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助け舟

 

 目が痛くなるほどに煌びやかな金で装飾された屋敷の大きな扉の前には案内係らしき執事服を着た男性が居た。男性に二人分の招待状を見せると、確かめるように頷き返し、扉の前にいる男二人に向けて視線で合図を送る。

 男二人によって、大きく重そうな扉がゆっくりと開け放たれた。


 広がっていく視界の先には、広間の端が見えない程の人で埋め尽くされており、その室内は輝くもので溢れていた。


 数えきれない数のシャンデリアが天井からぶら下がり、その場にいる者達の表情を照らしていく。そして各々が纏っている輝かしいドレスなどに一瞬だけ目を奪われたアイリスは溜息交じりに視線を少し逸らした。

 

 アイリスは即席で用意された白の生地に細かい刺繍が施された、地味なドレスを着ている。任務中なので気にする必要はないと思っていても、何となく他人との差異が気になってしまうのだ。


「……金持ちばかりね」


 アイリスは周りの人間に聞こえない声量で独り言のようにぼそりと呟く。 

 恐らく、目の前で揺らめくように動いているドレス達は全て個人が注文して仕立てたこの世で唯一のものばかりなのだろう。色もデザインも一つとして被っていないからだ。 


 そして、各々の貴婦人たちの首や耳、腕などに身に付けられている色鮮やかな宝石達が目に入って来る。

 アイリスとは全く縁のないものばかりだ。気にならないわけではないが、つい目に入ってしまえば、その美しさに溜息が出てしまう。


「……どうせ」


 自分には似合わない。

 この手は剣を握るためのもので、この場にいる女性達のように白く細くはない。

 自分でちゃんと分かっているつもりだ。


 今は任務中で、美しいものに対して惨めさを感じる必要なんてないはずだ。

 それなのに。


「……似合わない奴がいくら綺麗な物で着飾ったとしても、そいつに似合うとは限らない。そのドレスは君に似合っているから周りを気にする必要はないだろう」


 ぶっきらぼうにそう告げて、クロイドはアイリスの腕をぐいっと引っ張った。

 細い腕だと思っていたが意外と大きな手の温もりに何故か感じたことのない感情がふわりと浮き上がった気がした。


 しかし、広間の中央辺りまで行くとその手はぱっと何事も無かったかのように離されてしまう。それを少し残念だと感じてしまう自分に不思議な気がしてならない。


「……これからどうする?」


「オークションが始まるのは二十一時からだ。それまで時間を潰すしかないな」


「そうね。あ、そうだわ。せっかくだし、飲み物でも貰って来るわ」


 そう言ってアイリスが視線を移すと、すぐ近くを給仕係の男性が通っていく。


 どうやらワイングラスに注がれている飲み物を配っているらしい。興味を持ったアイリスがその給仕係のもとへ近付こうとすると、クロイドの声によって後ろから止められてしまう。


「……酒は駄目だからな」


「わ、分かっているわよっ! 未成年だし、それに任務中だものっ」


 少々、頬を膨らませながらアイリスはクロイドに返事をする。

 だが、改めて見渡して見ると飲み物だけではなく、教団の食堂では食べられないような豪華な料理が長台の上にずらりと並んでいた。

 普段は見る事のない、煌びやかな光景に目移りしないわけがない。


「まるで立食パーティーね」


 ここにある料理は招待状を貰っている者ならば、誰でも好きなだけ食べてもいいのだろう。全ての料理と飲み物を無償で提供するとは、主催者は余程、羽振りが良いらしい。


 オークションまでに時間はあるし、どれか試しに食べてみようかと迷っていると突然後ろから声をかけられた。


「――そこのお嬢さん、お一人ですか?」


 自分に向けて話しかけられているような気がして何となく振り返ると、同じく仮面を着けた青年二人がそこに立っていた。


「宜しければ、僕達と静かな場所でお話でもしませんか?」


「……」


 瞬間的にアイリスの青年二人に対する第一印象は胡散臭いものへと変わる。


 一人は金髪で細かい刺繍が施された白の正装で、仮面はまるで絵本から飛び出してきたような魔物――いや、鳥をモチーフにしたものらしくシャンデリアの光に反射して眩しい。


 もう一方は背が高く茶髪で一見爽やかな好青年だがワインレッドの正装が正直似合っておらず、仮面も紫色の羽のような物が付けられており、あまりこういう場に縁が無い自分が言うのも何だが、かなり恥ずかしい格好である。


