副作用
「……この靴の副作用みたいなものなの」
「……疾風の靴のか?」
「ええ」
アイリスはそれまでクロイドだけに秘密にしていた今、履いている靴について説明を始めた。
この靴は魔具ではあるが魔力が無い者が使うと、生気の方を削られていくものだと伝えた。そのため、靴の性能の影響により、身体の節々が痛み、貧血のような状態になる場合があるのだと。
説明をしている間、クロイドは黙ってアイリスの話を聞いていた。それでも何かを堪えるように、膝の上に置いている拳を強く握りしめているのが目の端に映り、アイリスは小さく逸らしてしまう。
「……たまに任務中に顔色が悪い時があったのは、そういう事だったんだな」
静けさの中に低い声だけが響く。声色は怒っていないようにも聞こえるが表情が無であるため、クロイドの感情は読み取れない。
「……今まで黙っていて、ごめんなさい」
「大方、俺に心配をかけまいと言わなかったんじゃないのか?」
大当たりだ。アイリスが気まずそうな表情で肩を竦めと、クロイドは大きく溜息を吐き出した。
「……全く、心配くらいさせてくれ。でないと、何のための相棒か分からないだろう」
「……」
瞳が揺れている気がしたがそれも一瞬だったため、勘違いだろうかとアイリスは目を細めた。
「……今、どのくらい命が削られているのか分かっているのか?」
「え? ……この靴を使い始めて一年くらいだから……。具体的にどのくらい削られているのか分からないわ。何というか……命が削られるって、身体が動けなくなることだと思っているの」
目に見えた命の終わりというものが分からないが、少しずつ何かに蝕まれていく感覚なら分かる気がした。
「そうか……」
今度は考え込むように腕を組んで、クロイドは目を閉じた。
「……その靴を使わないという選択肢はないのか」
「……ないわ。魔力がない私にはこの靴がないと、任務が遂行出来ない時があるもの」
今まで色々な場面でこの靴に助けられてきた。年代物の靴だが、本当に良い靴だと思う。副作用さえなければだが。
「それに普段は普通の靴を履いているから……」
アイリスは弁明するようにそう言うものの、クロイドは難しい顔のままだ。これではこの先の任務で、疾風の靴が使い辛くなりそうだ。
「……代用品はないのか?」
「疾風の靴の代わり? ……あるなら、そっちを履いていたわ。でも、この靴を作った職人は凄く昔に亡くなっているし。……この靴が最後の一足とまで言われているみたいだから」
魔法使いでもあり、靴職人でもあったファニス・サランは50年くらい前の人だ。
そういえば以前、悪魔メフィストフェレスが、この靴を作った職人を見たことがあると言っていた。随分前の人なのだろう。
「お願い、クロイド。この靴を使うことを止めないで。私……この靴がないと、跳べなくなるの」
いつか、魔犬を倒すには必要な靴だ。手放すわけにはいかない。
「気持ちは分かる。だが……このままでは君の身体の方がもたなくなるぞ」
「それは……分かっているわ」
だから、魔犬を探すことを急いでいる理由の一つでもあるのだ。それでも、まだ手がかりは掴めていないが。
「……少し、考える」
クロイドはすっと立ち上がった。
「……おやすみなさい」
「……ああ」
怒っているわけではないのにあまりにも無口で無表情だと、怒っている以上に呆れられてしまったのではないかとさえ思えてくる。
クロイドはそのまま魔具調査課の部屋から出て行ってしまった。寮の自室へと戻ったのだろう。
一人ぽつんと残されたアイリスは両手を握りしめて、履いている靴へと目を落とす。
「でも……仕方ないもの」
悲しみを込めた呟きが、その場に零れ落ちていた。




