運命
王宮からの帰り道、魔具回収を手伝ったお礼として、ユアン達にビーフシチューが美味しい店へと連れて行ってもらい、ご馳走してもらった。
仕込みにかなり時間をかけて、美味しい一杯を作る店で、知る人ぞ知る名店らしい。
ユアン達は他にも隠れた名店を知っているとのことなので、詰まっている任務がひと段落してから、また今度連れて行ってもらう約束を交わした。
回収した魔具、『青き月の涙』についての報告書はユアン達が書いてくれるらしく、二人で報告書を書いてからすぐに魔法課へと魔具を持っていくようだ。
中々、急ぎの案件だったらしく、解決して良かったとユアン達は心底安堵しているようだった。
もしかすると、この魔具の本当の持ち主が、魔具が返って来ることを待っているのかもしれない。
先輩二人に任せてばかりでは申し訳ないため、ブレアへの報告は自分達が担うことにした。と言うのも、クロイド自身が報告しにいくことを希望したからだ。
いつものように課長室の扉を叩くと中からブレアの返事がすぐに帰ってきた。
「失礼します」
「お、帰ってきたか。王宮は面倒だからな。もう少し時間がかかるかと思っていたが、無事で何よりだ。ユアンとレイクは?」
「今、魔法課に提出しに行っています。あとで報告書を持ってくるそうですよ」
「そうか」
しばらく、静かな時間が生まれる。ブレアがかけている眼鏡の下から覗かせる視線はクロイドの姿を捉えていた。
「……弟と会いました」
ぽつりと先に言葉を発したのはクロイドだった。
「元気そうでした。……父も」
「……そうか」
それ以外、何も言葉にしていないというのに、ブレアは何故か納得したような、安堵したような、そんな笑みを見せる。
「アイリスも驚いただろう?」
ふっと、こっちに視線を向けて、にやりとブレアは口の端を上げる。
「……ええ。でも、クロイドのことは多くの人に知られていいことではないですから」
情報通のミレットあたりは、クロイドが王子だったということを知っているかどうかは分からないが。もしくは情報に関して慎重な彼女のことだ。自分からクロイドの素性を周囲に暴露するようなことはしないはずだ。
「そうだな。まぁ、クロイドが王子だったと知っているのはアイリスと私、そしてクロイドを保護した魔物討伐課の奴と、イリシオス先生くらいだな。……他にも上の連中で知っている奴が数人程いるだろうな」
「……イリシオス、総帥」
クロイドがぼそりと独り言のように呟く。
「アイリスは知っていると思うがイリシオス先生は元々、王宮魔法使いの一人だったんだ。建国当時から、王宮と王族を支えていたんだぞ」
こくりとアイリスは頷く。だがクロイドは少しだけ、目を見張った。
「だが、そのうち王宮魔法使いは純粋たる血族による世襲を主張してくる奴らが現れたんだ。まぁ、そいつらは先生の弟子だったんだが、イリシオス先生が魔力を持っていないことに不満を持ったらしい、それで先生は百年くらい前に王宮を出て、今はずっと教団の方にいるんだ」
「……実はあの人を見た時、胸の奥がくすぐったいような、苦しいような、そんな不思議な感覚がしたんです」
クロイドは胸の辺りに手を当てながら、何かを思い出すように答える。
「どこかで会ったことがあるわけないのに、会ったことがあるような感覚に陥ったんです。……それは自分の中に流れている血がイリシオス総帥を知っていて、共鳴しているからでしょうか」
かつて、初代国王グロアリュスとともに旅をしていたイリシオスは彼が死んだあとも、子孫を見守るようにずっと王宮に仕えつつ、教団の総帥も務めていた。
そして、黎明の魔女と呼ばれているエイレーンもイリシオスとともに時間を過ごしている。
だからだろうか、クロイドの言った言葉に当てはまる感覚を自分も経験したことがあったのだ。
「……イリシオス先生はお前達の先祖であり、教団を作った四人の子孫のことを常に見守っておられた」
エイレーンとクシフォス、グロアリュスとミリシャ。
この四人こそが、それぞれの祖先であり、そして――。
「あ、そうか。私の家とクロイドの家は昔、繋がっていたんだったわ」
思い出したように声を上げたのはアイリスだった。
「……どういうことだ?」
「エイレーンとクシフォスの子はね、あなたの先祖であるグロアリュスとミリシャの子と結婚しているのよ」
「え……」
目を丸くするクロイドを見て、ブレアは面白いと言わんばかりの顔をする。
「知らなかったか。まぁ、そうだな。四人にはそれぞれ二、三人ずつの男女が生まれていた。仲が良かったんだろうな。お互いにその後、結婚したと聞いている」
確かエイレーン達の方はその当時から女系で女の子が二人生まれており、そのうちの妹の方がグロアリュス達の息子と結婚したはずだ。