 そもそも女性、いやまだ自分は子どもかもしれないが人に話しかける時は自分の名を先に名乗るのが礼儀ではないだろうか。


 しかも、彼らはかなり軽薄そうな感じだ。ここには貴族や富豪が集まっているので彼らもその中の一人かもしくはご子息といった、人の金を食って生きて来た人間の部類だろう。


「いえ、連れが居ますので……」


 貴族の全てが悪い人ばかりではないことは知っているが、どうしても相手から見下される感じがして好きではないのだ。

 そういった諸々の言いたいことがある感情を押し殺して、アイリスは困ったような笑みを作る。

 後が面倒になるというよりも正直に言って任務の邪魔である。ここは丁寧にお断りするのが一番だ。


「おや、連れの方が居たのですか? あまりにもお美しいのでどこかのご令嬢かと思いましたよ」


 よくもまぁ、そんなにもすらすらとお世辞が言えるものだ。任務中でさえ無ければ軽く蹴り倒すのだが。

 今はドレスを着ているがこのドレスは見た目とは違って、かなり動きやすいものとなっているので、いざとなれば回し蹴りだって出来るだろう。


 アイリスはあまりお喋りな男は好きではない。水宮堂のヴィルはお喋りというよりも気さくな話し方なので親しみやすいが、目の前にいる青年二人は何となく近付きたくはない雰囲気が醸し出ていた。


「それで、そのお連れの方はどこにいるのかな?」


 もう一人の青年が口元を緩めて疑わしげにアイリスの表情を窺ってくる。わざとらしい言い方に本当に殴り飛ばしたい気持ちでいっぱいだったが、今は令嬢のふりをしているので、何とか気持ちを抑えておいた。

 こういう時、短気な自分は損ばかりすると自覚はしている。


「ええ、こちらに……」


 だが、アイリスが振り向く方向にクロイドは居なかった。


 ……さっきまでそこに居たのに!


 そう叫びたかったがアイリスはぐっと堪えて、必死に視線だけを素早く動かす。だが、やはり自分の近くにクロイドの姿は見当たらなかった。


「どこですか?」


 せっかく、面倒なことこの上ない状況から切り抜けられそうだったのにと、自分自身に対しても少々苛立ちつつ、アイリスは拳を二人に見えないように強く握り締める。


「先程までそこに居たのですけれど……」


 頭の中の血管が数本切れたのではと思えるほどに、アイリスは苛立っていた。


 面倒だ。はっきり言って殴り飛ばしたい。いや、殴り飛ばそう。見えない速さでやれば問題ないはずだ。


 しかし、そうやってすぐ手が出てしまうので「真紅の破壊者クリムゾン・クラッシャー」などと呼ばれてしまうのだが。


「では、お戻りになられるまで私達がお相手致しますよ」


「さぁ、こちらに……」


 ……この男共はっ!


 だが、クロイドが居なければ断れる理由がない。このまま、静かな場所へと連れて行かれた瞬間に、やはり二人を同時に気絶させるしか逃れる方法はないだろうと出来るだけ冷静に考えてみる。


 アイリスが無言のまま、どうやって逃れようかと考えていると、青年の一人がアイリスの肩辺りに手を伸ばそうとしてくる。


 その時だった。


「……私の連れに何か御用でも?」


 まるで青年達とアイリスの間を裂くようにクロイドがすっと自然に割り込んで来たのだ。


 仮面を着けているとは言え、整った顔立ちと威圧感ある切れ目に睨まれた青年達は臆したのか、同時に数歩ほど後ずさりしていた。


「い、いや。連れの方が居るなら、良いんだ……」


「……で、では、僕らはこれで失礼するよ」


 本当に連れがいると思っていなかったのか、それともクロイドの威圧感のある無表情に恐れを抱いたのかは分からない。

 それでも青年二人は、引き攣った表情ですぐにこちらに背中を向けて、他の招待客の中へ紛れるように早足で去っていった。

 

 そんな青年二人をクロイドは小さく溜息を吐きながら見送っている。


「おい、大丈夫……」


「遅いわよ」


 ぐいっと近づいて、上目遣いで睨むとクロイドは申し訳無さそうな表情をした。


「……俺が目を離したのが悪かった。……すまない」


 クロイドは本当に申し訳なく思っているらしく、彼の瞼は薄く閉じられていた。そう素直に謝られるとは思っていなかったので、逆にこちらも申し訳なくなる。


「えっ。いや、でも……。不注意だった私も悪いし、それにクロイドは約束通り私を助けてくれたじゃない」


 この場所に来る前に馬車の中で彼は自分に言ったのだ。 

 ――自分を助けると。


「だから、あなた自身を責めるような事はしないで」


「……」


 気まずくなったのか、重なっていた視線がふいっと逸らされる。


「でも、どこに行っていたの? 本当に居ない時はどうしようって思ったわ」


「ん? ああ……これをな」


 そう言って目の前に出されたのはワイングラスだった。

 だが、中身はお酒ではない。


「まだ未成年だし、任務中だからな。オレンジくらいなら良いだろうと思って」


 つまり、自分のためにわざわざ飲み物を持ってきてくれたらしい。

 全く、ますます彼の性格が分からなくなってしまうではないか。


「……クロイドってたまに心配性の兄みたいなところがあるのね」


「なっ……」


 照れているのか今度は顔ごと、どこかへ向いてしまう。もちろん、その表情を追いかけるような不躾なことはしないでおいた。


「ふふっ。でも、嬉しい。……ありがとう」


 クロイドからワイングラスを受け取り一口だけ、口に含める。


 自分に向けられた優しさにくすぐる感触と少しだけ切ない何かが心の中で混ざり合ってしまう。

 飲んだオレンジは胸の奥までつん、と染み渡る味がした。

 

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