相談
「ははーん、なるほどねぇ」
そう言って、口いっぱいにデザートとして作ってきていたアップルパイを頬張るのはミレットだ。
「でも、中々ないわよねぇ~。かのファニス・サランはあの靴以降、他に魔法靴を作ってないもの」
頷きつつも、瓶に入った牛乳を飲んでいるのは先輩のユアンだ。
「ああ、あの人か。中高年層に人気があった靴職人だろう?」
ユアンの隣でレイクがもう一枚、アップルパイに手を伸ばす。
今は学園のお昼休み。
クロイド達はいつもの中庭で昼食を摂っていたのだが、長い任務を終えたユアン達が一緒にお昼ご飯を食べないかと誘ってきたので5人で食べることにしたのだ。
今日の弁当もクロイドが作ったものだ。
もちろん、学園には食堂があるのだが、弁当を持参してきている生徒はそれなりに多いらしく、アイリスもクロイドが作る弁当をいつも楽しみにしてくれていた。
本音を言えばアイリスが美味しそうに食べる顔が見たいだけなのである意味、自分のためにも作ってきているようなものだ。
クロイドは最後に一つ残っているアップルパイを布に包む。デザートまで食べる暇がなかったアイリスの分を取っておくことにした。
あとで渡せば喜ぶだろう。アイリスは甘いものが好きらしく、たまにミレットと甘いものを食べに街中へと遊びに行くらしい。
だが、今はアイリスが次の時間の授業を受け持つ先生に用事で呼ばれているため、四人になったところでクロイドはミレット達にアイリスの靴の事について相談していたのだ。
「まぁ、あの子は重々承知の上で、あの靴を履いているもの」
「それは……分かっているんだが」
それでも、やはり自分の命を削るような行為は止めさせたかった。たとえ、それが二人の悲願である魔犬を打ち倒すために使用していたとしても。
「クロイド君は優しいわねぇ~。どこかの誰かに見習ってほしいわ」
「おい、そのどこかの誰かに俺は入ってんのか」
「あら、そんなこと一言も言ってないけど」
「この前、ジェラートを奢ったじゃねぇか!」
「美味しかったわねぇ」
ユアンとレイクは相変わらず、仲がいいのか悪いのか分からない関係だが、こうやって普段から一緒にいるということは仲がいい証拠なのだろう。
クロイドは二人に見えないように小さく苦笑しつつ、溜息を吐く。
「とりあえず、アイリスは代用品があるなら、そっちを履くと言っていた。……ミレット、似たような靴って他にもあるのか?」
「詳しく調べてみないと分からないわね。何せ、魔法靴は昔はそれなりに人気だったけれど、靴職人兼魔法使いをしている人なんて、今の世には中々いないからねぇ。生産される数が少ない分、扱っている店も少ないだろうし」
「ねぇ、それなら現存している靴じゃなくって、オーダーメイドで作ってもらえばいいんじゃない?」
ふっとユアンが顔を上げて、いかにも名案だと言わんばかりに笑顔を見せる。
「オーダーメイドって……。いくら掛かると思っているんだ」
レイクが苦い顔をしつつ、アップルパイを口の中へと押し込める。
「んー……。やっぱりお店によって違うからね。素材とか、靴の種類とかで変わるんじゃない?」
「……」
オーダーメイドという言葉にクロイドは黙り込む。確かにその手があった。ただ、普通の靴では駄目なのだ。
求めるのはアイリスが履いている疾風の靴と同等に跳べるものであり、そして身体に負担の掛からないものでなければいけない。
「──あ、あった」
「え?」
魔具である「千里眼」という手帳を捲っていたミレットが小さく声を上げて、手を止める。
「名前は……違う。あ、もしかして、子どもか孫かしらね」
「どういうことだ?」
「これを見て」
手帳のとある頁を皆に見えるようにミレットは広げる。そこに書かれていたのは一つの名前だった。
──『ネイビス・サラン』
ミレット以外の三人は知らない名前だと言わんばかりに顔を見合わせる。
「いや、検索する言葉を魔法靴じゃなくって、普通の靴職人で調べていたら名前が出て来たのよ。多分、ファニス・サランの子どもか孫の名前だと思うんだけれど。教団に属してはいないけれど一応、魔法使いとしての登録はしてあるみたいね」
