもこの水宮堂は開いているのか窓から灯りがもれていた。
「大丈夫よ。私が先に連絡を取っておいたから」
どこか苦い物を食べたような顔でミレットは返事をした。
「そうか。ありがとう」
何から何まで本当に手際が良いとクロイドは苦笑する。
そのうち、ミレットにも何かお礼をした方がいいだろう。彼女には普段の任務からよく世話になっているし、これからも色々と力を貸してもらうことがあるかもしれない。
「じゃあ、入るわよ」
扉を開けると扉に付いている鈴がちりん、と軽やかな音を立てる。奥からすぐに出て来たのは相変わらず目が細く、頭に頭巾を被ったこの店の店主、ヴィルである。
「やぁ、いらっしゃい! 待っていたよ、ミレットちゃん!」
今にも抱きついてきそうな雰囲気のヴィルに対し、ミレットは追い払うような仕草をする。
「あー、もう……。だから今日は私があんたに用事があるわけじゃないんだって! ちょ、近寄らないで! 触ったら叩くわよ!」
ヴィルのことが嫌いなのか苦手なのか、それとも照れ隠しなのかは分からないがアイリス曰く、ミレットはよくヴィルの店に買い物に行くらしい。
「今日はクロイド君の買い物だっけ?」
細い目がこちらへと向けられ、クロイドは軽く頭を下げる。
「ミレットちゃんから先に話を聞いたけれど、数日後が誕生日のアイリス嬢に魔法靴をオーダーメイドしたものを贈るらしいね?」
「そうよ。だから、その材料が必要なの。……少しは値引きしてあげなさいよ」
ミレットが一歩前へと出て、強い口調で言葉を吐く。
「まぁ、ミレットちゃんの頼みなら、喜んでと言いたいところだけれど……。とりあえず、浮力と跳躍力に関する魔具や魔法材料は集めておいたよ。ちょっと見てもらえるかな?」
カウンターの上に次々と並べられていくのはどれも見たことがないものばかりだ。
「注文通り、その物自体に魔力が宿っていて、一般人でも魔法が使えるものを揃えてみた」
「……」
クロイドは吟味するようにその一つ一つを見てみる。クロイドの視線に合わせて、ヴィルは並べたものの名前をゆっくりと説明してくれた。
「右から順に、『輝きの白鳥の羽』、『飛翔石』、『雲の羽衣』、『空晶水』……」
「どれも初めて見るものばかりね」
「まぁ、元々うちに仕入れてはいたんだけれど、買い手が付かなくてね~。どれも結構、珍しいものだよ」
「あの……。これ、具体的にどう使えばいいとか、分かりますか?」
「うーん……。俺は靴を商品として扱うことはあっても、実際に作ったことはないからね。どの部分をどう使うのかは分からないけれど……。靴の材料として使うんだったら……」
そう言って、少し前へと出したのは「輝きの白鳥の羽」と「飛翔石」、そして「雲の羽衣」だった。
「『空晶水』は水だからね。しかも飲料水だし。飲めば、一定の時間だけ空中を歩けるようになるらしいよ。でも、これは靴の材料としては使いどころがないかな。これ以外の三つなら、まだ俺に分からない靴の材料として使えることもあるかもしれないし」
さすがに魔具、魔法材料を売っている専門店の店主とだけあって、説明が上手いなとクロイドは密かに感心した。
決して無理に買わせようとするのではなく、客が本当に欲しいものを一緒になって考えてくれるので、とても良い店主だと思う。
「この三つはどんな性能を持っているの?」
「そうだねぇ。この中で魔具として使えるのはこの二つかな。『輝きの白鳥の羽』はこの羽一枚を何かに挿すだけで、勝手に浮かんでくれるし、『雲の羽衣』は肩に掛ければほんの少しだけ空中を舞うことが出来るよ。でも、『飛翔石』は……まぁ、魔法材料だからね。別のものと合成させるか、もしくは反応させるかしないと力が使えないんだよね」
「……どういうものなんですか?」
「この中では各段に浮力と跳躍力としての力は上だよ。多分、アイリス嬢の疾風の靴並みの力があるんじゃないかな。ただ……持っているだけじゃ、その力を使えないのが難点だね」
「つまり、魔力自体は宿っているけど、その魔力を使うには別の何かが必要になるってこと?」