「だから、私の家の先祖とあなたの家の先祖は繋がっているってわけ。そう考えると、あなたにもエイレーンの血が流れているっていうことよね。もしかすると、クロイドに魔力があるのも先祖返りみたいなものかしら」
「その可能性はあるな。だが、ここ200年くらい、王族に魔力を持って生まれた者はいなかったからな。……これが偶然か、必然かということは分からないが」
少し難しい顔へとブレアは戻る。
一方で、まだ驚いたままの表情でクロイドは固まっていた。
「そんなに驚くこと? 世界は案外、狭いってことよ」
「……それなら、アイリスにも王族の血が流れているということになるぞ。驚かないのか」
「ええ。だって、実感無いし。親戚筋と言っても頭が痛くなるほど、遠い昔のことだもの」
あっけらかんに答えるアイリスに呆れたのかクロイドは、それもそうだなと言って肩を竦める。
「……まぁ、そういうわけだ。現代となった今でも先生はお前達のことを心配しているんだ」
「どうしてですか?」
「何て言うんだろうな……。あの方はエイレーン達が築いたものや遺したもの……その全てを見守ることを自分の枷みたいにしているんだ」
ブレアの話を聞いて、一つ思い出したことが心に浮かんでくる。
初めてイリシオスと会った時、彼女は自分に「幸せか」と訊ねてきたが、その言葉の真意を今、知った気がした。
不老不死であるイリシオスは長い間、そうやって双方の家を見守りつつ、そして見送って来たのだ。
目の端に映ったクロイドの拳が強く握られたのが見えた。
「お前達に言ったら呆れられるかもしれないが、私はアイリスとクロイドが魔具調査課へ来たのは決して偶然なんかじゃないと思うんだ。こう……運命のいたずら、的な」
ブレアにしては珍しい表現にアイリスはつい噴き出してしまう。
「ブレアさんがそんな事を言うなんて……。似合ってないですよ」
「……ごほんっ。まぁ、そういうことだ。たまにでいいから、イリシオス先生にお前達の話でもしてやってくれ。直接の方が喜ぶだろう」
「ということは、今までブレアさんが私達の近況をイリシオス総帥に報告していたんですか?」
「そうだとも。あの人は話好きなんだ。……クロイド、お前の弟の話もしてやるといい。きっと喜ばれるぞ」
「……はい」
「二人とも、疲れただろう。ユアン達を待たなくていいぞ。先に自室に戻って休むといい」
「では、お言葉に甘えて」
とりあえず、これで王宮への潜入任務は終わったと言ってもいいだろう。
ブレアに軽く頭を下げて、二人は一緒に課長室を出た。
・・・・・・・・・・・・
クロイドはまだ何か考え事をしているのか難しい顔をしていた。
「どうしたの?」
「いや……。さっき、ブレアさんが言っていただろう。俺達の関係が運命のいたずらみたいだって」
「ああ、あれね。……まぁ、偶然にしては出来過ぎている話よね。片やエイレーンの子孫、片や王家の直系。しかも、二人の先祖はそれぞれ繋がっていたなんて、物語みたいな話よね」
「そうだな……」
だが、クロイドはまだ難しい顔のままだ。
「でも俺は多分、そういう血筋だって、知らなくても別に関係ないと思うんだ」
「……どういうこと?」
「何と言うか……。アイリスに惹かれたのは血筋だから、とかそういうことじゃなくって、きっと自分の気持ちとか本能とかそういうものに近いんだと思う」
「……」
この男は難しい顔で、しかも真顔で何てことを言うのだとアイリスの表情は固まった。周りに人が居なくて良かったと何度確認して、安堵したことだろう。
だが、彼の言う事にも一理あると思ってしまう自分がいる。
……クロイドが私の事を恋慕の意味で想っているわけないのに。
彼はきっと相棒の延長線上で自分のことを見ているだけだ。
生涯寄り添うような、夫婦とか、そういうことではない。
お互いが必要としている相棒として、自分達はお互いを求めあっている。
ただ、自分が彼のことをそれ以上として見ているだけで。
「私達は私達だもの。たとえ、同じ血が流れていても、今を生きているのは私達だわ」
「そうだな……」
ふっと見せるクロイドの表情は、考え事が納得したのか穏やかなものに変わっていた。
「さて、食堂で甘いものでも食べようかしら」
「……夕食を食べた後なのに、まだ入るのか」
「甘いものは別腹よ。……それで、あなたは付いてくる?」
「……」
呆れたように溜息を吐きつつ、彼は笑って頷いた。どうやら同意のようだ。
この先、どうなるのかは自分では分からない。
たとえ、運命だろうと、偶然だろうと、それでも生きる目的は変わらないのだ。
その先の未来をいつか二人で迎えるために。
その時、自分が抱くクロイドへの気持ちが変わらなくても、きっと笑っていられる。
そんな気がするのだ。
アイリスは隣を歩くクロイドの表情を横目で見ながら、静かに笑みを浮かべていた。
二人の王子編 完