「へぇ、さすがは情報課だな」
レイクが感心するように何度も頷いた。
「名前は聞いたことないわねぇ。でも、教団で魔法使いの登録を済ませているなら、名簿とかに連絡先が載っているかも」
「そうですね。……クロイド。それでどうする? この人に連絡してみる?」
ミレットが手帳で口元を隠しつつ、どこか愉快そうにこちらを見ている。
「……無論だ」
ただ、このネイビス・サランという人物がこちらの希望通りの魔法靴を作ってくれるとは限らない。慎重にいった方がいいだろう。
「あ、それともう一つ、クロイドに伝えることがあったわ」
今度はにやにやと笑う顔へと変わるミレットにクロイドは訝しげな目線を送る。
「何だ」
「クロイドは知らないかもしれないけれど、あと8日でアイリスの誕生日なのよね」
「……」
一同、一瞬で無言になる。
「……は、い?」
「だから、アイリスの誕生日が近いのよ。もし、この靴職人に望み通りの靴を期日以内に作ってもらえたなら、誕生日の贈り物として、アイリスに贈ればいいんじゃないかと思っただけよ」
「……そういうことはもっと、早い時期に言ってくれ」
クロイドは右手で額を支えるようにしながら、項垂れる。
その情報はもう少し早くに欲しかった。
「あら、そうなの? アイリスちゃん、今度誕生日だったのねぇ」
「おう、いいじゃねぇか。せっかくだし、皆で祝うか? ケーキでも買ってさ」
「レイクにしては良い案ね。ブレア課長も呼んで、魔具調査課の部屋で誕生日会しましょうよ」
「おい、俺にしてはって、どういうことだよ!」
「そのままの意味よ。……ミレットちゃんもその日の午後は時間を空けておいてね。あと、アイリスちゃんにこの事が気付かれないように振舞ってちょうだい。秘密にしておきたいから」
誕生日会が楽しみなのか、ユアンの瞳はさっそく、きらきらと輝いている。
「了解です。……それじゃあ早速、このネイビスって人に連絡取ってみるわ。早い方がいいからね。何せ、誕生日まで1週間程しかないし」
こくり、とクロイドは頷き返す。
任せっぱなしにしてしまうのは申し訳ないと思うが、やはりミレットの方が連絡を取るのは適任だろう。アイリスいわく、ミレットは色々と口が上手いらしいので。
「じゃあ、私達は先に教室に戻るわね」
「次は人文学だっけ。ルーティ先生、苦手なんだよな~」
「あんたが居眠りばかりしているから、怒られるんでしょ」
ユアンとレイクはクロイド達に、またねと言って、自分達の教室へと戻っていった。
それを見送り、ミレットはちょっと困ったように溜息を吐く。
「でも、誕生日会ねぇ……」
「何か問題でもあるのか?」
「いや、あのさ……。アイリスの家族が魔犬に殺された日って……あの子の誕生日だったの」
「っ……!」
「だから、毎年……自分の誕生日が近づく度に気持ちが沈んでいくのよね……。まぁ、しばらくしたらいつも通りになるんだけれど、やっぱり見ている方としては……ね?」
「……」
「でもまぁ、今年はいつもと違うから、大丈夫かも」
「え?」
「だって、今年からはクロイドがいるじゃない」
手帳をぱたり、と閉じてミレットはにっと笑う。
「クロイドがいるから、アイリスは大丈夫だわ、きっと」
「……何の根拠だ、それ」
「んー……。親友の勘、かな?」
それでもミレットの表情は先程と比べてどこか強張っているように見える。彼女もアイリスのことを心配しているのだ。
「とりあえず、靴職人に連絡を早く入れないとね。連絡がついたら、あとでクロイドに教えるわ。もちろん、アイリスには内緒でね」
「ああ、頼む」
そう答えつつ、クロイドはミレットに気付かれないように静かに溜息を吐いていた。
……自分の生まれた日に家族が死んだ、か。
アイリスは毎年、毎年、どのような気持ちで自分の誕生日を過ごしていたのだろうか。
もし、自分が誕生日を祝って、贈り物をしたら彼女は喜んでくれるだろうか。
「……」
こちらがどう思っても、やはり本人の気持ちは本人しか理解できない。
とにかく、ミレットからの連絡を待つしかないだろうと、クロイドは何度目か分からない溜息をこっそりと吐いていた。




