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魔法材料

  

「だが、魔法靴となるとただの革靴とは違い、魔法を発動させる材料となるものが必要じゃ」


「材料、ですか」


「例えば……この疾風の靴(ラファル・ブーツ)には『飛竜の皮』と呼ばれている魔法材料が使われている」


 クロイドはネイビスの手元にあるアイリスの靴に視線を移す。目を凝らすようにしながら見てみると、微かに鱗のような模様が見えた。


「竜が……本当に存在していたと言うことですか」


「昔はな。……だが、人間によって狩られ、彼らは人間が入れない奥地や、谷の深くに棲むようになったのじゃ。恐らく、この靴の皮はほぼ手に入れることは出来ないだろうな……」


「……」


 ネイビスの言葉にクロイドは黙り込んだ。


 確か記憶の隅に置いていた、裏の法律では竜狩りは随分、昔に禁止されている。絶滅を防ぐために処置がとられたようだが、規制されるまで竜の身体のあらゆる部位が魔法の材料として使われることが多かったと聞いている。


 アイリスの靴の材料は乱獲が規制される以前に狩られた竜から得たもので、作られた靴なのだろう。


「だが、逆に言えばこの材料を使わなくて済んだ、と思ってもいいだろう」


「どういうことです?」


「飛竜の皮は確かに浮力の力が宿っているため疾風の靴(ラファル・ブーツ)にはもっとも最適な材料じゃ。だが──それと同時に魔力が必要となるものなのだ。……確か、祖父の書付けに……」


 ネイビスは先程の手帳を捲り、疾風の靴(ラファル・ブーツ)のついてのページを開く。


「このページに疾風の靴(ラファル・ブーツ)の制作過程が書かれておる。そこには……革靴の底に踵を取りつける際に、魔法陣を刻んだものを踵に彫ったらしい」


「魔法陣……」


 確かに魔法の中には一時的だが、浮力を持たせる魔法があった。それを靴の中に仕込んだ、ということだろうか。


「革靴は手縫いで作られておる。それに使用する糸は底に仕込んだ魔法陣の力を靴全体に反映させる役割も持っていたという特別製のものだ。その糸を伝って、飛竜の皮が持つ浮力を助力するような形で、魔法が発動していたらしい」


 理論的には何となく想像することは出来るが、すぐに理解することは出来なかった。


 靴職人ファニスの努力と技術の集合体ともいえる、この疾風の靴(ラファル・ブーツ)には自分の知らない魔法が永遠にかけ続けられているのだ。


「これで理論上、跳べる靴になっていた。ただ……普通の靴ではない。飛竜は空を自由に飛ぶ竜で、飛ぶことにはかなり大きな力が必要とされる。その力こそ……竜が持っていた魔力なのじゃ」


「竜が持つ魔力……」


「竜の魔力は人間とは比べ物にならない程に高い。竜自身で自らかけていた魔法を、今度は人の魔力によって、その身を浮かせなければならない。だが、人というものは本来、浮かぶ力を持っていない生き物じゃ」


「……つまり、大きな魔力が必要、ということですか」


「そういうことじゃ。……しかし、魔力の無い者がこの靴を使うとなれば話は別となってくる」


 ネイビスの表情がわずかに曇ったように見えた。


「恐らく……この靴の持ち主は靴の性能を制御するのが相当、上手いのだろう」


「え?」


「世の中には自らの生命力を上手く制御し、魔具を使える者がいると聞く。それは魔力が必要ない魔具を使用する場合ではない。魔力の代わりに己の生命力を捧げて、魔具の力を使う方法があるのじゃ。……自らの生命力を犠牲にしつつ、その器用さを身に着けたこの靴の持ち主は……血が滲むような努力をしてきたのではないかね」


「……」


「魔具には魔力が必要なもの、そうでないものの他に生命力を吸い取ってしまうものがある。……偶然とは言え、この靴はその後者のものとして生まれてしまった。……今度は絶対にそのようなものを作ってはならぬのじゃ」


 静かにまるで自身に問いかけるような物言いだった。


「飛竜の皮はもう手に入らないし、二度と使う気はない。だが、それの代用品となるものが必要じゃ。魔力の必要がなく、それでいて、一般人にも使えるようにその物自体が魔力の塊となっているもの……」


「……つまり、自分は代用品となる材料を探してくればいいんですね」


「そういうことじゃ。教団の者なら、そういう魔法材料に詳しい知り合いが多そうだからな」


 確かにミレット辺りに聞けば、詳しく調べてもらえそうだ。クロイドは了承の意味で軽く頷いた。


「他には何か必要なものはありませんか」


「そうじゃな……。確か、残されている日数は一週間程だったかの?」


「……本当に急なお願いをしてしまい、すみません」


「構わんよ。まぁ、普通なら制作にひと月程かかるが、今は他にオーダーメイドの予約は入っていないからのぅ。時間ぎりぎりに手渡しすることになるが、クロイド君が靴制作以外の部分を手伝ってくれるなら、かなり時短することが出来るはずじゃ」


「……何か、自分に手伝えることが?」


 自分は靴作りに詳しくはない。恐らく、ネイビスの頭の中では靴の制作日数が細やかに計算されているのだろう。

 無理なお願いをしてしまっている以上、出来るなら、自分が手伝える部分では協力していきたい。


「同時進行で試作品も作る。……つまり、君に作った靴を履いて、上手く跳べるかどうか試して欲しいのじゃ」


「……分かりました」


 確かにしっかりと靴の性能が機能するか試すことは重要だろう。クロイドはネイビスに快く頷き返した。


「とにかく、材料集めが先じゃ。浮力に関する魔法材料なら、何でもいい。試してみる価値はあるからの」


 ネイビスの言葉にクロイドは大きく頷き、立ち上がる。


「さっそく、探してきてみます。知り合いに聞けば、分かることも多いと思いますし」


「うむ。そちらは頼むよ」


 クロイドはもう一度立ち上がり、深く頭を下げる。


「……ネイビスさん。この件を受けて下さり、本当にありがとうございます」


「……靴を履いて、笑顔になる人がいるのが、わしの……わしら靴職人にとって一番のやりがいじゃ。祖父の叶えられなかった夢に挑戦できると思えばいい。……こちらこそ、久しぶりに心の奥が熱くなった。お礼を言うのはむしろ、わしの方じゃ」


 ネイビスはにんまりと笑みを浮かべる。それに返すようにクロイドも口の端を薄っすらと上げて、再び頭を下げてから靴屋を出た。


 扉を静かに閉めて、何となく空を見上げてみると今にも日が暮れようとしていた。


 自分に課せられたのは材料となる魔力が込められたものを集めることだ。一人では無理かもしれない。だが、今の自分には頼ることが出来る人達がいる。


「……よし」


 気合を入れ直し、クロイドは踏みしめるように教団の方に向けて歩き出した。

  

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