「ミレットちゃんのお察しの通り、そういうこと。まぁ、だからお勧めするなら、『輝きの白鳥の羽』と『雲の羽衣』かな」
ヴィルの説明をクロイドは黙って聞きつつ、考えていた。
材料となるものをどのように使うのか。それが一番大事だ。
自分には靴の材料として、これらのものがどのように使えるのかは想像がつかない。だが、ネイビスならば、何かいい案が浮かぶのではないかと思ったのだ。
「あの、その二つと……この『飛翔石』もいただいていいですか」
クロイドがすっと指をさすとヴィルは意外だと思ったのか、細い目を薄っすらと見開いた。
「おや、この『飛翔石』もかい? 別に構わないけれど……」
「何かいい案でもあるの?」
「いや、そういうわけではないが……。でも、俺に分からなくてもネイビスさんなら、この石をどのように使うのか、何か閃くことがあるかもしれないなと思って」
「ふーん……」
何かを考えているのかミレットが腕を組み、小さく唸る。
「三つまとめて買うなら、お安くしとくよ。これがこの値段で、こっちがこれだから……1万5千ディールってところかな」
「それ、ちゃんと安くなっているんでしょうね?」
少し目を吊り上げてミレットがヴィルを睨む。
「もちろんさ。元々の値段は三つ合わせて2万8千ディールだからね。これでも大きく、値切った方さ」
「まぁ、それならいいけど……。クロイド、今日は手持ちあるの?」
「え? ああ、持ってきている。……1万5千ディールですね」
クロイドは財布から1万ディール札と5千ディール札を取り出し、ヴィルへと渡す。その間にヴィルは商品を一つ一つ丁寧に包装し、まとめて紙袋に入れてくれた。
「……ありがとうございます。──そういえば、魔具を買った時には魔法課に報告しなければいけないと聞いているが、これも報告した方がいいのか?」
「んー……。報告するのは使用者、もしくは所持者だからね。魔法靴が完成してから、アイリスが報告すればいいと思うし、クロイドがする必要はないかも」
「そうなのか」
「ここ最近は色んな魔具が出回るようになったからねぇ。魔法課も管理が大変だ」
にやりとヴィルが口の端を上げる。どうやら彼は元々教団の、しかも今、自分が所属している魔具調査課に数年前、身を置いていたらしく教団内部の事情も大体把握しているらしい。
「それじゃあ、世話になったわね。また何かあれば寄るわ。出来るなら、来たくないけれど」
「お買い上げありがとうございます~。また来てね、ミレットちゃん! 今度は一流シェフのお店に予約するから」
「しなくていい!」
吐き捨てるようにそう言って、ミレットはヴィルに背中を向けて店の外へと歩いていく。
「あの、それでは……ありがとうございました」
「いえいえ。……無事に魔法靴が完成して、アイリス嬢が喜んでくれるといいね、クロイド君」
「そうですね……」
「まぁ、アイリス嬢のことだから、君から贈られるものなら、どんなものでもきっと喜んでくれると思うけどね」
「え?」
「あれ、気付いてないか」
何か面白いものを見ているかのように、ヴィルは細い目をさらに細めて苦笑する。
「でも、いつか分かるよ。……君がアイリス嬢のために──自分がそこまで一生懸命になる理由は、何なのか、ってね」
ヴィルの言っていることは分かるようで分からない。クロイドが首を小さく傾げると、ヴィルはにっと楽しげに笑い返した。
「ちょっと、クロイドー? 何しているの?」
外で待っていたミレットが扉から顔だけ出して、店内を覗き込んでくる。
もう一度、ヴィルの方を見たが彼は特に何も言うことがないのか、笑って肩を竦めているだけだった。クロイドは彼に対してもう一度、頭を下げてから店を出た。
……どういう意味、だったんだ?
アイリスのために、一生懸命になる理由。
分からない。どういう意味を含めた言葉なのか今の自分では分からないということか。
扉を閉めた水宮堂はまだ、灯りがついたままだ。その灯りを背中に感じつつ、クロイドはミレットのあとを追うように暗闇が広がる街へと歩き出した。




