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美術館

   

 もう、夜の12時を回った頃だろうか。時間を確認しようにも手元に時計はないため、正確な時刻は分からない。


「……行くぞ」


 クロイドの声に答えるようにアイリスは軽く頷き、壁の陰から飛び出した。


 耳を澄ませてみても人気はない。無音という状態に近いほどの静けさだけが漂っている。灯りが無ければ歩けない程に暗く、長い廊下が真っすぐと伸びているが、自分達以外の影はそこには存在していなかった。

 二人は息を潜め、音を立てないよう気を付けつつ、軽やかに廊下を走る。


 今、アイリス達は夜のロディアート美術館に潜入していた。もちろん「奇跡狩り」の任務の真っ最中だ。


 夜中なので一般客はいないが、貴重なもの、価値があるものが展示されている美術館には常駐の警備員がおり、しかも定められた時間で見回りをしているため、気を抜くことは出来ない。


「急がないと……。確か、一時間に一回の頻度で警備員がこの廊下を見回りに来るはずよ」


「分かっている。……仕方ないだろう、魔具の位置までは知らなかったんだから」


 先日、この美術館に展示してある「空腹の絵」という題名の絵が魔具であることが分かったのだ。

 何でもこの魔具は絵に触れたものを吸い込み、というよりも食べてしまい、絵の中の一部の風景として取り入れてしまうらしい。


 物ならまだいいが人が吸い込まれてしまっては大事であるため急遽、アイリス達に任務が言い渡され、更には展示されている魔具と替わりの絵を交換しなければならなかった。


 この替わりの絵はミレットの知り合いが一度美術館に来て、魔具である絵を見たあとに家に帰ってから一日で描いてくれたものらしく、本物そっくりに描かれているらしい。


 ここへ来る前にちらりと拝見したが、あまり芸術に詳しくないアイリスでも、雰囲気が良い絵だと思えるような絵だった。


 ただし、描いてある絵は大きな机と椅子に座らされた熊のぬいぐるみ、そして、その目の前に置かれた食事、蝋燭とここまでは普通の絵画と変わらないものだが、テーブルの上や端の方には吸い込んでしまったであろう、手袋、布、帽子、鞄、指輪などが散乱していた。


 これでは傍目に見るなら、奇妙な光景の絵になってしまう。これ以上吸い込まれてしまっては、絵が変わったことに誰か気付いてしまうだろう。


 クロイドの背中には替わりの絵が布に包まれて入っている。

 この包みはユアンから貸してもらった魔防の魔法がかけられた布であるため、吸い込まれることなく、魔具の絵を運ぶことが出来るのだ。


「あ、こっちだわ」


 アイリスの右手に吊るされた魔力探知結晶が赤く煌めき、大きく揺れ動く。


「……こちら側から微かに魔力の気配がするな」


 クロイドも頷き、廊下の突き当りの壁に掛けられている絵の方向へと歩みを進める。


「灯りがないから、不便だわ。もし、万が一にも私が絵の中に吸い込まれたら、助けてよね」


「縁起でもないことを言うなよ……。確か、レイク先輩に魔防の手袋を二組借りてきていたはずだぞ」


「あら、用意がいいのね」


 目当ての絵の前に二人は同時に立ち止まる。カーテンを閉め切られた窓の外からの灯りが、その場を静かに照らし出した。


「これね。『空腹の絵』」


「交換する絵と同じだな。……見た目をそのまま同じに描けるなんて、替わりの絵を描いた人は凄いな。ミレットには不思議な知り合いが多そうだ」


「あの子、交友関係が広いと言うか、人付き合いが上手いのよ。この替わりの絵を描いてくれた人は教団の人じゃないけれど、一応、教団で魔法使いの資格を取って、好きに魔法を使った絵を描いているんですって」


「魔法を使った絵?」


「何でも動く絵とか、光る絵とか。たまにだけれど、内輪向けの展示会とかも開いているみたい」


「へぇ……。ちょっと気になるな」


 クロイドは背中に背負っていた額縁付きの絵をおろし、包みを解いていく。もちろん、この額縁も魔具の絵に使われているものと同じものを使っている。


「美術館と、この絵を楽しみにしていた人達には悪いけど、回収させてもらうしかないわね」


 一般人が絵の中に吸い込まれてしまっては、大問題に発展してしまうだろう。むしろ、今まで誰も被害に遭わなかったことが、幸運過ぎたのだ。


「クロイド、絶対に絵を触っては駄目よ。額縁だけ、触るのよ」


「ああ」


 二人は同時に手袋をはめて、壁に掛けられている絵の額縁に手を掛けて、頷き合ってから、絵を壁から外した。


「……」


 思わず、息を止めてしまう。


「ゆっくり、ゆっくり、布の上に降ろして……」


 お互いに動きを合わせながら、魔防の布で魔具の絵を素早く包み込む。


「よし、あとは替わりの絵を壁に掛けるだけね」


 魔具の絵とそっくりそのまま同じ絵をゆっくりと壁に掛けて、アイリスはやっと一息付いた。


「はぁ……。緊張したわね」


「まぁ、別の意味で命の危険があったな、今回は」


 クロイドは苦笑しながら、魔具の絵を包んだものを背中に背負う。


「それじゃあ、帰りましょうか」


「そうだな」


 侵入して来た場所は一階の廊下の窓からだ。

 クロイドの魔法で開けてもらい、美術館内に侵入したが窓の鍵を閉めなくてはならないため、どのみち一階の窓から外へ出るしかない。


 二人で頷き合って、さっそく帰ろうとした時だ。

 少し遠くで、反響するような声が聞こえた気がした。


「……今のって……」


 アイリスとクロイドは顔を見合わせる。


 瞬間、画廊の灯りが一斉に付いたのだ。突然の眩しさに、二人は同時に目を瞑る。慣れるまで時間がかかりそうだ。


「っ!」


「気づかれたか!」


 この美術館中の灯りを付けたようだ。恐らく、警備員が一階の窓が開いていることに気付いたのだろう。何とも、優秀で真面目な警備官だ。


 ここは二階の端にある場所だがすぐに多くの警備員が来るはずだ。今だって、耳を澄ませばかなりの数の足音が荒々しく聞こえ始めてきている。


「逃げるぞ!」


 クロイドはすぐ傍にあった窓へと手を伸ばし、大きく放つように外側へと開く。

 美術館の外に街灯はない。暗闇に紛れてしまえば、見つからないはずだ。


 アイリスは頷き返してから、すぐに欄干へと手を伸ばす。クロイドが先に飛び上がるように欄干に足を掛けて、そのまま外へと身を投げ出した。


 クロイドは口先で魔法の呪文を唱えていたため、魔法で着地する気らしい。しかし、この窓は開け放しにしておくしかなさそうだ。どのみち、自分達が侵入しているのには気づかれているだろう。 


 アイリスは履いている疾風の靴(ラファル・ブーツ)の踵を床で叩くように三回蹴り、欄干を軽く蹴り飛ばすように、外へと勢いよく飛び出した。

   

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